第67話 監察官・南雲修一のコーヒー噴いた定期 理解不能な逆神六駆とかいう存在

 誰にも気付かれないようにと言う指示をしっかり守って、メタルヒトモドキの群れを相手に節度のあるやりたい放題で蹂躙じゅうりんした六駆。

 だが、目撃者がいた。


 お忘れの方のために改めて紹介しておこう。

 こちらは、探索員協会本部。

 偵察型イドクロア加工メカ、サーベイランスによって、日須美ダンジョン第4層の様子を観測していた者がいる。


 監察官、南雲なぐも修一。

 現在、本日3度目のコーヒーを噴いているところである。


「や、山根くん。山根くん。おい、山根くん」

「は、はい。雑巾ですか。ハンカチですか。もう一杯コーヒー口に含みますか?」


「私は何か、幻覚のようなものを見ていたのだろうか。最近、夜なかなか寝付けないし、パソコンのモニターばかり見ているから、眼精疲労もあったし。その、疲れから来る何か特殊なアレが、私の脳に影響を及ぼしてだな」


 南雲は錯乱していたが、どうにか気合で踏みとどまった。

 彼にだって、メタルヒトモドキを倒すことは造作もない。

 Sランク探索員ともなれば、その方法の3つや4つくらいはすぐに思い付く。


 だが、南雲は考える。

 果たして、9体にも及ぶメタルヒトモドキをたった2分で全滅できるだろうか、と。


 冷静に状況を分析する必要がある。

 研究者としての魂が、目撃した情報を論理的に解析し始めた。


「山根くん。あの、背中に莉子と書いてあるマントを羽織っているのが、リーダーの小坂莉子だね?」

「いえ。彼はパーティーメンバーの逆神六駆です」



「ごめん。ちょっと意味が分からん。じゃあなんで背中に莉子って書いてあるの?」

「自分に聞かんでください」



 まずは理解のできるところから整理する。

 そうすれば、おのずと全体像も見えて来る。

 南雲修一の研究スタイルであった。


「山根くん。もう一度、最初から映像を流してくれるか」

「はい。もう8回目ですけど。いきますよ」


「凄まじい速さの移動スキルだ。この私でも『サーチアイ』を使ってどうにか目で追えるレベル。山根くん、これをスローで再生してくれ。もっと細部を見たい」



「もう5倍スローで再生しています」

「嘘だろう? 私が目で追える限界って、5倍スローの話だったのか?」



 それでも南雲は挫けない。

 その姿勢は研究者としてあるべき姿であり、尊敬に値する精神力だった。


「よし。分かった、5倍スローで良い。スキルの考察をしよう。メタルヒトモドキを豆腐みたいに切り裂いている、これはなんだ」

「多分ですけど、煌気オーラ纏わせたただの手刀じゃないですか?」


 南雲は山根に煌気オーラ検知モニターを作動するように指示を出す。

 彼の作った煌気オーラ検知モニターは、色によって煌気オーラの濃度を判定できる優れもの。

 密度が高くなればより赤くなり、逆に低密度だと青くなる。


「よし、煌気オーラ検知に切り替えろ」

「はい」



「画面が真っ赤になったんだが。バイオハザードのゲーム動画と間違えてないか?」

「自分も驚いてるんで、小刻みに震えながら指摘しないで下さい」



 六駆は必要最低限の箇所に煌気オーラを凝縮させてスキルを使用する。

 その際に放たれる煌気オーラの量は、Aランク探索員の平均的な煌気オーラ総量と同じ程度である。

 当然のことながら、そんな常識外れな想定をされていない煌気オーラ検知モニターは誤作動を起こしたのだ。


「や、山根くん。君なら、この、何と言ったか。そう、逆神六駆。彼に勝てるかね?」

「南雲さん。上司にこんな事言いたくないですけど、バカなんじゃないですか? 自分、Aランクですよ? 一瞬でミンチになってます」


「そ、そうか。うん。そうだな。では、私なら勝てると思うか?」

「それ、南雲さんが捨て身の自爆するって想定でもいいですか?」


「嫌な想定だな……。ま、まあ、良い。それならば、相討ちだろうか?」

「普通に南雲さんだけが死ぬ未来しか見えないです」


 実際、南雲も六駆に勝てる気がまったくしなかった。

 研究者として過ごす時間が増えたとはいえ、南雲はSランク探索員である。

 最高ランクの探索員なのだ。


 Sランクが1人いれば大概のダンジョンは攻略可能だと言われており、南雲の実力もそれに準ずるもので、過去の実績が証明している。

 その上で、先ほどから見ている逆神六駆の実力が測れない。


 自分よりも強いと言うことくらいしか分からない。

 いや、もしかすると、どの探索員よりも強いのかもしれない。

 そう思いかけて、「いや、早計過ぎる」と首を振った。


「ところで、こっちの女の子が使っている防御スキルはなんだ? 登録名は?」

「さっきから確認していますが、何回やってもエラーが出るんです。未知のスキルじゃないですか」


「み、未知!? 独自にスキルを作り出していると言う事か!?」

「そうなりますよね。だって自分たち、この目で見ているじゃないですか」


 南雲は優秀な研究者である。

 ここまで分かっている事を論理的に組み立てていくと、ひとつの可能性にたどり着いた。


「この、小坂莉子という女の子が逆神六駆にスキルを伝授したのではないか? 未知のスキルを使っている事からも、彼女が怪しい。明らかに」


 南雲、惜しいところまで謎に迫るも、最後の二択を外す。

 逆なのだ。


 小坂莉子が逆神六駆からスキルを伝授されている。


 だが、この勘違いを責める事は出来ない。

 状況を見れば、六駆を前線に出して戦いぶりを観察している師匠に莉子が見えない事はない。

 むしろ、そう言われるとそうとしか見えなくなってくるほど、良く出来た偶然の産物だった。


 サーベイランスの耐久性を上げるために、音声認識機能を搭載させなかった事が悔やまれる。

 チーム莉子の会話さえ聴き取れていれば、全ての謎は明らかになっていたものの。


「とにかく、我々はチーム莉子を徹底的に調査する。もしかすると、探索員協会どころか、世界を揺るがす危険な存在かもしれん。それから、山根くん。この件に関しては他言無用だ。絶対に外に漏らすんじゃないぞ」


「はい。分かっています」



「確実に私の頭がおかしくなったと思われるからな」

「自分もこの映像見てなかったら、南雲さんに有給の消化を勧めてますよ」



 監察官、南雲修一。

 彼に完全なマークをされてしまったチーム莉子。

 この先、どのような形で両者は交わるのだろうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あーっ! ちょっとぉ! 六駆くん、最後のシュークリーム食べたでしょ!? わたし、まだ1つしか食べてなかったのに!!」

「いや、莉子が太っちゃいけないと思って!」


「もぉ! お腹空いてたんだよぉ!」

「じゃあ、適当に食べられるモンスターを狩ってさばくかにゃー」

「え。あの、皆さんモンスターを食べるです? えっ。なんで皆さん無言で頷くんです?」


「大丈夫だよ、芽衣。すぐに慣れるさ!!」


 一方、様子を監視されている事などまったく気付いていないチーム莉子。


 せめて六駆よ、お前は察しなければならないのではないか。

 愛弟子の莉子にあらぬ疑いがかけられているこの状況を。


 シュークリームの奪い合いをしている場合ではない。

 早く気付け、逆神六駆。

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