第1421話 【エピローグオブ小坂莉子セカンドステージ・その4】砂浜のチュッチュ

 令和のご時世、9月の頭なんて残暑と言う名の夏である。

 ただしビーチの夏は違う。

 お盆くらいでまず海水浴シーズンが終わり、8月が去るのと同時に海の家の営業も終わり、本日の日須美市海水浴場はサーファーが数人いるだけで、これはもうロマンチックが止まらない事この上ないシチュエーションが整っていた。


 婚約指輪をプレゼントされた莉子ちゃん。

 婚約指輪をプレゼントした六駆くん。

 つまり、双方の同意と合意となんやかんやの準備が整ったというお知らせでもある。


 婚約というのは言うまでもなく婚姻を約束する事であり、どうせ結婚するならヤっちまえというのは乱暴な理屈ではあるものの別の側面から見れば正しい選択でもあるかのように思え、莉子ちゃんは小刻みにプルプル震えた。


「ま、まままま、まだこうやってちょっと歩くだけでも暑いね!!」

「そうだね!!」


「あ、あああああ、あの、あにょ! わたし、靴がアレでナニしてるから、ちょっと転んじゃうかもだよ!?」

「あ、そうだったね! ごめん、ごめん!! じゃあ僕の腕に掴まる? それとも手を繋ぐ?」



「ふぁー!!」


 キタコレと確信した、メインヒロイン。



 考えてみれば順番が間違っていたのだ。

 この世界で最初にラブコメを始めたのは誰か。

 莉子ちゃんである。


 この世界で最初に男の子をお母さんに紹介したのは誰か。

 莉子ちゃんである。


 この世界で最初に男の子の顔をおっぱいに埋めたのは誰か。



 莉子ちゃんである。



 それなのに、後続から追い上げて来る恋愛乙女たちがどんどん抜き去っていく。

 知らねぇ間に結婚しちまったカップルすらいる。

 こちとら、いつからプラトニックな恋愛を続けているとお思いか。

 莉子ちゃんはずっと待っていた。


 だが、彼女は分別のある聡明な乙女。

 メインヒロインというのはこの世界で1番重要な乙女を指す単語であり、もしも自分がその大役を担っているのならば、待とうと決めていた。

 よそでチュッチュしていようが、致すだの致さないだの論争を繰り広げていようが、乳繰り合っていようが自分には乳繰り合う乳がなかろうが、その現実と向き合った、嘆いた、目を逸らした、憤慨し、苛立ち、八つ当たりをした日もあった。乳と反発せよ、己の無乳を知れ、破道の九十・黒棺。

 そうして向かい合った。


 乳なんかなくても愛があればそれで良いと、乳と和解した。


 準備なんかとっくに整っていたのである。

 年齢だって18歳。

 大学生である。莉子ちゃん単独でもてめぇ家族ごと一生を3回ループできるくらいの金を稼ぐ手段だってある。

 そもそもよそのラブコメ世界では割とみんな高校生の間にチュッチュしてるし、もっと先まで行ってるし、何なら「中に誰もいませんよ」と逝っちまう輩スクールデイズだっている。


 それでも待った。

 待ちわびた。

 ついに来た。


 時が来た。


 莉子ちゃんが六駆くんの腕にくっ付いたまま、少し背伸びをして言った。


「ろ、りょ、ろろ、六駆くん! ちょっとこっち……向いてほしいな?」


 やったか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 少しばかり時間は巻き戻り、あれは確か南雲の出産前夜を終えた辺りのこと。

 南雲さんと山根くんが仕事をしている上級監察官室でいつものように六駆くんが暇つぶしをしており、そこで誰が言い出したのか忘れるくらいに軽い感じで話題に上がった。


「逆神くん。君、性欲ってないの?」

「何言ってるんすか、南雲さん。それもう完全になんちゃらハラスメントっすよ」


 言い出したのは南雲さんだった模様。


「いや。純粋な疑問としてね? 逆神くん、小坂くんと婚約してるじゃない? で、私のところに子供生まれたでしょ? お世話になったなぁって思ってたら、ふとね? 逆神くんって金銭欲以外の欲求、持ってたかなって」

「それはもうハラスメントじゃないっすね。人権侵害っすね。逆神くん、法廷を押さえとくっすか? 人としての三大欲求持ってないとかおっさんに言われてるっすよ」


 いつも通りのやり取りだったが、六駆くんは事もなげに答えた。



「えっ!? 普通にありますよ? 性欲でしょ? ゆくゆくは子供作りたいですし。3人欲しいなぁ! だから僕、急いでとりあえず3億貯めたんですから。もう2億くらいは隠居しながら死ぬまでに稼ぐつもりです」

「えっ!?」

「えっ!?」



 南雲さんのマイカップがテーブルから転がって床に落ちて粉々に砕け散った。

 それだけの衝撃だったらしい。

 マイカップが引き受けてくれなかったら、南雲さんと山根くんは死んでいただろう。


 そうなってくると、これは聞かずにいられない。

 南雲さんが恐る恐る口に出した。

 山根くんは久しぶりに上官を尊敬したという。敬礼までした。


「あのね? 逆神くん? こんな下世話なことを本来なら私の立場で聞くのは間違ってるって知ってるんだけどもね? もうさ、聞かなくちゃ仕事が手につかないのよ!! だから聞いちゃうけどね!? ……君、小坂くんと致したいとかさ。今、この時点で思ってるの?」

「南雲さん……。自分、一生ついて行くっす……」


 六駆くんが少し不思議そうな顔をしてからやっぱり自然体で答えた。


「今は無理にしなくて良いですかね。最初の子供は25くらいで授かりたいなぁ。大学生になりたてでデキたら、誰よりまず子供がかわいそうじゃないですか。不自由させない環境と、何より親のメンタルを整えてからですよ。僕、子育ての知識はまだ習得してないので!」

「あ、ああー!! 良かった!! ここで君がさぁ! すっごくしたいです! ムラムラして仕方ないですよ!! とか言ったらどうしようかと思ったよ!! いやー、はははっ! ねー!!」



「えっ!? したくない訳じゃないですよ? 避妊に絶対があり得ないから致さないってだけで。莉子が望むなら僕はいつでもどこでも授からない程度には致しますよ? 何言ってるんですか。婚約してるんですから、当然ですよ。ムラムラしますよ?」

「えっ!?」

「えっ!?」


 その日、南雲さんは仕事が一切手につかず、家に帰っても翌朝まで寝つけず、山根くんはサーベイランスのメンテナンスがおぼつかず4機ほどぶっ壊した。



 観測者諸君に告ぐ。

 逆神六駆には致すべき時が来れば致す用意がある。

 その旨、ゆめゆめお忘れなきよう願います。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 さあ、クライマックスの日須美海水浴場。

 2人しかいない砂浜。


 莉子ちゃんが目を閉じて、背伸びをして何かを待っている。

 これは莉子ちゃんが受け身の姿勢だったわけではなく、単純に身長差の問題で届かないため態度で「準備できてましゅ!!」と示したのだ。

 掛かって来いよ。カモーンと。



「あ! そっか! 行動でも好きって分からなきゃ不安だよね! じゃあ、もらうね! 莉子の唇!!」

「ふぇ……」


 記念すべきファーストチュッチュであった。



 六駆くんと莉子ちゃん、セカンドステージを駆け上がる。

 残すはファイナルステージか、それともサードステージでデキちゃうのか。

 その答えが出るのは、もう遠くない未来のお話である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。

 南雲さんにインプレッサの鍵を返しに日本本部へやって来た六駆くん。


「失礼しまーす」

「ああ。逆神くん。おはよう。どうだった? 楽しかったかい? ドライブデーえ゛君ぃぃぃぃ!? 腕どうしたの!? なにそれ!? 私の知ってるヤツだったらそれ、ギプスじゃない!? えっ!? 逆神くん!? 腕、折れたの!?」


「いやー! ほら、女の子ってキスする時に、キュッて可愛く手に力がこもるじゃないですか!! 僕としたことが! 煌気オーラ爆発バーストしておくべきでしたよ!!」

「君と小坂くんがキスした事よりも、君が負傷してる姿の方がインパクトすごいな……。治癒スキル使えるでしょうよ、逆神くん。治しなさいよ」


「いやだなぁ! 南雲さん!! 莉子の煌気オーラは無属性ですよ!! 無属性のダメージは治すの難しいんですから!!」

「……君、しばらく骨折したままなの?」


 六駆くんは「10日くらいですかね! やっぱり女の子のファーストキスを貰うのって大変ですね!! うふふふふふふ!!」と爽やかに笑った。

 これが最強の男と最強の嫁の日常。


 その後の物語エピローグの一篇である。

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