第490話 【新・久坂隊その2】おっさんは急にキレる ~逆神六駆、探索員辞めるってよ~

 こちらは戦いの最前線。

 8番バッツ・ホワン・ロイの計算など一切ない猛攻が、意外な善戦を見せていた。


「ボンバァァァァァァ!! アァァァウ!! ブレイクゥゥゥゥゥゥ!!」


 もはや鎧を失った8番。

 次の攻撃を防ぐ手立てがないと判断した彼は、全ての煌気オーラを一気に放出して少しでも敵の戦力を削ぐべく方針を転換させていた。


 フルパワーの衝撃波が逆神六駆と小坂莉子に襲い掛かる。


「危ない! 莉子っ!!」

「ふひゃぁぁぁっ!? ろ、ろろ、六駆くぅん!! これ、お姫様抱っこ……!!」


「あ、ごめん! 嫌だった? お尻に触っちゃってるもんね!」

「ううん! 全然! 全然、全然、全然嫌じゃないよ!! わた、わたしのお尻で良ければ、もうずっと触ってて欲しいってぇぇ!? もぉぉぉ!! 六駆くんってばぁ! 何言わせるのぉ!! バカぁ!!」


 莉子さんの照れ隠しパンチが、逆神六駆の腹部を捉える。



「うぐっ。……すごく良いパンチだね。煌気オーラが完全に乗ってて、威力も抜群」

「わわわっ!! ごめんなさい!! つ、つい、恥ずかしくて!! ごめんね、六駆くん!! 痛かった!? あの、わたしどうすればいい!? ち、チューとか!?」



 逆神六駆に明確なダメージを与えるほどの乙女に進化した莉子さん。

 これで将来の夫婦喧嘩でもイニシアティブを獲得するのは容易になった。


「平気、平気! ちょっと気を抜いてたからさ! ……あ。漆黒の堕天使ルシファーのプレートが砕けてる」


 ちなみにこの口に出すと思わず赤面しそうになるのは、かつて山根健斗オペレーターが名付けた逆神六駆専用装備の名前である。

 なお、製作者は南雲修一で登録されているため「南雲監察官がちょっとおかしくなった」と一時期話題になったという。


「ふぇぇぇ。ごめんなさい……。わ、わたしも装備破った方がいい!? 六駆くんが好きなとこ、破っていいよ!?」

「あ、大丈夫!」


「なんで即答するのぉ!? ちょっとは色々妄想してよぉ!! バカぁ!!」

「ごふっ」


 このようにして、イチャイチャしながら勝手にダメージを受けていく六駆くん。

 なるほど、3番が戦線離脱する隙は充分にあったようである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方、久坂剣友と10番ザール・スプリングの対決は。


「……くっ。もう稼働時間が!! 私の力はやはり及ばないか。だが! 限界など超えるためにある!! うぉぉぉぉっ!!」


 『雷身外殻ケラヴノスミガリア』を使いこなしても、老練の久坂剣友を追い詰めるには至らず。

 だが、10番は諦めない。


 彼は2番の言いつけに背き、さらに『雷身外殻ケラヴノスミガリア』を使おうと煌気オーラを振り絞る。

 その様子を見た久坂が、珍しく声を荒げた。


「バカタレぇ! やめんか!!」

「ぐっ!! 私が倒れる訳にはいかないのだ!!」


「お主のぉ! 察するに、その装備を使いこなせるようになるまで師匠とようけ特訓したんじゃろ? 見ちょったら分かるわい。その上で偉そうに言わせてもらうけどのぉ! 仮に命を削って強敵を排除したとしてもじゃ! 自分の弟子にそがいな事されて喜ぶ師匠がどこにおると思うちょるんじゃ!!」


 10番は戦いの熱気に侵されていた脳内に、2番との訓練に明け暮れた日々がわずかだがフラッシュバックした。

 そののち、彼は煌気オーラの放出を停止する。


「……あなたに何が分かる」

「分からいでか! ……ワシにものぉ、孫のように思うちょる弟子がおるんじゃ。お主のお師匠がどがいな人間かは知らんが、お主が大切に思われちょる事ぁ分かるで? その装備。使用者の限界が来たらブレーカーが落ちる仕様になっちょるけぇの。夢中で気付かんかったじゃろ? お主ほどの使い手が全力で煌気オーラ込めても動かん装備なんて、そうそうあるかい」


「バニング様……! 私のために? だが、あの方は……。戦いは勝ってこそだと常におっしゃっておられた……!!」

「そりゃあ自分の主義主張じゃろ。弟子に押し付けるもんじゃないわい。……ええ師匠に恵まれたのぉ。その師匠に会わんまま無茶せんでも良かろうが」


 10番は負けを認めた。

 元から無謀な勝負だったが、彼は命を捨てる覚悟であった。


 それが間違いだと気付けた事実は、どんな勝利よりも得難き敗北だっただろう。


「ぐすっ。うぉぉぉ……! 久坂剣友……!!」

「お、おお? どがいしたんじゃ、55の。なんでお主が号泣しちょるんじゃ? 雷門のに悪い影響受けたんか?」


「私は……! 私は……!! あなたに出会えて、あなたの弟子になれて……!! 本当に良かった!!」


 久坂は「ひょっひょっひょ」と笑って、目を細める。


「そりゃあお互い様じゃ言うちょろうが。お主が一緒に飯ぃ食うてくれて、風呂で背中ぁ流してくれるだけで、神も仏も信じちょらんワシが天に感謝するくらいじゃからのぉ」


 久坂剣友監察官は味方から大いなる尊敬を集めているが、戦い終えた敵からも同じだけの敬意を払われる老兵である。

 よその弟子も自分の弟子も泣かせるこのじいさんに、幸多からん事を祈ってやまない。


 ところで、そろそろ良い話が台無しになるお時間である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 3番が『噴射玉ホバー』で上空に飛来し勧告する。


『停戦なさい。この男は、国際探索員協会理事。フェルナンド・ハーパー。ありていに言えば人質です。さあ、鳴きなさい愚か者』


 しっかりと命乞いをすることに定評のあるこちらのじいさん。

 尊敬はまったく集めない代わりに、軽蔑とヘイトを集めるのが得意である。


『バカどもが!! もっと上手く助けに来んか!! また日本か!! 先の上級監察官と言い、そこの老いぼれ監察官と言い! ゴミばかりだな!! 役立たずどもが!! とっとと投降しろ!! この私の命は重いんだ! 貴様らの誰よりも!!』


 六駆は上空で叫ぶ老害を見て「あー。なるほど」と納得した。


「ほえ? どしたの? 六駆くん」

「雨宮さんたち、あのじいさんのせいで負けたんだね。おかしいと思ったんだよなぁ」


『おい! 老いぼれ! お前、見覚えがあるぞ!! 久坂とか言う、伝説扱いされていい気になっているヤツだろう!! さっさと部下に命令せんか!! 今すぐ!! 立場を弁えろ!!』


 久坂も呆れながら頭をかく。


「国協の理事を捕まえちょったんかい。こりゃあ、実に効果的な人質じゃのぉ。雨宮のが従った以上、ワシが勝手する訳にもいかんしのぉ。やれやれ。参ったわい」


 降伏の用意を見せる久坂剣友。

 そこに向けて、3番は肩に装備していた煌気オーラ砲を不意を突いて放った。


『ふふふっ! 油断しましたね!! このタイミング!! 間違いなく獲りましたよ!!』

「しもうた!! 55の! そこの若いの連れて避けぇ!!」


「了解した! ……久坂剣友!? あなたも早く!!」

「いやぁ。この煌気オーラ砲、追尾弾じゃわい。ワシが避けたら周りに被害が出るけぇのぉ」


 穏やかな表情で久坂は言った。


 だが、この老兵を敬愛している者が現場にまだいる事を忘れてはならない。

 そして彼は結構なおじいちゃんっ子でもあった。


「ふぅぅぅぅん!! 『瞬動しゅんどう四重クワドラ』!!!」

「おおおっ!? 六駆の!? 心臓止まるじゃろがい!!」


 久坂の前に馳せ参じ、背中で煌気オーラ砲を受けた逆神六駆。

 マントには金色に輝く莉子の文字。


『何をしている!! 小僧!! 私が人質になっている事を理解できんのか!? この愚か者が!!』


 なおも「じぶんのいのちだいじに」を貫くハーパー理事。

 諸君。ご存じだろうか。



 逆神六駆おっさんの沸点は、結構低いのである。



 彼は両手を組んで煌気オーラを溜め始める。

 その様子を見て、3番は慌てて再度警告する。


『あ、あなた! その攻撃の意味が分かっているのですか!?』


 六駆は答える。


「すみません。僕、今から探索員辞めるんで分からないです。なんかアレですよ。無性にイラっとしたんですよねぇ。僕の親父が年取ってそんな風になったら、間違いなくこうするかなって。あと僕もそこそこおっさんなので、年寄りの傲慢に猛烈な嫌悪感が。よいしょー」

『お、おい! よせ!! ヤメろ!! 小僧! 私は国協の理事だぞ!?』


「はて? それが何か? ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!! 『蓋世がいせい大竜砲ドラグーン』!!」


 逆神六駆のスキルの中でも傑出した威力を持つ極大スキルが放たれた。

 咄嗟に防御膜を構築する3番だが、竜の咆哮はそれを塗りつぶす。


「僕でもね。たまにはお金以外の事でキレたりするんですよ。ああ。もう聞こえてないか。……さて! これで後顧の憂いなく戦えますね!! やだ! すっごい爽快感!!」


 爽やかな表情で、逆神六駆は西側の山を見た。

 それは、ハナミズキの屋敷がある方角であった。

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