第1245話 【出ちゃった・その2】高度な外交とおっぱい男爵 ~これが最終決戦を超えた先の景色だ~

 アメリカのとある都市にあるアメリカ本部。

 ワシントンちゃうんかいと思われるかもしれないが、日本本部だって東京にはないので、とある都市なのである。


 探索員には転移スキルがあり、転移スキルが使える高ランク探索員は各国に少数人しか存在しないものの転移石がある。

 ゆえに、都市部に本部を構える必要性はなく、むしろ日本本部が何回も襲撃されている事からも分かるように、異世界と事を構える前提で造られている本部は周囲に他の施設や民家などのない僻地が選ばれる傾向にあり、これは探索員憲章でも定められている。

 「民間人に迷惑かけたらダメ」と。


 そんなアメリカ本部が慌ただしくなっていた。


「クレメンス上級監察官」

「なんだね。日本から返答が来たのか? ならば仕事は終わりだ。ピザ食べて帰って寝よう」


 こちらはジャック・クレメンス上級監察官。

 62歳。太った妻とスレンダーな娘がいる。

 最近娘と付き合い始めたのが日本人のおっさんなので日本が嫌い。


 かつてラッキー・サービス氏、ライアン・ゲイブラム氏、あとフェルナンド・ハーパーなどピースに与した理事を多く輩出しており、国協の中で活躍する理事が多かった事から「発言権のアメリカ」と恐れられていたものの、その大半がピースに移籍して世界中に宣戦布告しやがったため今は沈黙しっぱなしである。


 クレメンス上級監察官も別にやりたくてこのポストに就いている訳ではなく、ピースが出て来た瞬間に前任者が光の速さで辞任したせいでお鉢が回って来た、腰かけスタイルなのに下ろした腰を浮かすこと叶わぬ人。


「いえ。日本の上級監察官についてなのですが」

「ああ。なんかすぐにあららーとか言うちょっとアメリカにいそうなおっさんか? それとも40代にはとても見えん、頭とか尻を踏んで欲しくなるようなアジアンビューティーか?」



「上級監察官が交代したようです。つい数十分前に」

「ワッツハプンだわ!! しかもそれ、報告受けてないぞ!!」


 南雲さんが就任を不承不承で受諾したのが1時間前くらいなので。



「で?」

「とある都市部で煌気オーラ反応を確認しました」


「上級監察官関係ないじゃないか!! ユー!! 名前は!!」

「アームストロングです」


「くっ。太い腕をしていやがる。オペレーターなのに! 続けろ! ダンジョンか? モンスターでも漏らしたか? まったく現場は使えんな」

煌気オーラ反応の識別ですと……。ご覧頂いた方が早いかと。モニターに出します」


 アームストロングオペレーターが端末を操作して、クレメンス上級監察官がお気に入りのレモネードを噴き出した。



「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅ!! なんだこれは!? 分かりやすく説明してクレメンス!!」


 スプラッシュ外交で南雲さんとは仲良くなれそうなクレメンス氏。



「国協が発行していた『このモンスターが凄い・百選』に記載されている全モンスターを足して、それに3、いえ、4を掛けるとこのくらいになります」

「分かりやすい! シット!! どこから出て来た!? 我が国のダンジョンにこんなのいるのか!? もう娘の彼氏に頼んで日本国籍もらおう!!」


「転移して来た反応が見られます」

「転移!? 我が国にか!? どこから!?」


「異世界です」

「攻撃か!? 識別できるか!?」



「バルリテロリです」

「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅ!! よし。ジャパンの侍に伝達せよ。仲良くしようね、美味しいハンバーガー送るよ。と!! 戦争で忙しいだろうから、返信不要とスタンプも付けろ!! 最後に頑張ってねを忘れるな!!」



 諸君はご存じの通り、バルリテロリからミンスティラリア魔王城を経由して、異世界から異世界、そして異世界からアメリカへと人殺助とゴリ門クソさんを立て続けに転移させたのは喜三太陛下ではあるものの、現場には南雲さんが立ち会っている。

 余裕で敵対行為なのだが、それは観測者視点で見なければ分からない。


 アメリカ探索員協会からすれば「現在、日本本部に丸投げしてるバルリテロリとの戦争の火花が我が国にも来たぁ!? 今、うちの国は戦える状況じゃない!! 日本さん! ミーとユー! 仲良しになろうね!!」と、バルリテロリと日本本部の戦いがどうやら旗色悪く、勢い余ってアメリカまで飛び火したと判断しても良い、というかそうするのが最も筋の通った状況であった。


 だって「日本本部がやってるんなら、やらせとけ。必要最低限の通信以外すんな。終わった後で責任問題持って、さらに盛って来られたら嫌だもん」を決め込んでいた手前、「何がどうなってこうなんですか!?」と言えないし、聞けないし、砂糖多めのレモネードはなんかすっぺぇし。いっそ宇宙に逃げたいし。スペーシー。


 クレメンス上級監察官によって、「なんか変なのがアメリカに出たから助けて!!」と日本本部へ要請が届いたのはそれからすぐの事だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな日本本部。

 未だにバルリテロリからの刺客、逆神五十鈴率いる五十鈴ランドで半壊させられた状況からは変わらず。


 だって3時間くらいしか経っていないもの。


「うっわ。南雲さーん。良い感じの勘違いしてくれてるっすよ、アメリカさん。ただ、良くない感じの要請来ちゃったっすよ。どうします?」


 山根くんがサーベイランス越しに多分顔色が最悪な南雲さんへ事情を的確に伝えた。

 すぐに応答がある。


『そっちでアメリカの現場に行ける子って誰かいる!?』

「いる訳ないじゃないっすか。みんな戦い通しっすよ」


『時間稼ぐだけで良いの! あと、ゴリ門クソさんの存在がバレたらもう私! 私!! お腹痛くて出勤できなくなりそう!!』

「そんなこと言われてもっすよ。……あー。南雲さん。1つ良い人がいました。国籍のなくなった人たち」


 南雲さんが「それだ!!」と叫んだので、山根くんが隣の春香さんにサーベイランスの通信回線、強制起動を指示した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 純潔と清らかさ、人を疑わぬ心が売りの異世界。

 こちらはピュグリバー。


 サーベイランスが起動しており、「はい。福田です。……委細承知いたしました」と新・仕事人が承知していた。

 「座標をお願いいたします」とだけ告げると、雨宮さんの元へと忍び寄る福田さん。


「やだー。おじさん、もう無理よー? 今、ほらー。川端さんを再生させてるからー。だめよーだめだめ。そんな遠くに行ったって役に立てないゾ!!」

「襲われているアメリカ人女性ですが。胸部が大変豊かだとの事でした」


 雨宮さんの発現している再生能力を付与された煌気オーラ膜がパカッと割れて、ハッキリとした戦意の有無を明言する男がいた。



「おっぱいが? 行きましょう。福田くん。私を転移させてくれ。ナディアさんはここに残っていてくれるか。貴女の立場を危うくしたくはない。私は背負うものと言えば何も、今や国籍すら持たぬ身。……ただ、世界のどこかで泣いているおっぱいがいる。それを背負うのは、いけないことですか?」


 川端卿に対して万歳三唱がされたのち、福田さんが無言で一緒に転移して行った。



 そしてすぐに福田さんが、福田さんだけが帰って来た。


「あらららー。良くないぞー。福田くん!」

「お言葉ですが、現場には昔は木原監察官だった人のようなものがおりました。それがいる以上、私程度の使い手がいたとしても邪魔にしかなりません」


「なるほどねー。なんで川端さん置いて来たの?」

「…………」


 珍しく、いやさ初めての事だった。

 福田さんが言い淀んだ。


「福田くんも仕事し過ぎなんだよー。こっちでお酒でも飲もう!」

「……1杯だけお付き合いします。雨宮察しの良いおじさん」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そして戻って来た。

 ナンシーの家。


「お嬢さん。落ち着いて。私の英語は通じていますか? どうにかおっぱいのある国の言葉は全て習得しているつもりなのだが。聞こえていれば、おっぱいを縦に振ってください」

「あなたは……。人間で、いいのね!? ……おっぱいを!?」



「おっぱい男爵です」

「モンスターではなかったわ。男爵。ワタシの家、これって保険きくかしら? トマトソースがカーテンにも! 半年前に越して来たのに! もう最悪よ!!」


 川端さんが「そのおっぱいが担保であれば。この川端一真、お引き受けしましょう」と紳士らしく笑顔を見せた。



 視線を向けたくない方向へやると、そこには。


「はっはっはっは!! 化け物を相手に刀を振るうとは! まるで鬼退治じゃのぉ!! 拙者も滾ってきてござる!! 『殺刃ブッスリ』!!」

「うぉおおおおぉぉぉぉぉん!! 桃太郎気取りしてんじゃねぇ!! 芽衣ちゃまが世界で1番の桃だって分かるんだよぉぉぉぉぉ! ダイナマイトォォォいっぐぶぅぅぅんな゛!!」



 地獄があった。



 煌気オーラ刀でゴリ門クソさんをズバズバ斬り刻む人殺助。

 斬られた部分は氷でくっ付けるゴリ門クソさんのクソの部分。


 既にゴリ門クソさんと互角どころか優勢に事を運んでいるだけで脅威。

 しかし、川端さんは退けない。


 脅威から守るべき胸囲があるのだ。


「つぁぁぁっ!! 『断崖集気弾だんがいしゅうきだん乳房ちぶさ米国風味ボインボイン』!!! さあ! そのフレッシュなおっぱいと一緒にこのワンちゃんを連れて!! まずはブラジャーを!! 私の母国だった場所にはいという漢字があります。それは、おっぱいにブラジャーをする、と書きます。を!! そうすれば、私が貴女のおっぱいを守りましょう!!」


 ナンシーがゴールデンレトリーバーのジェームズと抱き合い、言われた通りに下着をつけて服を着る。

 川端さんがそれを見届けて短く、強く言った。



「そこまで着ろとは言っていない!!」


 ナンシーが「ジャパンって貴族まで最低だわ」と日本嫌いになった瞬間であった。



 これで最悪の場合、川端さんの死体が発見されて「日本から援軍を送ったのですが。無念です」という形は整った。

 だが、ゴリ門クソさんと川端さんがいる間にどうにかしないと、やっぱり現状、問題の先延ばしである。


 そろそろ動くか。

 バルリテロリにいる戦士たち。


 というか、動いていた。

 雑に動いてこうなった。


 ならば慎重に動くか。逆神家。

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