第1107話 【莉子ちゃん敵国独り旅・その2】「あ! 芽衣ちゃんが来るんだ! 良かったぁー!! わたしのとこに来るんだよね!?」 ~お答えします。来ません。~

 莉子ちゃんがバルリテロリの居住区の1つシャ地区からついに旅立った。

 まだいたのかよとか言ってはいけない。


「ふぃぃ……。あの、お世話になりました。ところで、えと。車とかって借りられませんか? あの。わたし免許を持ってないので、ついでに運転手をしてくださる方とかいたら良いなって思ったり……」


 腹いっぱいになったせいで普段から運動嫌いな莉子ちゃんが「このコンディションで動くのは自殺行為だよぉ」と足の重さとか腰の重さとかに気付いたため、「誰か助けてくれませんか!? ちらっ!!」と上目遣いでお願いをキメていたのである。

 ちょっと失礼。



 今、体重の話はしていません。



 これで安全が安心になった。

 必要のない付言でもしておくのが転ばぬ先の杖。


「……莉子様。御武運を」

「黒豆は持って行っておくれ!!」


 男たちは営業スマイルを顔に貼り付けてNPCみたいに同じセリフを吐き続けている。

 彼らは莉子ちゃんをこれから「皇宮に乗り込んでクーデターキメるロリっ子」としか認識できないので、それはそれで頑張ってとエールは送るけれども、皇帝に弓引く行為に加担したいかとなれば、そいつは話が全然違う。


 クーデターはキメる側もキメられる側も極めて大きなリスクが伴い、どっちについてもリスクが継続するという諸刃の剣というか柄も刃の剣というか、いっそ刃そのものである。

 放っておいても起きる革命ならば、お正月料理の残りを摘まみながら放っておくのが1番。


 バルリテロリの民は情報を同期するので、賢い人が同期してくれると全体的な知性が一時的に爆上がりする種族。

 安全マージンをしっかり確保する種族。


「莉子様! 黒豆!!」

「あ。それは大丈夫です。じゃあ、わたし行きますね」


 こうして莉子ちゃんが旅立った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 バルリテロリも現世と同じく道路整備は終わっており、現在は戦時下につき臣民の大半が避難しているため、日曜日の早朝の道路くらい気持ちの良い空きっぷりを見せている。

 つまり、車も人もいない道路をただ辿って行けば皇宮に到着する一本道クエスト。


「はぁはぁ……。ふぅ……。もう10キロくらい移動したかな? おじさんが教えてくれた大きな道路ってどこだろ?」


 諸君は学生時代の体力テストを覚えているだろうか。

 1500メートル走の記憶はあるだろうか。

 女子探索員の諸君はシャトルランで結構。


 「……半分まで来たやろ!!」と思ったタイミングがだいたい進捗2割程度。


 これは工場などの単純作業バイトにも置き換える事ができる。

 「3時間は経ったやろ!!」と思ったタイミングがだいたい30分。

 下手すると15分。


 人は困難に立ち向かえる者と、困難と仲良くできない者と、困難からなるべく距離を取りたがる者に分けられる。

 3番目に区分けされる者はモチベーションの低さに比例して困難の達成に対する体感が加速しがち。


 では、莉子ちゃんを見てみよう。


「……おじさんの言ってた道路ってもうこれなんじゃないかな? 田舎の人って農道を道路とか言いがちだし! わたしのおばあちゃんも言ってたし!! もぉぉぉ! ちゃんと教えて欲しいよー!!」


 だいたい2キロほど小走りで駆けたところである。

 スキル使いの小走りを舐めてはいけない。

 莉子ちゃんは『瞬動しゅんどう』と『閃動せんどう』の2種類も超スピード移動スキルを習得しているのだ。


「……『瞬動しゅんどう』ってこんなに煌気オーラ使うんだったっけ?」


 莉子ちゃんの煌気オーラはカロリーとズッ友になったが、スキルはメンタル勝負が鉄則のこの世界ではいくら煌気オーラ総量お化けでも心がついて来ないとスキルの発現は不安定になる。


「ふぇぇ。わたし、こんなに独り言を口にするタイプだったんだ……。1人で任務に出るのって本当に初めてだもん。……寂しい。あと、道路が全然見当たらない」


 かつては社会性を失った六駆くんがぼっちキメてたハイスクール六駆んロールで「はい! こっちだよ! ちょっと、くっ付かないでよ! 誤解されるから!!」と今の旦那の手を引いていた莉子ちゃん。

 真なるぼっちの洗礼を今更浴びてしまう。


 そんな彼女に呼び掛ける声が上空から響いたのは移動距離が3キロになって、良い感じの石を見つけてそこに腰かけたところであった。

 目的地まではあと77キロある。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 クイント宮でも少しばかり問題が発生しており、六駆くんをはじめおじさんチームはそちらの対応にかかりっきり。

 よって、莉子ちゃんのサポートには猫たちが駆り出されていた。


「ぽこ」

「にゃー」


「これから瑠香にゃんリモートでプリンセスマスターに呼びかけます」

「うにゃー」


「良いですか。ぽこ。不用意な発言は絶対にしないでください。瑠香にゃん、振ってません。ぽこ。瑠香にゃんに端的モードを使わせないでください。瑠香にゃんはぽこを信じたいです」

「にゃはー! ジャック・バウアーみたいなこと言い出したぞなー!! 瑠香にゃん、瑠香にゃん! それ言った時のバウアー捜査官は、こんな感じになるぞな? 10秒数えるにゃ! 銃を床に置くぞな! 良いか、あたしはお前を傷つけたくにゃ……くそぉ!! バンバンバン!! こうだぞなー! にゃっはー!!」



「瑠香にゃんリモートの営業時間は終了しました」

「ごめんだにゃー。早くやってあげないと、莉子ちゃんが寂しくてお漏らしするぞなー」


 幼児が迷子になって粗相をするみたいな表現はお控えいただきたい。

 せめて「煌気オーラの」と付けないと、莉子ちゃんがどんどんニッチに進化してしまう。



 瑠香にゃんが「嫌な予感を検知。瑠香にゃん、知っています。瑠香にゃんリモート、展開」と何かを諦めてからバルリテロリの空に広域の一方通行莉子ちゃん応援システムを発動した。


『莉子ちゃん、莉子ちゃーん! 聞こえてるかにゃー!!』

「意外と普通の切り出し方に瑠香にゃんは戸惑いを隠しきれません。推測。これは予兆と思われます。瑠香にゃんはおっぱいへの衝撃に備えます。瑠香にゃんの心はおっぱいにあります」


 24時間テレビのマラソンしてる芸能人にスタジオから「がんばえー」と声をかける他人事なタレントのワイプ映像。

 こちらを想定してから彼女たちの会話をお聞きください。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぇ!? クララ先輩だ!! お、お迎えが来るんですか!? クララ先輩!!」


 無難な会話のスタートがもう莉子ちゃんにあらぬ期待を抱かせる。

 小ぶりなあるよ!胸は高鳴るのもデカい乳よりずっと早い。


『ごめんだにゃー。これ、一方通行だから莉子ちゃんが何言っとるのか分からんのだぞなー』

「そうなんだ……。でもでも! 嬉しいです! やっぱりクララ先輩って優しい!!」


 猫たちは莉子ちゃんが何を言っているのかは分からないが、映像は確認できる。

 「ぽこ。プリンセスマスターがほとんど移動していないのですが」と指摘するロボ猫に応じて、パイセンが呼びかけを続けた。



『莉子ちゃん、莉子ちゃん。全然進んどらんぞな? 何しとるんだにゃー? 六駆くんは忙しいからって、莉子の事は放っといて平気ですよ!! とか言ってたぞなー?』

「憤慨モードを起動。……このポコ野郎!! プリンセスマスターのシンデレラバストをざわつかせるんじゃない、このポコ野郎!!」


 「宸襟を騒がせ奉る」を莉子ちゃんに落とし込むと「シンデレラバストをざわつかせる」になる事が判明した。



「えっ? 六駆くん、忙しいのかな? 何かあったのかな? 心配……」


 意外と冷静な反応の莉子ちゃん。

 お腹が満たされると人間は寛容な心を手に入れがちである。


『そだそだ、莉子ちゃん。芽衣ちゃんがこっちに来るらしいぞなー』

「激昂モード起動。このポコ野郎! どうしてプリンセスマスター以外も聞き取れる瑠香にゃんリモートでこっちの機密情報を漏らすんだ、ポコ野郎!! 瑠香にゃんのおっぱいはストレスでもう爆発しそうです」


「ふぇ!? 芽衣ちゃん来るんですか!? じゃあ、芽衣ちゃんがわたしのところに合流して、一緒に皇宮に向かう展開なんだ! 良かったぁ! 芽衣ちゃんがわたしを抱えて移動してくれるヤツですね! もぉー! ホッとしましたよぉ! えへへへへへ!!」


 土門佳純Aランク致したい探索員が発明してしまったドッキングフォーム『佳純ランデブー』のせいで、とりあえず動ける子に乗っかろうとする風潮が強まっている。

 そして元から皇帝の御前にしか転移できないという縛りはあったが、今の発言で間違いなく芽衣ちゃま隊は莉子ちゃんをスルーする事が決定した。


 この世界は終わりへ向かって加速中。

 初期ロットの芽衣ちゃんだったらまだ可能性はあったものの、最新バージョン芽衣ちゃま殿下に莉子ちゃんがドッキングしたら、みみみ過激派がクーデターを起こして現世サイドが荒れる。


『ん? ほほう。にゃるほどにゃー。莉子ちゃん、莉子ちゃん。芽衣ちゃんは直接皇宮に転移するらしいぞなー』

「絶望モード起動。みみみマスターの重大情報が今、漏洩しました。瑠香にゃん、もう知らない。リモートは一旦叩き切ります」


 猫たちがいなくなって、再び道路にポツンと取り残された莉子ちゃん。


「…………。『閃動せんどう』使ってみようかな。頑張って早く移動しないと、わたし独り言が癖になっちゃいそうだよ」


 数秒ののち、ゴウッと大地が轟き煌気オーラが迸った。

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