第1176話 【きっと最後の日常回・その12】玉ねぎの呉通信 ~もうほんまに。おばちゃんがアホやってん。なんであんな事したんやろか。償っても償いきれへんもん。地獄の無限ループ入ってしもうとるやんな。~

 こちらは世界で最も平和に殺戮が行われる独立国家・呉である。

 もはや説明するよりも喋ってもらった方が早い。


「……玉ねぎさん」

「へ、へえ! 軍艦造ってますぅ! せやけど、よし恵様ぁ! 経ってへん! さっきのご確認から! まだ18分! 全然時間が経ってへんのですぅ!!」


「……玉ねぎさん」

「へ、へえ! 分かってますぅ! もうおばちゃんが犯した罪は何しても許されへんのやって、痛いほどこの身にしみ込んどりますさかい。何してんねん、あの日のおばちゃん……。ラッキーちゃんと意気投合したのがあかんかってん。いや、そういうアレがもうあかんねんで、ペヒペヒエスぅ。ラッキーちゃんかて、今頃どっかで艱難辛苦に苛まれとるはずやんな。おばちゃんだけ被害者ムーブするのはちゃう、ちゃうねん……」



 ラッキーちゃんは結構楽しそうに最終決戦に挑んでおります。



 玉ねぎことペヒペヒエスはデトモルト人。

 平均寿命はだいたい200年くらいの長寿の種族だが、この世界、長寿の種族が多すぎる。


 ミンスティラリアの魔族たちは800年くらい生きるし、スカレグラーナのホマッハ族に関しては個体の識別が素人に難しいため何年生きているのか判然としない。

 ついでに古龍をヤメた竜人が3人、それぞれ3000年と4000年と4000年強の時を生きており、その上で玉ねぎの生涯を振り返るとなんかそんなに長くない気もして来るという、最もインフレしたのは六駆くんの報酬額なのは間違いないが、種族の寿命も割とインフレしていると気付かせてくれる、そんな玉ねぎ。


 彼女は割と長い生涯の数十倍は濃い反省の時を過ごしており、命の大切さについて学んでいる。

 しかし、もはや玉ねぎは自分で自分を許す権利を見失った。


 呉という土地柄がそうさせる。


 呉において何かに許しを求めるという舐めプは即、死亡ルートへ分岐する。

 鮮血のトロッコ問題として呉の学校では道徳の授業にも用いられている、あまりにも有名なロジック。


 暴走したばあちゃんが駆けて来るシチュエーションで、ドモホルンリンクルを左手に投げれば国が亡びるが自分は助かる一方、ドモホルンリンクルを右手に投げれば自分は死ぬし国も亡びる。

 だったらどちらが良いでしょうと議論するのが呉の道徳の授業。


 答えはシンプル。


 「死にたくなけりゃ、国も自分もてめぇで助かれ」と学ぶ。


 この結論が授業中に出せなかった場合は、ペナルティとして給食のあなご飯の穴子が鮮血狂穴子ブラッドアナーゴに変えられる。

 食べれば絶大な力を得られる代償として、資格なき者は命を落とす。



 呉では日常茶飯事なので、子供たちも普通に絶大な力を得る。



 さて、先にちょっと呉のPRが出てしまったが、そこで玉ねぎ。

 彼女はまだ、呉の真理を理解できていない。


 許されるのを待つのではない。

 自分で自分を許した瞬間こそ、禊も終わる刻限。


 ほんのちょっと前ともう矛盾してるやんけ、このタコと申されることなかれ。



 ここは呉ですぞ。

 無法が法。縛られぬルールこそが憲法。



 そんな玉ねぎは現在、戦艦を建造中。

 呉三女傑のばあちゃんたちはみつ子ばあちゃんの究極スキルに際して相当な煌気オーラを消耗しているにも関わらず「……パーリーが終わる前に早う行かんといけんねぇ」と最終決戦に参戦する気満々。


 それが叶わずとも「……戦いの後っちゅうもんは疲れるけぇね。……誰かが迎えに行ってあげんとねぇ」と救難船の役割を担おうとしている。

 なんとも粋なばあちゃんたちである。


「……玉ねぎさん」

「へ、へえ! あと少しですぅ! もう具体的にあと何時間とかあと何分とか言われへん!! あと少しですよって!!」


「……呉のPRをしぃさん」

「へ、へえ」


 玉ねぎは無駄だと思っていても、一応確認を取った。



「さっきのPRから18分しか経ってへんのですが」

「……今、19分になったねぇ。……この19分の間に地球で何人の赤子が生まれたか、あんたぁ数えられるんかね?」


 生まれて「おぎゃあ」と泣いた次の瞬間には呉の御旗を見つめさせねばならぬのだ。



 絶望の玉ねぎ。

 そろそろ真っ白から透明になった頭部が1周回って黒に戻るかなという時分。

 急報、届く。


「ちょっとー! よし恵さん! あんたぁ! 何しよるんかねぇ!!」

「……ふっ。……節子さんかね。……あたしに難癖付けるっちゃあ、事と次第によっちゃ」


「あかん。世界が滅びてまう」


 震える玉ねぎの隣に立つよし恵さんが口元をわずかに歪めた。

 最近は歓喜の印になっているサービスさんのニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィだが、こちらが本物の背筋も凍るニィィである。


「……ドモホルンリンクル、2か月分奢ってもらうけぇね」

「ドモホルンリンクルってほんま偉大やわぁ」


 呉では命よりもドモホルンリンクルの方が重い。

 ドモホルンリンクルは一本一本丁寧に造られており、早く製造する事はできない。

 対して、命は呉のばあちゃんズにかかれば2秒で刈り取れる。


「大吾ちゃんが逃げたんよ! よし恵さんの管轄じゃろうがね!!」

「……玉ねぎさん」


「へ、へえ」

「……大吾ちゃんを捕まえて来ぃさん」


「へえ」

「……あんたぁ。……呉に来てからようけ頑張ったじゃろうがね」


「へえ」

「……今、ここでその成果を見せぇさん」


「へえ」

「……それが1番の呉のPR。……そねぇじゃないかね? ……玉ねぎさん」



「へ、へえ!!」


 光射す。玉ねぎの植わっていた暗雲立ち込める土壌に。一筋の光が。今。



 逆神大吾、脱走の一報が呉の公民館に響き。

 玉ねぎのPR活動が始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 逆神大吾は呉の新年に行われる神事『呉羅刹神前殺戮武闘なんかヤベーヤツ』を捕虜、もとい、その辺で拾った逆神孫六と行っており、大吾が僅差で勝利していた。

 だって孫六は心が折れてるから。

 なお、勝者にはおしるこが振る舞われる。


 そのおしるこを「ばあちゃん! おかわりくれよ! これじゃ足りねぇよ! オレ育ち盛りだぜ!!」と7杯要求。

 ばあちゃんにとって40代の中年なんてやっと毛の生えそろったキッズであるという常識の盲点を突いた、大吾の奇策が見事にハマる。


「こねぇに食べてくれるとなかなか張り合いがあってええねぇ!」

「そうじゃね! 六駆ちゃんは4杯でもうお腹いっぱい言うて遠慮しよったけぇ!!」


 給仕担当ばあちゃんズ(危険度C・殺戮までにかかる時間4分)が見せた一瞬の隙を大吾は見逃さなかった。

 この男、パチンコ屋では「当たりそうな台」を見逃した事が終ぞない。


 当たりそうな台というのは大吾の個人的な見解であり、他のお客は別に狙っていないので見逃すもなにもライバルがいない事をここに付言しておく。

 「絶対に勝てる」というギャンブル必勝法などないのである。


 仮に当たりそうな台が分かるのであれば、大吾と一緒にパチンコ屋の開店待ちの列に並ぶ生活を2年くらい血の涙を流しながらこなして、5年くらいニート生活をするのも良しとすら思えるのだから、これは幻想。


 そうして逃走を図った大吾は現在、公民館から飛び出して西へと『瞬動しゅんどう』で加速しながら大脱走中。

 この男、ばあちゃんズによる更生プログラムの成果が出ており、加えて今日だけいちねんくらいで数回死んでいるので逆神家の特性によりちょっとだけ強くなっている。


 『瞬動しゅんどう』のスピードも莉子ちゃんに匹敵するものを獲得しており、これはもうとってもすごく速い。忍者ハットリくんより少し遅いくらい速い。


「へへへへっ! アナスタシアの実家に潜り込みゃこっちのもんだぜ!! あそこじゃオレ、ヒーローだからな! ぐへへへへ!!」


 そこはもう王が変わったのでヒーローどころか、大吾像はすべて破壊されてバーバラ武闘団の武器に再加工されているのだが、そんな事をこのお排泄物は知らない。

 知っていたとて、喩え生存率が1%しかないと伝えられたとて「1%っだって? それ、以外と当たるぜ!!」とか言って止まらないのが逆神大吾。


「へへへっ! 見えたぜ!! あの穴に滑り込みゃ! オレの勝ちぃ!!」


 大吾、異界の穴を視界にとらえる。


 目標を発見した際に視野が狭くなる者は狩人には向かず、むしろ狩られる側である。

 これは呉の広報誌『鮮血愉悦新聞マンスリーブラッディ』の本年1月号にて採用された、小学三年生のポエムである。


「汚い坊ちゃん。許してくれとは言わへん……。おばちゃんかて、生きる。生きたい。死なれへんのや。死んだ方がよっぽど楽やったとしても。おばちゃん、自分がやったことのけじめがついたと呉の皆様が認めてくれはるまで! 死なれへん!!」


 空を舞うは玉ねぎ。

 本来の色などとうに忘れた、輝く玉ねぎペヒペヒエス。


「おばちゃんのクソみたいな装備を持ち出せてくれはった、よし恵様……! そのお情け、裏切れへん……!!」


 玉ねぎの装備はどれも強力だが、呉三女傑レベルになるとデキのいい玩具みたいなものなので許可されただけである。


「おお! 玉ねぎばあちゃんじゃねぇか! そうか! あんたも逃げて来たんだな! へへっ! じゃあ一緒に行こうぜ!! パラダイスによ!!」

「せやな。おばちゃんもパラダイスに戻るで。……こんな罪しか犯してへんおばちゃんを玉ねぎとして扱ってくれはる。公民館の皆様が住んでらっしゃるこの地。呉。ここが! 世界の楽園や!! 『紅羽ガルサー』!!!」


 『紅羽ガルサー』とは、玉ねぎがまだ最上位調律人バランサーとしてブイブイ言わせていた頃に雨宮さんの片腕を吹き飛ばした実績を持つ、煌気オーラに反応して起爆する羽根型爆弾である。

 今となっては全てが懐かしい。


「へへっ! 玉ねぎばあちゃんも立ち塞がるのかよ! オレの煌気オーラ爆発バーストを見てビビりな! しゃおらぁぁぁぁ! ……おおん? おぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 煌気オーラで起爆するのに全力で煌気オーラ爆発バーストした逆神大吾は死んだ。


「……おばちゃんは軍艦造らなあかんから。……汚い坊ちゃん。生き返ったら手伝ってくれると嬉しいで。ほな」


 この戦争が終わったのち、『呉の鮮血従順玉葱ブラッド・ペヒペヒエス』という二つ名が玉ねぎに与えられることになるのだが、それはもう少し未来のお話。

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