第1003話 【南極の空に乳が凪ぐ・その2】ザール・スプリングの「私は間違ったのだろうか。師よ。教えてください。間違ったのでしょうか」 ~水戸くんを助けるべきではなかったかも知れないと悩む青年~

 ほんの少し前の十四男ランドの西端。

 観測者時間ではだいたい1か月前になります。


 10年前をちょっと前と言えるようになれば人生の探索者としてもベテラン。

 ならば1か月前なんてまばたきを2、3回すればすぐである。


「…………本当に何だ。あれは。服を着ていない。敵の拠点の壁に刺さっている。このはっちゃけ方を軸に推理すれば。……そうだな。普通に考えればバルリテロリの兵。ちょっと頭のおかしいタイプか。あるいは戦闘のストレスで常軌を逸してしまった末の奇行か。いずれにしても、惨いものだ。相手にしているのは日本本部の皆様。我らアトミルカを壊滅させた、世界の守護者だぞ。身の程を弁えなければ、私もああなっていたかもしれない」


 ザール・スプリングくんは本来ならば仁香さんを基点にした『ゲート』で合流を果たしていたはずなのに、なんかお排泄物な方に引き寄せられて目的地から結構離れた場所に転移し、まず最初に確認したのは全裸で時折ビチビチ動くおぞましい何か。


「念のためにトドメを刺しておこうか。敵襲が報じられているはずなのに全裸で自軍の拠点の側壁を頭から突っ込んで破壊する。気の毒な症状は出ているが、実力はあるようだ」


 ザールくんが煌気オーラを拳にチャージする。

 彼の師匠はバニング・ミンガイル氏。

 言わずと知れたアトミルカの大黒柱であり、アリナ・クロイツェルさんのために世界を相手取った大喧嘩を何十年も継続して来た猛者の中の猛者。


 ザールくんは孤児。アトミルカの侵攻によって放棄されたとある集落で拾われた。

 名も無き幼子を見つけたのが30代のバニングさん。

 彼は罪を犯したが根っからの悪人ではない。


 もしかすると罪人としての罰を世界に見捨てられた幼子を拾い育てることで少しばかり雪ごうと考えたのかもしれない。

 今となっては知りようもないが、その幼子はバニングさんに拾われ、アトミルカの兵として育成された。


 その過程で非凡な才を見出され、ナンバー2自らが弟子という形で公私の面倒を見て来た。

 ザールくんにとってはバニングさんが父親代わりであり、師匠であり、名をくれた、スキル使いとして生きる術も与えてくれた恩人なのだ。



 最近はお世話する事が増えているが、それもまた恩返し。



「我が師。バニング様。私はどうすれば良いのでしょうか。戦士としてはすぐに息の根を止める事が正しいと分かっております。ですが。ミンスティラリアで多くの人と交流した今の私は非情になり切れない。……こんな私を叱ってくださいますか。バニング様」


 ザールくんが集約した煌気オーラを弾の形から鎖状に変質させ、なんか壁に突き刺さってる縁起の悪い人みたいなヤツに巻き付け、引っこ抜いた。


「えべあぁぁぁぁぁぁぁ」


 ベシャっとやっぱり汚い音がして、なんだかヌルヌルした人っぽいものがザールくんの近くに転がる。

 そして彼は気付いた。


「……気のせいでなければ、この方を私は知っているな。かつて我らの拠点ヴァルガラへ勇敢にも乗り込んでこられた日本本部の監察官。…………いや、気のせいか」



 水戸くんです。



 ザールくんはもう1度念じた。

 「我が師。バニング様。助けてください。戦いのTPОについては学びましたが、このようなアンタッチャブルに際した時どうすれば良いのか。私はまだあなたから学んでいない」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃のバニングさん。


「うにゃー。バニングさん、バニングさん」

「ぽこ。誰彼構わず話しかけるのはヤメてください。女児ですか。プリンセスマスターの前で女児ムーブはヤメてください。死んでしまいます」


「いや、構わん。クララの行為は意外とバカにできん。どうやっても戦いに備える時間というのはプレッシャーやストレスで身体も心も硬直してしまいがちだからな。戦闘員同士での会話はアトミルカでも推奨していた。気安く話しかけてくれる者が部隊にいるのは稀有だ。六駆と南雲殿もそれを考えてクララを選出したのだろう。そうですな? 六駆。南雲殿?」



「えっ!? 南雲さん!? そうなんですか!?」

「えっ!? 逆神くん!? そうだったの!?」

「……すまなかった。雑談、相談、何でも応じよう。気を落とすな、クララ」


 六駆くんが戻って来て南雲さんがおじさんみを少し増しております。

 彼らはぶっこみ隊ドラフト会議を割と楽しんでやっていました。



「あたしはもう気にしてないぞなー。基本的に抵抗するのは連れて来られるまでなんだにゃー。入れられちゃったらもうどーにもならんぞなー。あとはされるがままにしとくのだにゃー。なんか気持ちいいとこ自分で見つけて楽しむのもアリ寄りのアリだにゃー」

「ぽこはいやらしい事を言っているつもりはないと判断。ステータス『うちの子ちょっとアレなんです』を獲得。どうぞ。バニング様」


 変なものを渡されたが、「受け取っておこう」とご査収されたバニング様。

 かつての部下には迷惑をかけたという責を感じているため、なんだかんだ甘い。


「バニングさんはもうお弟子さん取らんのかにゃー? ザールさんだけぞな?」

「弟子か。私はそもそも弟子を取った事はない。もう知っているだろう。私の戦闘スタイルは単純そのもの。よく言えばシンプルだが、誰にでもできる事をやっているだけだ。つまり、人に教えるような大層な技術を持ち合わせていない」


 バニングさんは具現化武器の『魔斧ベルテ』と身体強化による拳撃主体の戦法がメイン。

 遠距離攻撃までこなせるが、氏の言う通りやっている事はスキル使いの基礎。

 ただその行使の方法が長年の鍛錬と戦いの中で独自進化した思考によって際立った結果、猛者と呼ばれる位まで上り詰めたのだ。


 煌気オーラ供給器官を暴走させるのにも躊躇がないのでよく死にそうになる。

 確かに習っても実践できるかと問われたら、やりたくない戦法である。


「ふっ。ザールは弟子というよりも家族と言った方が良いだろう。私も孤独に慣れた顔をしていたが、慕ってくれる者との交流に飢えていたのだと思う。あれは私に感謝ばかりするが、真に感謝するのは偶然にも私の前で泣き声をあげてくれたザールに対してだ」

「いい話だにゃー。ザールさんの名付け親もバニングさんですかにゃ?」


「ああ。その場で決めた。大きな泉のある集落で拾ったからな」

「にゃるほどにゃー。それでスプリングですかにゃー。ザールはどーゆう意味なんだぞな?」


 バニングさんは「ふっ」と笑って答えた。



「湖畔に経っていたラブホテルの名前だ。やたらと存在感があってな。ひょっとしてあそこで作られたのか? とか思ったら、もうそれで良いか。とな」

「にゃはー!! 台無しだぞなー!!」


 ザールはドイツの川の名前だったり、かつて存在した地名だったりします。

 ただ、バニングさんはラブホテルを見て名付けました。



 ザールくんの出自を語るバニングさんはどこか嬉しそうで、「そもそもラブホテルという名称はヨーロッパでは一般的ではない。あれは誰が言い出したのだったか」とラブホテルについてしばらく語るのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「いやー! 助かりました! ザールさん! お久しぶりですね! すみません、自分に貴重な煌気オーラ回復アイテムを使ってもらって! ははは!!」

「やはり水戸監察官でしたか。……危なかった。特に息の根に関して迷いました」


 ザールくんは人道的な思考でぶっ刺さっていたきたねぇものを助けた。

 助けてしまった過程で、ミンスティラリア魔王城から持って来た四郎じいちゃん謹製の煌気オーラ回復仕様の【黄箱きばこ】を消費してしまう。


 おっぱいか太もも見せれば勝手に回復したのに。


「しかし、どうしてあなたは外壁に突き刺さっておられたのですか」

「仁香さんがですね! あ! 仁香さんって言うのはですね! ふふふっ。ザールさん。これまで女性とお付き合いした経験はおありですか?」


「いえ。私は戦いだけの人生でしたので」

「そうですか! ああー! そうですか!! 仁香さんは自分の伴侶ですね!! そうですかー!! お付き合いしたことないんですかー!! ザールさん、自分より少し年下ですよね? 大丈夫です! 焦らなくてもチャンスはあります! あるあるぅ!!」


「は、はあ」


 童貞捨てた大学生みたいなマウントを取り始めた水戸くん。



 君、まだ捨ててないだろ。

 捨てたのは人間性だけだろ。


 そういうとこやぞ。



「さて。行きましょうか。自分が案内しますよ。ついて来てください」

「水戸監察官? 急ぎ救援へ向かわれる気概は立派ですが、煌気オーラ感知は可能なのですか? 私も現着してからずっと試しているのですが、ジャミングが酷いので上手くいかず」


 十四男ランドは動力が煌気オーラのため、それを隠匿すべくシャモジ母さんの指示を受けた東野家のおさかなネームド軍団によって緊急事態モードへと移行済み。

 動力炉はもちろん、友軍の煌気オーラすら察知するのは困難な状況になっている。


「ふふっ。ザールさん。いえ、ザールくん。甘いなぁ。おっぱいがあるじゃないですか。それと、太もも。心を開いて求めるとね。場所って分かるんですよ」

「そうですか」


「まあ分からないか! 経験がなければ! 仕方ないですね!!」

「はっ」


 余談だが、アトミルカには女性兵士も所属していたし、かの組織は情報収集、時にはスパイ活動もしていたため年齢的に若い女子が多かった。

 おわかりいただけただろうか。


 ザール・スプリング。

 整った顔立ちをしており、戦士と呼ぶには穏やか過ぎるほどの紳士。



 とっくに抱いているのである。

 向こうから誘われたら断らないので、ザールくんは結構な数を致している。



「さあ! 行きますよ、ザールくん!! 自分が恋のいろはを伝授しましょう! 弟子を取っても良いと思うんですよね、そろそろ!! 自分もね!! ははは!」

「はっ」


 バニングさんの教えで戦場における処世術も履修済み。

 波風は立てず、とりあえず肯定。


 全裸で駆けて行く水戸くんに続いて入り組んだ十四男ランドを走った。

 そして運命の曲がり角へと到着。


「この先にね! 仁香すわぁんの気配、いや、匂い! かほりがするんですよ!! 行きますよ!! 自分に続くんだ!! そぉぉぉれ!!」


 元気よく水戸くんが角から飛び出した。


 全裸で。

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