第892話 【津軽ダンジョン冬景色・その6】楠木秀秋監察官の「私が戦局をシリアスにしましょう。確率は五分五分と言ったところですかね」 ~五分五分は五分五分じゃないと僕たちに教えてくれる楠木さん~

 水戸くんと仁香さんがバカやってる間、ギャンの相手はリャンちゃんと楠木さんが担当していた。


「リャンさん。次は左です」

「了!!」


「ぐはぁ!!」

「このおっさんは何なんだ!? 凄まじい先読みの精度……!!」


 楠木秀秋監察官。

 彼はライアンさんと同じ分析スキルが使える訳ではない。


 ただ、自分には他の監察官のように傑出した能力がないのを理解して、それを認めた上で補うための知恵を身に付けた。

 多くの書物を読み、山ほど戦闘データを見て、知識として相手の行動パターンを読み取る術を確立した彼の力は司令官としての実績が物語る。


 だが、悲しいかな。


「楠木さん!!」

「ぐふぅぅ……。ふ、ふふ。年は取りたくないものですね。分かっていても避けきれないとは……」



「いや。悪いが貴官、それ加齢による衰えではないぞ。ただ弱いだけであろう」


 楠木秀秋。そもそも肉弾戦に向かない男。

 ギャンの攻撃を先読みしてなお、全部喰らう。

 最初の「ぐはぁ」もおやっさんの悲鳴。



 だが、リャンちゃんの回避行動の役には立っているのでどっかのおっぱい・太もも欲張りジャンキーよりはずっと偉い。

 あっちはエロい。そしてゲスい。


「こりゃあいけんのぉ。尖がった頭の相手がもたんか。しっかし、ワシも遠隔攻撃どもの相手しちょかんと後背から無防備にやられるとのぉ……。手が足りんわい」


 久坂さんはアッガイとキュベレイからむちゃくちゃ距離を取られて牽制をされていた。

 彼らもゲルググ、ギャンに及ばずながらも実力者。

 一定の強さに到達すれば、久坂さんレベルの手練れを真正面から相手をするのは愚策だと判断できる。


「グフのおやっさんが動いてない!! キュベレイ!! 頑張れ!! 私たちが手を止めたら戦線が崩れるぞ!!」

「あたいが8攻撃してる間で2しか攻撃してないってのにさ。リーダーっぽいムーブ、腹立つね」


「だって私、年上だし」

「……来るんじゃなかった」


 それはそれとして、ゲルググ一族の戦意と民度が低い。


「ぐへへっ! どうした、探索員ども!! 圧倒的じゃないか、我が一族は!!」

「かっかっか! おめぇさんはなかなかやるが! ……お宅ら、そんなに圧倒的じゃあねえよ?」


 唯一互角の戦いをマジメに演じているのがゲルググだけという、バルリテロリサイドも増援を断ち切っただけの事はある実績の拠点制圧部隊。


「……ハゲを抑えるっちゃあ、赤い角は本当にやるのぉ。ワシがやるしかないか!!」


 久坂さん、煌気オーラ爆発バースト

 かと思われたが、待ったをかける男がいた。


「ぐあぁ……。久坂さん。お待ちください。私も監察官の端くれ。ここで倒れ伏しているだけでは、何のために出張って来たのか。禁じられた力を解放する時が来ました。後は任せます。私は……正気を保てないかもしれない」


 楠木秀秋監察官。

 右手にはストロングゼロ。ロング缶。


 待ち受けるのはまどろみか。

 それとも酩酊か。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 スキル使いには縛りによる戦意高揚の方法がある。

 もう誰の事を指しているのかは話題にするまでもないと思われるので、誰の事を指していないかについて語っておこう。


 例に挙げるのは、水戸信介監察官と川端一真監察官。

 ストウェア仲良しおっぱい師弟(元)である。


 川端さんはおっぱいをこよなく愛しており、おっぱいによる力の解放ができる。

 だが、これは「おっぱいを守ろうと思う事で気合が入り、結果的に強くなる」というロジックであり、おっぱいがなくても追い詰められれば気合は入る。


 お忘れかもしれないが、かつては水戸くんをピースの侵略から逃がすためという「年長者としての義務」から煌気オーラ爆発バーストを超えたパワーアップを果たした事もある。

 川端さんはおっぱいが好きなだけ。


 覚醒のトリガーに成り得る選択肢のすっごく濃いヤツとしておっぱいが存在しているだけなのである。


 対して水戸くん。

 元を正せば雨宮さんに「おっぱい見ると戦意高揚するようにしてあげるねー。水戸くん、女子と戦えないって言うからさー」と魔改造されて乗せられた後付けギミック『おっぱいブースト』が今や名物。


 こちらは「おっぱいがないと戦えない」という割と致命的な縛りであり、現におっぱいのない戦場に行くと平山ノア隊員くらいの戦力に低下し、ボクッ子ではないため存在意義が消えかける。

 転じて、おっぱいがそこにあれば戦意高揚を繰り返す戦闘おっぱいマシーンになれるので、彼がここで言う「スキル使いの縛り」の例としてはお手本になる。


 なお、縛りに太ももを加えたら動作不良を起こした。


 スキル使いがメンタルを縛ることはリスキーであり、水戸くんみたいに謎のタフネスをゲットできる可能性もあるが、何も残せず名誉だけ失う可能性の方がずっと高い。


 ここで楠木秀秋監察官を見てみよう。


 彼はストロングゼロをたった今、がぶがぶと服用した。

 これは何が縛られているのか。



 脳みその緊縛プレイとか言ってはいけない。

 彼は奥さんもいるし、割と部下たちから慕われているおやっさんである。



 楠木さんが犠牲に差し出したのは「責任感」であった。

 近頃、ちょっと目を離すとお酒を飲むようになった、掴まり立ち始めたばかりの幼児ばりに視界から消してしまうと不安に駆り立てられる楠木さん。


 だが、彼は毎回ちゃんと罪悪感に苛まれている。

 「こんなことは良くありません。絶対に良くない。だが! お酒がそこにある!!」と、恐ろしく速い葛藤を数十度脳内で繰り返したのち、アルコールの誘惑に負けるのだ。


 主にアルコール中毒や薬物依存症、ギャンブル狂などに見られるメンタルの変化と酷似しており、葛藤しているうちはまだ大丈夫ではなく葛藤して負け始めた時点でもう手遅れなのだが、ここを掘り下げると主題から遠く離れて戻って来られなくなるため割愛する。


 責任感を差し出す事で、それを盛大に放棄する事で、楠木さんの煌気オーラのリミッターが外れる。

 理性的な人間ほど理性を失くすとどうなるか分からないヤツである。


 つまり、強くなるとは言ってない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「は、ははは。とてもいい気分ですよ。煌気オーラ供給器官にアルコールがキク!! これが酩酊による煌気オーラ上昇システム。酩酊モードです。今の私は限られた煌気オーラ総量を適切にコントロールしゅることができりゅのです」


 呂律と言動が怪しくなって来たのでお急ぎください。


「楠木さん!!」

「りゃんしゃん。水戸くゅんが戻るまで、私たちが引き受けなければ引き受けなければ。引き受けなければいけないのです。久坂さんは既に2人か5人か、なんか多めの相手をしておられます。私たちが引き受けなければ引き受けられないのです。分かりますか?」



「…………ぁ。……………了!!!」


 人を疑わないリャンちゃんが、初めて何かを疑った瞬間であった。



「いいれすか。私も芽衣さんのように、敵を幻惑させる戦い方を戦い方として戦って来た経験が経験しているので、これからやります。それを。上手く合わせてください。それを」

「了!!」


 リャンちゃんが何かを見切った瞬間であった。

 再び返事に迷いがなくなる。


 楠木さんはストロングゼロをもう1つ取り出して口に含む。


「……貴官。さすがに私も酔っ払い中年相手に剣を向けたりミサイル撃ったりするのは気が引ける」


 ギャンに良識をもたらすことにも成功する。

 彼は続けた。


「だから! 私の推しの子を寄越してとっとと帰れ!! 黄色い君は私と夫婦になろう!! 名前が似ているから、ダーリンと呼べばいい!!」


 やっぱり良識なんてなかった。

 楠木さんが目を閉じる。


「さあ、ショータイムと参りまひょえぇぇぇい!! かぁぁぁ!! うまいぃぃぃ!!」

「何をして来るか見当がつかん……! だが、まったく脅威を感じないから距離取るのも億劫だ!! 殺さない程度に半殺しにさせてもらうぞ!!」


 楠木さんは右手に煌気オーラを充填させたのち、繰り出す。


「ぶはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!! 『狂酒大噴射ストロングスプラッシュ』!!!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!! こいつぅ!? 人の顔に口から吐いた酒を!? 右手は!?」


 心配で一部始終どころか全部始終見ていた久坂さんが驚く。



「あの動きは間違いないのぉ……。修一のスキルか……!!」


 口から悪役レスラーみたいにアルコール噴き出しただけです。

 あと南雲さんのコーヒー噴くのはスキルじゃありません。



「やぁぁぁ! せぇぇぇい!! 『迅速無人薫脚ラララ・アコムキック』!!!」

「がちぇぁぁえい!? 推しの子が私の下半身を中心に蹴って来る!? 致命傷にはならんが、これ地味に辛い!!」


 美少女に股間付近を蹴られて喜ぶなんてのはニッチなヤツです。

 エロい人にはそれが分からんのです。


「いいれすよ、リャンしゃん!! 私もまだ撃てます! ぶはぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁ!! すっごく目が痛い! おい、貴官!! それもうスキルじゃないだろう!? なんだその酒!! 現世ってすごいな!! レモンの汁が染みるぅ!!」


 ストロングゼロです。


 楠木さんとリャンちゃんのコンビは結果的にしっかりと時間を稼いだ。

 久坂さんが報告書を捏造する。

 たったそれだけで特に失うものもなくなる、実に効率的な攻撃であった。


「……お待たせしました。仕上がりましたよ。自分が」

「本当にお待たせしました。可愛い後輩がいなかったら理性失くしてたと思います。ありがとう、リャン」


「仁香先輩!! ……水戸さんが赤くなっておられますけど!!」

「あ。うん。太ももでこうなるんだって。もう放っとこ? 楠木さん回収して、一旦久坂さんのところまで私たちは退くよ!!」


「了! 『揺れてしなって不思議に伸びる棒プヨンプヨントンファー』!!」

「あ゛あ゛あ゛い!! やっと目が見えたら、推しの子いなくなって赤く光ってるヤツが!! 私は赤が嫌いなんだ!! そこをどけ!!」



「ふっ。勝てんぜ。お前は」


 水戸くん。赤く仕上がって戦場へ。



 久坂さんが「おお。こりゃいけん」と強力な防壁を展開する準備に入りました。

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