第8話 逆神六駆プレゼンツ 正しいスキルの覚え方

「とりあえず、撃ってみようか!」

「えっ!? いきなり!? って言うか何を!? 逆神くん、説明が足りないと思う!!」


 六駆は「あ、僕って人に何か教えるの、向いてないな」と、今更ながら異世界で長年過ごした事によって失ったコミュ力の行方を憂いた。

 けれども、どれだけ呼んでも帰って来るものでもなし。

 彼は諦めて、一生懸命若い頃を思い出しながら解説を始める。


「アームガードの仕組みなら、小坂さんでも分かるでしょ? 源石げんせきにスキルのネタが詰まってて、それを自分の中の煌気オーラで引っ張り出す。リングもシステムは一緒だよ。ちなみに、その中には『太刀風たちかぜ』が入ってる」


「ま、待って! 今度は話の腰を折ってごめんね? 『太刀風たちかぜ』って、さっきのすごいヤツでしょ? ビュンってなって! バサバサーってなったヤツ!!」


「うん。そうだね。『ライトカッター』ってスキルもこんな感じでしょ?」

「全然違うよぉ!!! さっきの見てた感じだと、『ウインドキラー』にそっくりだったもん!!」


「じゃあ、良いじゃないの。その『ウインドキラー』とやらのていで行こう!」

「良くないよぉ! そのスキル、Bランクくらいの探索者が使うヤツだからね!? 新米のペーペーなわたしが使ってたら変でしょ!?」


「なるほど……。まさか、ノリで小坂さんを合格させたときのアレが、伏線になってくるとは……!」

「あ、確かに! 試験でも『ウインドキラー』使ってたら、不自然さはないかも!! ……って、そうじゃないでしょ!? もぉー!!」


 六駆は、「若い子は明るくて話していると楽しいなぁ」とか思っていた。

 相手が腹を立てている時は、その嵐が去るのをじっと待つに限る。

 おっさんがよく使う処世術のひとつである。


「名前もチーム莉子にしておいて良かったなぁ。これで、うちのエースは小坂さんってことになる! 素晴らしい隠れみの! よっ、この期待のルーキー!!」

「ね? 逆神くんさ、精神年齢は上でも、同い年なんだよ? わたし、いい加減にしないと怒るよ? 君の正体バラしたって良いんだからね?」



「それやったら、小坂さんの無能もバレるじゃない! あははは! バカだなぁ!」

「ぐぬぬっ! 本当に嫌いな親戚のおじさんと話してるみたいな気になってきたよ!!」



 知らぬ間に、莉子の緊張もほぐれてきたようである。

 半分は六駆が計画的にそう仕向けたのだが、後半は普通にノリで喋っていた。

 もちろん、その事実は口に出さない。


「ああ、僕の事は六駆でいいよ。リーダーに名字で呼ばれてるの不自然だし」

「ええー。おじさんの事を呼び捨てするのは、ちょっと」

「……僕にも感情があるんだよ? 泣くよ? いい年して号泣するよ?」


「分かったよぉ! じゃあ、六駆くんで! わたしの事も莉子でいいから! ……誰かさんがパーティーの名前に付けたせいで、それこそ名前で呼ばないの不自然だし!!」


「そんじゃ、改めて撃ってみようか。莉子」

「はーい。やってみるよ、六駆くん」


 そう言うと、良い感じに肩の力を抜くことができた莉子が、近場にあった岩に向かって手の平を向ける。


「アームガードを使う時の要領で、リングに煌気オーラを込める感じで! 僕は気合が入るからスキルの名前を口に出しているけど、莉子は気にしないでいいよ!」


「分かった! ……ふぅ。……たぁぁぁっ!!」


 莉子のリングが光を放つ。

 彼女の手からは、達人の一太刀が由来とされる逆神家オリジナルのスキル『太刀風たちかぜ』が、六駆のそれと比べると弱弱しいながらもハッキリと発現し、岩を真っ二つに切り裂いた。


「やっ……! やったぁぁぁっ!! 見た!? 六駆くん、六駆くん!! わたし、スキル使えたよぉ!! 初めて自分の力で出来た!! ありがとー、師匠ー!!」

「お見事、お見事! 初めてにしては上出来だよ! お世辞じゃなくて!」


 実際、莉子の撃った『太刀風たちかぜ』は、威力の弱さを除けばそのスキルの基本性能をしっかりと発揮していた。

 これは六駆も少しばかり驚くほどの成果であり、莉子の大器を予感させるには充分だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ピンチの後にはチャンスがある。

 ならば、チャンスをものにした後には何が来るのか。

 このダンジョンにおいてそれは、順序よく整列しているらしかった。


「莉子さんや。ところで、そこのデカいトカゲみたいなのはなんだろうか?」

「んー? どれー? ってぇ、ギランリザードじゃん!! さっきのメタルゲルと同じで、一般的なダンジョンの第1層で出くるモンスターじゃないよぉ!!」


 再三語っているので、諸君も覚えてくれた頃合いだろうか。

 逆神六駆は学習する男。

 彼は、まず莉子に問う。


「尻尾が貴重だったり、牙がレアだったりする!? 1キロいくら!?」

「お金大好きだなぁ、六駆くん! 心配しなくても、ギランリザードの体は毒で覆われてるから、イドクロアは採れないよ! ただの怖い大トカゲだよぉ!!」


 目に見えてしょんぼりした六駆は「じゃあ莉子さん、やっつけておくれ」と力なく言った。


「ええーっ!? ……ダメだ、ダメ! そうだよ、せっかくスキル使えるようになったんだもん! 前に進まなくちゃ! ……やぁぁぁぁっ!!」


 ビュンッと空気を裂く音を残して莉子の『太刀風』はギランリザードの右の前足を吹き飛ばした。

 『ライトカッター』では傷をつけることも叶わない相手なので、これは敢闘賞かんとうしょうものの成果だった。


 その褒賞品として——。


「グルァアァァァァァァァッ!!!」


 莉子はギランリザードの怒りを買った。


「ひぃぃっ!? こ、怖い!! でも、でも! 負けるもんかぁぁっ!! やぁぁぁっ!!」

「ああ、ダメだよ莉子。集中力が乱れてる。そんなのじゃ当たらないって」


 六駆の指摘通り、半ばパニック状態の莉子が放つ『太刀風たちかぜ』は天井や壁に向かって飛んでいき、衝突する音だけが残って肝心のギランリザードは無傷だった。


「ひゃあぁぁっ! 六駆くん、助けてぇー!!」

「よし、分かった! ホント、結構才能あると思うよ、莉子は。……これが本場の『太刀風たちかぜ』だ! 喰らってろ、トカゲ野郎!!」


 ゴォンと地響きのような音を残して放たれた一陣の風は、ギランリザードに断末魔の悲鳴をあげることさえ許さず、目標を完全に両断した。


「才能あるって言われたあとに、これ見せられたら……。なんだか嘘みたいに聞こえるなぁ」

「そりゃあ、スキル覚えたての子にはまだまだ負けないよ。29年だよ? 僕のキャリア」


「ぶぅー。……だ、誰っ!?」


 背後に気配を感じて、莉子は振り返った。

 六駆は気付いていたが、敢えて指摘しなかった。


「爆音が聞こえてきたから何事かと思ったら! すごっ! これ、あなたたちが倒したの!?」


 探索員とおぼしき女子が驚いている。

 すかさず六駆は言った。


「うちのリーダーがやったんです! すごいでしょう! はっはっは!」

「ちょっとぉぉぉぉぉ!! 六駆くん、何言ってくれてるのかなぁ!?」


 六駆はダンジョンでの立ち回り方を確立しつつあった。

 莉子は稀有けうな素質を秘めた、優秀な防波堤。


 本当によく学習する男である。

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