第1184話 【互いにバッドエンカウント・その2】「ちっこいヤツからヤっちまおうぜ!!」「……良い」 ~それは死亡フラグか、あるいは生存フラグか~

 前回のチンクイント。

 死兆星が見えそうなバッドエンカウントをキメた。


 前回の莉子ちゃん。

 ダズモンガーくんの冬毛に潜って動かなくなった。


 望まぬ形で巡り合った両陣営、甲冑部屋でこれから何が起きるのか。

 戦争中とはいえ、敵と出会えば絶対に殺し合いをしなければならぬ道理はない。

 分かり合える。


 人は対話で分かり合えるのだ。



「ダズモンガーしゃん……。恥ずかしいので敵さんを粉々にしてくだしゃい……」


 もう分かり合えない。

 分かり合うためには秒で撤退。正解ルートは1本だけだった。



 莉子ちゃんは女の子。

 じゃあさっき、キャミソールの肩紐までちぎれた状態で喜三太陛下をガルルルルルしたのは何だったのかといえば、カッとなってやったに他ならない。

 そしてその記憶はちゃんと保持しているため「ふぇぇぇ。もぉやだ……」と闘争心よりも羞恥心が勝った結果、莉子ちゃんはダズモンガーくんの背中に籠城虎コモルンガーする。


「だって! こーゆうの見ても良い男の子は六駆くんだけだもん!!」


 メインヒロインにしか許されないセリフも飛び出した。

 これでもう殺し合うか、莉子ちゃんに服を差し出すか、謝って自決するかの三択クイズがチンクイントに課せられるのは必至。


 チンクイントは心の中で兄弟の対話を素早く済ませる。

 口は1つしか実装されていないので基本的にどちらかの意思が喋っている時は片方が黙っている事になるが、心の中は無限のインナーワールド。

 いくらだって論争できる。


『チンクエ。服やろうぜ。良い感じにTシャツじゃんよ。オレら。あのちびっ子には大きすぎるくらいで良いじゃん?』

『兄者は無自覚にラッキースケベをキメようとして良い……。良い……』


『よくねぇんだな!? なんでだ!?』

『兄者に答えを求められるのも良い……。兄者、あの子供のサイズ感を見て欲しい。良い……。どうでも』


『どうでも良いとか言うなよ! あいつ怖いんだよ!! 心の中を読まれてたらどうすんだ!!』

『中学生が授業中に絶対1度は考えることを兄者は36で言ってて良い……。兄者。あの子供に我らのTシャツを着せると、ちょっと動くだけで色々とチラリズムが発生する。良い……どうでも……』


『チラリズム……! 聞いた事がある!!』

『兄者が大好きなヤツで良い……』


『あー! はいはいはいはい! はいはいはい! 屈むと貧相な胸とか見えるってことな!!』

『私も心が読まれていないか心配になってきて良い……。兄者は人生にスパイスをくれるから良い……』


『逆にさ。チャンスじゃね? 動けない今ならよ。オレら合体して強くなったし? 一撃で仕留めりゃ、狂獣化しなくね?』

『危険な名称を付ける兄者自身のデンジャラスさも良い……。私は兄者に従うので良い……』


 精神世界で話がまとまった。



「ぐーっはははは! 『猛虎奮迅ダズクラッシュ』!! ぐああああああああああああ!!」

「ぼへぇぇぇぇ!! こいつぅ!! マナーはねぇのかよ!!」


 話がまとまったタイミングでダズモンガーくんに助走つけてタックルされた。



 しかし、悲しいかなダズモンガーくんは耐久力極振りタイガー。

 攻撃力は芽衣ちゃんの5分の1くらいしかない。

 ものっすごく時間をかけてチャージをすれば一線級になれるものの、それをやるには盾役が絶対に必要。


 では、普段ダズモンガーくんはナニ役を務めているだろうか。

 考えるまでもないとはまさにこの事。

 盾のための盾とはこれいかに。


「……良い。スキル発現のタイミングを私に任せて即座に引っ込む兄者は良い……。『尊敬の極大球リスペクトボール』!!」


 自分と同格以下の敵を手っ取り早く倒すには、デカい煌気オーラ弾や煌気オーラ砲を叩きこむのが一番。

 スキル使いの常識である。


 チンクイントの生み出した巨大な煌気オーラ球を手のひらに出現させて、「ぶーっははは! げっほぉ、じじい様すげぇな! 高笑いできんわ!!」とフィニッシュを決めるのはオレだと言わんばかりに主人格を交代するクイント。

 危険物を取り扱っている際の人格交代は非推奨と知らなかったらしい。


「みみみみぃぃぃ!! 『太刀風たちかぜ』です! みみみみみみみっ!!」

「またちっこいのが増えたぜ!! だがもう遅い!! 喰らえ!! ……あれ?」


 芽衣ちゃまが到着して即、現場の状況を確認。

 後方司令官の経験が生きる。


 「み゛。危険が危ないですっ! み゛み゛っ!!」と即断できた。


 デカい球が浮いていればとりあえず斬撃効果もある『太刀風たちかぜ』を選択するのは逆神流の基本。

 どんなに強くなり成長しても基本に忠実な戦型は安定して活躍できる。


 煌気オーラ球が真っ二つに割れて、「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」ときたねぇ悲鳴が甲冑部屋に響いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぇぇぇぇ。芽ぇぇぇぇ衣ちゃぁぁぁぁぁん……!」

「みみみっ! 遅くなってごめんなさいです! あと、となりのトトロでおばあちゃんが芽衣じゃなくてメイちゃんを呼んでるみたいに聞こえてしまったです! みみっ!!」


 巨大戦力を保持しながらそれはトラさんの背中に密着。

 残った人員で戦うという縛りプレイが発生中だが、何を今さら。


 戦いとは基本的に不自由。


「ぐーっははは! やりましてございまするな!!」

「みみみっ。ダズモンガーさんにはお世話になってるから、今の打ち消しフラグセリフは不問にするです! モフモフお借りするです! みっ!」


 ダズモンガーくんが背中に莉子ちゃんのなお胸、尻尾を芽衣ちゃんのちっちゃなおててと再び両手に花の戦型へ。

 この戦型の特徴は、身動きが取れなくなるところ。


 縛りプレイをさらに縛っていくのが我ら現世のスタイル。


「……良い。……失敗した瞬間に私をまた出して来て責任の所在をうやむやにしようとする兄者はとても良い……。私の名はチンクイント。皇敵を排除する者。あとベロチューするんだわ!! ぎゃははは! ……私もド変態みたいにしてくれる兄者は良い」


 ベクトルが違うだけで双方ちゃんと変態なクイント・チンクエ兄弟。

 合体の相性が悪いはずもなく、合体大好きぎろんのよちありな現世の監察官と比較してもゴリ門さんは雷門さんが木原さんの肉体を操るという最も非効率な状態だった。

 こちらは仲良く人格が出たり引っ込んだりしながら、きちんと強靭な肉体を運用できている。


 チンクエの肉体がベースになっているからという明確な理由があるものの、そこに触れない弟者は良い。


「み゛ー!! 危険が危ないヤツがまた来るです!! みみみみみみみみみみみみみっ!!」


 芽衣ちゃまアラートが出ると本当に危ないのが最終決戦。

 チンクイントは方針を変更する。


 ちっこいのが増えて的を絞りづらくなったのならば、直接接近して1人ずつ確実に始末していくのが上策。

 さっき敵のトラがやってたヤツを真似しよう、と。


「ぬんっ! ……良い。兄者の煌気オーラを感じる。とても心地良い……。『尊敬大進出リスペクトムーブ』!!」


 煌気オーラ爆発バーストからの身体強化。

 続けて両足から煌気オーラを噴出して超加速。

 ダズモンガーくんの『猛虎奮迅ダズクラッシュ』というよりは、木原さんのダイナマイトジェットに近いスキルが発現された。


「みぃぃぃぃぃぃ!! 芽衣が頑張るです!! 『幻想身ファンタミオル二重ダブル』です! みみみみみみっ!!」


 芽衣ちゃまが300体に増えた。


 かなり久しぶりな気もするが、彼女の初めて覚えた戦型がこちら。

 自分の幻を大量に出して敵をかく乱する。


「……良い。私は愛玩動物に対して特に何も感じないので良い……」


 出て来た可愛い幻を普通に超加速タックルで霧散させていくチンクイント。

 不敬であるぞ。


「……先に小技の効く方を仕留めるのも良い」


 さらにターゲットをあろうことか芽衣ちゃまに定める。

 これにはダズモンガーくんも黙ってはいられない。


「ぐーっははは!! 愚かなり!! 吾輩の目の前で芽衣殿に手を出そうとは!! らせて頂きまするぞ!! ぐあ……!?」

「……トラはうるさいだけでダメージが通らないから無視するのが良い」



 ダズモンガーくんがらせてもらえないという緊急事態まで発生。

 これはいけない。


 芽衣ちゃんも危ないがダズモンガーくんのアイデンティティも危ない。



「みっ!?」

「……まず1人。……良い」


 芽衣ちゃん、万事休すか。


「にぅれゅつゃめぉ!! 『サービス・ジャック』!!」

「………………………………」


 チンクイントの動きが完全に停止した。

 やったのは当然この人。


「ふん。チュッチュ。芽衣ちゃまに何をしようとした。その行為。チュッチュに値すると知れチュッチュチュッチュチュッチュ。チュッ!!」

「みみぃ! ラッキーさんです!! ありがとうです!! 芽衣、命の恩人が増えてしまったです!! みみみみみみみっ!!」


 ニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ。


 ついにピンチに駆けつけて「そいつをヤる前に俺を倒すんだな」ムーブをさせてもらえたサービスさん。

 実はずっとやりたかった「大ピンチにかつての強敵が!?」のヤツ。


 コミュニケーション能力が欠如しているので機会があってもやれなかった。

 ミンスティラリアで準味方としてデビューした時にはライアンさんがむっちゃ喋ったせいで「……チュッチュ」と少し落ち込んだりもしたけれど、間に合った。


 ラッキー・サービス。

 クライマックスをここに見つける。


「ふん。悪くない。俺のスキルを自力で破るか。高みに立つ逆神(嫁)以来の快挙をまずは褒めてやろう」

「サービス殿。その快挙が達成されたのはつい数十分前でございまするが」


「ふん。トラ。お前から殺すぞ」

「吾輩、莉子殿を背負っておりまするのにですか?」


「……ふん。……悪くない。トラ。高みに立つか。恐ろしい交渉術。お前は俺の左腕になれ」

「事実をお伝えしただけでございまするが!?」


 AがBしてるのを「AがBしてますよ」と伝える、それがコミュニケーションの第一歩。

 その一歩を踏み出すのがどんなに難しいか。


 サービスさんの見せ場、来る。

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