第1244話 【出ちゃった・その1】逆神人殺助、うっかりアメリカに出現する

 アメリカのある都市では。

 まだ早朝で人々が寝ている時間帯。


 ナンシーという名の女性(26)は徹夜明けの体を目覚めさせるべく、熱めのシャワーを浴びているところだった。

 リビングでは愛犬のジェームズが「ガウガウ」とけたたましく吠えている。


 ジェームズは♂のゴールデンレトリーバー。

 大型犬だが気性は穏やかで新聞配達のボブが乱暴に朝刊を庭に投げ捨てても吠えたりせずに、それを咥えてナンシーに届ける忠犬。


 そんなジェームズが「グルァァァァ」と猛り狂っていた。


「ジェーイ? ジェーイムーズ?」


 不思議に思ったものの、ちょうどボディソープの泡を洗い流していたナンシー。

 愛犬の名を呼びながら、不穏な予感に胸をざわつかせていた。


「ジェーイムーズ?」


 ジェームズが静かになった。

 何か起きたのではないかと、ナンシーは胸騒ぎをどうにか堪えてバスタオルを乱暴に体に巻き付けると浴室を飛び出した。



 おわかりいただけただろうか。


 90年代のパニックホラーの冒頭でよく見るヤツである。



「キャアアアアアアアアアア!! ジェームズゥ!!」

「わっふ! ワンワン!!」


 そこには元気に走り回るジェームズの姿が。

 この世界では動物が悲惨な目に遭ったりはしないのである。


「ほう。そちの名は? 拙者、西洋人でも女でも構わず斬っちまう者。名を逆神人殺助。この刀でそちを斬るが。まず名を聞かせよ。斬る時の音頭が取れぬ。おっと、勘違いしてくれるなよ。拙者、生まれてこの方、生粋の快楽犯よ!!」


 人は酷い目に遭いがちなこの世界。

 ナンシーが遭遇したのは、着物に日本刀を携えた長髪の男であった。


 逆神人殺助。

 なんか知らんけど異世界に縛られていた体が自由に。

 出現した先はこれまた自由の国。


 アメリカであった。


 そして現状、ちゃんとクズである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ほんの30秒くらい前の南雲さん。


「やだぁぁぁ!! アメリカに出しちゃったの!? 人殺助を!? それでアメリカ探索員協会から入電しちゃったの!? 1番近い部隊は!? って、いる訳ないよね!! バルリテロリ戦争に総動員でみんな掛かりっきりだったんだから!!」

「ぶーっははははは!! 白衣ぃ!! なんか大変そうやなぁ!!」



「逆神くん? 皇帝殺したら転移スキルなかったことにならない?」

「えっ!? お前まで急にどうしたんや!? ごめんやで!?」


 「やっぱ数十分前まで敵だったヤツを使うんじゃなかった」と南雲さんは強く後悔した。



 そんな時に頼りになる男を忘れてはいけない。


「ふん。……チュッチュ。チュッチュ・高見沢・バーニィ」

「この状況で私を巻き込むな。もうそれ私じゃないだろう。勝手に愛称を付けるな。腹立たしい」


「ふん。お友達に立つか。バニング」

「立っていない」


「監察官に伝えろ。座標を俺に教えろと。俺は元々アメリカ探索員協会の理事だ」

「お前……! サービス!!」


 バニングさんが目を見開いた。



「そこにライアン殿がおられるのに!? 私を中継して南雲殿に策がある旨を伝えようとしているのか!? ちぃっ!! 危急の事態でなければ2時間ほどかけて訂正したものを!!」


 バニング・ミンガイルさん。最上位調律人バランサーに格上げされる。



 だが、今は危急も危急。

 ここにいる者は誰も知らないが、アメリカのとある都市ではガチのマジで何の関係もないナンシーの命が危ない。


 しかもナンシーはバスタオル1枚という装備。

 アメリカンビューティーである。


 さぞかしビッグボインであろう。

 センシティブ判定とセルフレイティングも危ない。


 もしかするとかつては『OPOAI』で働いていた事もあるかもしれない。

 雨宮さんが呼び間違える活きの良いおっぱいに似た感じのおっぱいがいた。


 急がねば。


 バニングさんが南雲さんに「サービス!!」と叫ぶと南雲さんが「ああ! はい、なるほど、サービス!!」と応じた。

 忙しい時間帯の中華料理店みたい。


 よく考えたらサービスさんは現場の探索員から理事まで自力で出世した叩き上げ。

 アメリカの地理にも明るい。


「お願いします! サービスさん!! 私、一時的に難聴と老眼患いますので! あーあー! 聞こえない! 見えない!!」

「ふん。……悪くない」


 サービスさんには策がある。

 ただ、すぐに実行するためには協力者が必要であった。


「ふん。ノアちゃん」

「ふんすです! どこに穴ちゃん出しますか!!」


「ふん。流石か。あとは……おぎゃる丸」

「………………………………あ゛!? ワシか!? 変な名前で呼ぶなや! 練乳おしゃぶりマン!!」


「ふん。……愚鈍が」

「おいぃぃ!! 難しい日本語で今、バカにしたやろ!? なんや! なんでも言ってみろ! お前ぇ! くっそ長い白髪のくせに!! おしゃぶりマンのいう事くらいなんぼでもできらぁ!!」



 ニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ。



 この戦争で特にパワーアップイベントはなかったが、コミュ力がちょっぴりアップしていたサービスさん。

 準備を整える。


 ナンシーの大ピンチまであと100秒。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらはミンスティラリア魔王城。

 結局水着で戦争を完走させられた仁香さんのスマホが鳴った。


「はい。こちら青山仁香後方司令官代理です」

『ふん。……高みに立つ水着の女。今からチュッチュするチュッチュにチュッチュチュッチュチュッチュ。分かるな?』



「あの! 私、介護職員じゃないんですからね!? 今仰られたアメリカの? とにかく指定された座標を魔王城の煌気オーラ力場に設定すればいいんですね!? 許可は南雲さんから取っているって事でいいですね!? じゃあ、はい! 済みました! 今度からは練乳吸いながら電話して来ないでください! 耳が不快です! はい! 失礼します!!」



 伊達に一級おっぱい介護士の資格を保持していない仁香さん。

 宿六に比べたら常に練乳吸ってて何が言いたいのか分からないだけで、やってる事は巡り巡って世界に貢献するコミュ障白髪ロン毛の言う事くらい、ちょっとチュッチュを聞けば分かる。


「リャン! ザールさん!!」


「了!! 煌気オーラ力場構築済みです! ノアさんの穴も確認済みです!」

「かつてメリカにも侵略行為をした過去が役に立つとは……! 座標、指定いたしました!!」


 シミリート技師が旦那の身を案じているアリナさんに質問する。

 魔技師は好奇心の塊であるからして、これは聞かざるを得ない。


「くくっ。アリナ殿。私は人ではないからね。人として永きを生きる貴女に聞きたい。アレを転移させて、どうするつもりだとお思いかね?」

「シミリート殿。妾は世間を知らずにハナミズキに囲まれ引きこもっておった身。ただ、ひとつ言える事は。妾の考えもつかぬほどの緊急事態なのだと思う」


 シミリート技師が「確かに。興味深いのだよ」と同意した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ピンチのナンシーの前に煌気オーラ力場が発生する。

 ナンシーは別に探索員でもないし、煌気オーラの扱いに長けている訳でもないし、何ならスキルなんか見たこともない。


 ただ、目の前で起きている事が異常であり、非情が自身に牙を剥いている事は分かる。

 彼女は手を組んで祈った。


 「神よ。私、なんかした?」と。


 バルリテロリでは喜三太陛下が究極転移スキルでサービスさんの練乳経由による『ホール』で転移座標の取得とかいう、もう意味不明を超えていっそ潔いまであるチート行為を遂行。

 そののち、サービスさんがとある物体の凍りつかせていた時間を溶かした。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん! いっぐぶぅぅぅんひっひはぁぁぁんふぅぅぅぅっん゛! そんな私ぃなんか急に表層人格に出されるとかぁぁぁ! んっふぅぅぅはぁぁぁ、ひっひっひんんんっ! えっぐぶっふぅぅいナ゛っ! うるせえええ! 雷門!! オレ様の出番が来たんだよおおおおおお!! どこだここ!!」


 ナンシーが「……oh」と呟いてから「……モンスター」と嘆いた。



「拙者! 一度決めた順番はきっちり守るが嗜みよ!! しかし邪魔立てするならばもう知らん! 斬る!! 『殺傷剣バッサリ』!!」


 人殺助、とりあえずナンシーがターゲットだったのに視界が遮られて、ついでにうるせぇのでナンシーどころではなくなりゴリ門クソさんを叩き斬る。


「おおん? いてぇ!! なにしてんだおめぇぇぇぇ!! 知らねぇ姉ちゃん斬ったらよぉぉぉ! 芽衣ちゃまに怒られるんだよぉぉぉぉぉぉ!!」

「なるほど、げに面妖な姿の化け物。ここも異世界か!! はっはっは!! ならばお主から斬ってやろうぞ!!」


「おめぇは頭ん中が雷門わるぐちか? 今オレ様を斬ったのに斬れてねぇだろうがよぉぉぉぉ!! オレ様斬れたら大したもんだろうがよぉぉぉぉ!! 行くぜぇ!! ダァァァァァァイナマイトォォォォォォォォォォ!! いっぐぶぅぅぅぅぅん!! ナ゛ッ!!」

「ぬがぁぁ!? 拙者の鍛えた業物が折れた……? お主、人語を操る異形の者!! そちの名は?」


「私は雷門善吉ぃぃぃぃぃっひぃぃっふぅぅぅぅぅぅ人格取られるぅぅぅぅ! おめぇはこのタイミングで根性出す必要ねぇだろぉぉぉぉ!! オレ様は木原久光! 八鬼衆になれなかった氷鬼のガリガリクソ!! はぁっはぁぁぁぁ! 自己紹介もさせてもらえへんっ!! ここどこなんかって思ったら。私、私は! ただこの世界を救いだいっナ゛ッ! ……オレ様はゴリ門クソ。本当の名前を忘れまったが、芽衣ちゃまのおじ様だ」



 現在、大混線しております。ご容赦ください。



 放っておくだけで世界が綺麗になりそうな対戦カードがここに生まれる。

 ただ、ナンシーとジェームズが気の毒。


 無理やり3身合体したゴリ門クソさん。

 時間凍結までされていたので記憶も混濁。

 そもそもここはどこなのかも分からなければ、後ろにいる半裸の姉ちゃんが何言ってんのかも分からない。英語だもん。


 ただ、眼前にはいきなり刀で斬りつけて来る異常者。

 こんな輩を野放しにしておいては、芽衣ちゃまの住む世界が穢れてしまう。


 ゴリ門クソさんが戦う理由はそれだけで充分。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!! 氷結ダイナマァイトォォォォォォォ!!」

「……あぁ! モンスター!!」


 直後、巨大な煌気オーラ反応がアメリカで確認される。

 そう。


 アメリカ探索員協会はただ「日本くんさぁ。まだバルリテロリとか言うとことドンパチやってんのぉ?」と文句言うために通信回線を開いただけ。


 1秒後にはその内容が変わりそうである。

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