第6章

第352話 春来る ~留年の危機だ! 逆神六駆!!~

 国際スキル犯罪者収容施設。

 名を【カルケル】と言う。


 アトミルカ2番による、カルケル襲撃予告。

 この事実は驚きと恐怖をもって、国際探索員協会に加盟している各国に届けられた。


 問題は、その襲撃予告が日本探索員協会の行った『異世界キュロドス急襲作戦』と関わりのある点であった。

 多くの国は「日本が先頭に立って反社会的勢力に一矢報いた」と称賛したが、その裏では「日本のせいでスキル犯罪者が解放され、結果的に世界情勢が悪化するではないか」と言った類の意見があるのも事実。


 その批判を真正面から受け止めるべく、我らが上級監察官・五楼京華は声明を発表した。



 「カルケルの防衛、およびアトミルカの迎撃任務は、日本探索員協会が主導する」と。



 この発言も一部から「スタンドプレーが目立つ」と批判の矛先を向けられたが、それ以上に「日本の探索員協会が戦ってくれなければ事態は悪化するだけだ」と言う意見が大半を占め、主要国の協力も取り付けた。


 これは、五楼京華の優れたリーダーシップと、日本探索員協会の積み上げて来た実績によるところが大であった。

 よって、日本探索員協会は速やかにカルケル防衛任務について準備に移る。


 一方で、混迷を極める対アトミルカ情勢とは関係なく、日常は時計の針を進めていく。

 急襲作戦から約1ヶ月と少しが経ち、季節は3月の中頃になっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「逆神。あのな、先生さ。何回も言ったよな? 学年末試験だけは頑張ろう。そこさえクリアできれば、とりあえず三年生に進級できるって」

「はい!」


 現在、逆神六駆は御滝中央高校の生徒指導室にいた。

 目の前で涙を浮かべているのは、担任の石井先生。



「どうしてお前は6教科で0点を取ったのかな? 先生に分かるように教えてくれ」

「最近貯金が増えて来たので、学業を疎かにしても良いかなって!!」



 石井先生はついに泣いた。

 「この1年で逆神が変わってしまったのは、全て自分のせいだ」と。


 確かに、石井先生の勘定だと夏休みの『逆神六駆異世界転生周回リピート29年』が含まれておらず、二年生の間に激しく成績を落とした事実しか見えない。

 学生時代にアメフト部で鍛えた責任感が、石井先生の両肩に重くのしかかる。


「お父さん。今日はこうしてご足労願ったのは、こういった事情でして」

「いやー。すんませんね、ホント! うちの息子は家計を支えてくれてるんで、どうにか大目に見てもらえませんか?」


 逆神大吾。

 彼は六駆の父親である。


「事情は理解していますが、お父さん。それを加味してもですね、この結果は酷すぎるんですよ。……お父さん?」



「あ! すんません! 今、競艇の第9レースが始まるんで! 自信あるんすよ! もうね、1-3で決まり! 2万もぶっこんだリましたわ! ……あ。外れた」

「お父さん!!」



「クソ親父! その2万円、どこから用意したんだ!? さては僕のタンス貯金からくすねたな!? ふぅぅぅぅんっ!! 『豪拳ごうけん二重ダブル』!!」

「へへ、ちょいと増やして返す予定べしゅらぁああんっ」


「お、おお、お父さぁん!! 逆神、お前はどうしてそんなになってしまったんだ!?」

「先生。父親だからって全知全能だと思うのは、人のエゴですよ?」


「分かった。急に難しいことを言い出して、正直先生倒れそうだけど。分かった。今のはお父さんが悪いな。だけど、暴力に頼るのは良くないぞ?」

「先生。相手が人語を理解する賢しいブタだった時には、無為な言の葉を散らす前に一撃をもって問題を解決するのはいけないことですか?」



「逆神。お前、一瞬で賢くなったな? どうしてその知能をテストに使わなかった?」

「僕、お金が大事なんで! お金のためなら、いくらだって賢くなりますよ!!」



 石井先生のメンタルがいよいよ崩壊しようとしていた。

 安いところてんのようにボロボロになっていく精神。

 その隣では、同じくボロボロになった大吾が横たわっていた。


 そんな地獄絵図に、救世主が現れる。


「申し訳ございません!! わたくし、日本探索員協会の監察官を務めております、南雲修一と申します!! これ、お取り寄せで2か月待ちのバームクーヘンです!!」


 南雲が来た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 南雲は協会本部で仕事に忙殺されていた。

 カルケル防衛作戦の概要もまだ決まっていないのに、先のキュロドス急襲作戦の事後処理に追われていたのだ。


 そんな彼のスマホが震えた。

 協会本部にいる者は内線電話を連絡に使うので、スマホが震えるのは外部からの連絡である。


 表示された名前が「小坂莉子」だった時点で、優秀な筆頭監察官は全てを悟った。

 彼女から聞いていた、学年末試験の結果発表日。

 その翌日にある、3者面談。


 これほど目に見える死亡フラグもない。


「山根くん。冷蔵庫にさ、バームクーヘン入れたじゃない? ほら、去年の暮れにお取り寄せで注文して、やっと届いたヤツ」

「了解っす! 贈答用に包装したらいいんすね! いやー、五楼さん楽しみにしてたでしょうに、南雲さんったら部下思いなんだから! よっ、理想の上官!!」


 南雲は無言で首を横に振って、電話に出た。


『な、南雲さぁん! 六駆くんが、六駆くんが!!』

「うん。分かった。何も言わなくて良い。御滝中央高校の座標はね、既に登録済みなんだ。10分で行くから。うん。泣かないでね。はい。それでは」


 テーブルの上には、綺麗に梱包されたバームクーヘン。

 南雲は飲みかけのコーヒーを一息で飲み干した。


 その味は砂糖を入れていないのに甘みが強く、彼の心を落ち着けたと言う。


「山根くん。留守を任せた。【稀有転移黒石ブラックストーン】!」

「うーっす。いってらっしゃーい」


 なお、ダンジョン以外の場所に【稀有転移黒石ブラックストーン】で移動するのは禁止されている。

 彼は後日、「監察官の地位を私的に利用しました」と始末書をしたためて五楼に提出したが、「お前はよくやっている」と彼女はそれを受け取らなかったらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「こちらをご覧ください! 逆神くんが探索員として、日本探索員協会にもたらした利益を数値化したものです!! ひいては日本国に寄与した実績とも言い換えられます!! 一般の探索員を1とすると、3200以上になるんです!! どうか、この実績を考慮頂けませんか!?」


 生徒指導室では、南雲の交渉が続いていた。

 監察官室から山根の適切なサポートもあり、「ここが凄いぞ、逆神六駆」のプレゼンテーションは勢いを増していく。


「な、なるほど……。確かに、南雲さんのおっしゃる通りですな。逆神の活動が国益にまで及んでいると聞かされると、私としても学業の不足を補ってやりたいと思います」


 南雲は石井先生の怯んだ瞬間を見逃さない。

 さすがは急襲部隊を率いた監察官。


「貴校には、芸能活動やスポーツ活動を単位認定するシステムがありますよね!? 逆神くんの探索員としての活動をそちらに変換できないでしょうか!? 必要な資料は揃えてあります! はい、こちらに!! それからこれ、バームクーヘンです!!」


 追いバームクーヘンが決定打になったのか、石井先生は受け取った資料を手に、「教頭と相談して参ります」と言って席を立った。

 「探索員の活動をレポートとして提出することで、とりあえず進級を認める」と言う全面的な勝利を得たのは、その20分ほど後の事であった。


「六駆くぅん! 良かったぁー! 南雲さん、ありがとうございますっ!!」

「ははっ! 莉子は大袈裟だなぁ!!」


「やれやれ。こうなる事は予測が出来ていたからね。どうにかな……すまない、電話だ。……えっ!? はい、はい! そんな! お待ちください!! すぐに向かいます!!」


 諸君、ご存じだろうか。

 チーム莉子の問題児が1人ではない事を。


 南雲修一の休息なき進軍は続く。

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