第1106話 【芽衣ちゃま出征の時・その4】オーディションの結果が出ました ~芽衣ちゃま、いよいよバルリテロリへ!!~

 ミンスティラリア魔王城が静かになった。


 これから芽衣ちゃま出征が行われるというのに、実力者が全員お行儀よく倒れ伏せているという不思議な光景。

 シミリート技師の研究が捗りそうである。



「くくっ。……あなた方は一体、何がしたいのかね? 少しばかり恐怖を感じるのだが。英雄殿が理知的に思えて来るのだよ。あまり深淵を覗きたくない」


 シミリート技師もちょっと引いていた。



 この場で元気な者から芽衣ちゃま出征随員オーディションの合格者を出さねばならないが、まだ終わっていないとばかりに猛者たちが大地を踏みしめ、歯を食いしばる。

 厳密には謁見の間のフカフカ絨毯を踏みしめている。


 かつてノアちゃんが自作の『ホール』でミンスティラリアに押し掛け突入して来た際に、あまりの押しの強さに屈した莉子ちゃんとクララパイセンが横になった由緒あるフカフカ絨毯である。


「……ふん。脆弱な者どもと俺を同じ高さに並べるな。俺はラッキー・サービス。世界を平等に導く男」

「まだそのような世迷言を口にするか、サービス。そなたのような危険思想の持ち主は芽衣の傍には置けぬ。芽衣は……妾と共に子を育てるのだ!!」


 バッツくんが「ボンバると尺を取りますので」と、既に個性も捨て去った後にまだしっかりと残っている忠誠心からボソッと具申する。


「アリナ様。16歳の芽衣様と年齢不詳のアリナ様が、子育てを一緒にしようね! と誘われるのもかなり危険ボンバっておられるかと思います。照り焼きはいかがですか?」


 「照り焼きは人の業を雪ぐ効果がある」とバッツくんが後年、ミンスティラリアにてシミリート技師との共同研究の成果を発表することになるのだが、その話はまあ良いか。


 サービスさんとアリナさんが半死半生になりながらも立ち上がった。

 さすがはかつてのボス格の両翼。


 半死半生にしたのはアナスタシア母ちゃんだと言う事実も忘れてはならない。



 勝手に戦力が激減したのである。

 このわずか数分で。


 芽衣ちゃまカップルシートを争って。



「う、うぉぉぉ……うぉぉぉぉぉん……」


 そうなると木原久光監察官も黙ってはいない。

 彼もダメージを受けているが、心因性のもの。

 芽衣ちゃまに「み゛っ。うぜーです」と唾棄されたので、心臓が7回止まって8回再生した、それだけである。


 こんなに元気のない賢いゴリラは初めてだが、まさにこのゴリラは賢い。

 きたねぇカップルシートの隣で寝ている雷門クソさんを叩き起こすと木原さんは言った。


「雷門クソぉ!! 合体するんだよぉぉぉぉ!!」

「……はい? ……え?」


 予想だにしていない衝撃で横から撥ねられると人は号泣すらできない。

 ただ、戸惑うのみ。


「オレ様の身体とよぉぉぉぉ! お前の精神でよぉぉぉぉ!! 芽衣ちゃまと一緒に戦っただろうがよぉぉぉぉ! つまりよぉぉぉ!! 合体したらオレ様は芽衣ちゃまと一緒に戦いに行けるって事になるじゃねぇかよぉぉぉぉぉ!!」


 誇り高きサイヤ人の王子ベジータさんが悟空さに「合体しようぜ!!」と持ち掛けられて快諾した事はない。

 が、劇場版では割とフュージョンしているし、ドラゴンボールGTの最終盤では「カカロット。フュージョンするぞ」と自分からお誘いした事もある事実。


 木原さんは戦い大好き戦闘狂として監察官で1番やべぇヤツの地位をここまでキープしており、未だ『ダイナマイト』の出力は莉子ちゃんの『苺光閃いちごこうせん』に匹敵するという、別に修業もしていないし、パワーアップイベントも経ていないのに最強格に残っている男と言う名のゴリラである前に1人のおじ様。

 だが、大好きな戦いよりも、キリンさんよりもゾウさんよりももっと好きなのが芽衣ちゃま。


 愛する姪のためならば、もはやこの魂すらもいらぬと吠える。



「嫌やぁぁぁぁ! そんなん、そんなん聞いてへん!! 私ぃぃ! 合体させられてぇ! もう、すっごい、うぐっひ、すっごい時間霊圧消えてぇ! 戻って来たと思ったらまたなんか合体させられてぇ! いっぐふぅぅ……はっ! ひっっひぃぃぃふぅぅな!! 私ぃ、今ぁ、まだ私なのなかって不安になる事があってぇぇ! 毎時毎秒不安でぇぇ! 私のオリジナル要素、どれだけ残ってるんかな思うと、ただ、ただいぎだい゛!! そう思うだけいっひぃぃぃひぃぃぃふぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁナ゛!!」


 雷門クソさんは存在の証明と戦っていた。



 構築スキルのスペシャリストという肩書がオリジナルだったはずなのに、気付けば号泣しており、また気付いた時には弟子だった加賀美さんが監察官になっており、何なら雷門さんは日本本部で殉職扱いされており、監察官室には(旧)とか(元)とか付けられており、入口には献花台が設置されている。

 どこに戻ればやり直せるのか。


 どこで間違ったのか。


 どこで。どこから。最初から。ならば、最期はどこに。


 ちょっと気の毒な感じに仕上がっていた。


「行くぞぉぉぉぉ! 雷門クソぉぉぉぉぉぉ!!」

「私の名前ぇぇぇ! 善吉ぃぃぃぃ!! クソやないんやってぇぇぇ! 一体どれだけの人が覚えてくれとるんかなってぇぇぇ! もっと言うと、木原さんと合体した時の名前を何人が覚えてくれとるんかなって考えるとぉぉぉ、ふっふぅぅぅんはぁぁぁひぃっひふぅぅぅぅ……!! 涙出てけぇへんなってぇぇぇ!!」


 いつの間にか雷原さんと誰も呼ばなくなったのは何故か。

 ご存じの方は魔王城照り焼き相談センターまでご連絡ください。

 照り焼きが振る舞われます。


 雷門クソさんの身体が鈍く輝いた。

 哀しいかな、この男、合体耐性を獲得してしまっており、耐性があるという事は逆説的に合体ができると言う事。


 耐性はあくまでも「その行為に対する抵抗力」であり「その行為を拒絶できる」かといえば話が変わって別問題。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」

「いっいっひぃぃぃひぃぃぃふぅぅぅぅぅ!!」


 鳴き声で尺を取るおっさんが1つに纏まるのは大変結構と判断したのか、その場にいる誰も止めようとしなかった。

 そもそも芽衣ちゃまとシミリート技師以外は彼らの合体について知らないので「なんでこいつら急に密着して大声上げながら体を擦り合わせているんだろう」と、身の毛もよだつ光景を突然上映されてメンタルが削られていた。


 光の中からゴリっとした肉体の男が現れる。


「……ふん。悪くない。お前の名は?」


 そういえばサービスさんも雷原合体監察官を目撃していた。

 君の名は。みたいな感じで自然な誘導をしてくれるあたり、さすがはピースを創設した練乳チュッチュおじさん。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉん!! オレ様はぁぁぁ!! ゴリ門クソだぁぁぁぁぁ!!」



 雷門さんの要素がついに「門」だけに。

 合体耐性のせいでアイデンティティがなくなっていく、悲しき男。



「芽衣ちゃまぁぁぁぁ! オレ様がバルリテロリに行くぜぇぇぇぇぇ!!」

「み゛。来なくて良いです!!」


「うぉぉぉぉごはぁっ……!! あ゛あ゛あ゛、ひ、ひぃぃぃふぅぅぅ! ナ゛!」


 崩れ落ちてフカフカ絨毯の上で小刻みに痙攣するゴリ門クソさん。

 芽衣ちゃまが指摘した。


「み゛ー。もうそれ、ただのおじ様の色違いです。言動も発言内容も声も見た目もほぼおじ様です。いらないです! み゛っ!!」

「雷門……? お前、消えたのか……? うっぐぶぅぅん?」


 合体して雷門さんの自我がどっかに行って、オーディションにも落選したゴリ門クソさん。

 ミンスティラリアで待機が決定。


 芽衣ちゃまがいなくなると日本本部の人間もいなくなるので、これはある意味逆にピンポン。


「芽衣! 妾が供に!!」

「みー!! アリナさんはダメです!!」


「……ふふ。バニング。よもや妾が先に死ぬとはな。許せ。……冥府でまた会えれば良いが」

「みみみぃ! アリナさんはこれからがある大事な身体です! 芽衣なんかに付き合ったら、めっ! です!! みみみみみっ!! サービスさん! みっ! ラッキーさん!! ついて来てです!! みみぃ!!」


 ニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ。


 アリナさんも体を労わられては何も言えない。

 芽衣ちゃまの優しさに背く事、叶わず。

 無念の落選。


 こうして芽衣ちゃまオーディションが終わる。

 お召し列車を務めるのはシャモジ母さんと東野カサゴ。

 彼らはバルリテロリに突入すると同時に煌気オーラ枯渇状態になるため、お役御免。


 芽衣ちゃまの右腕はラッキー・サービス氏がゲット。

 直近の敵対組織の首領というアピールポイントと、時間停止というニッチな属性が評価されたか。


 だが、席はもう1つ空きがある。


「みみっ! アナスタシアさん!!」

「あらあらー」


「みっ!」


 芽衣ちゃまが敬礼する。


「みみみっ。芽衣、勝手に後方から出撃するです! アナスタシアさんには証人になって欲しいです! 一般人枠で六駆師匠のお母さんです! この上ない証人さんです!! みっ!!」

「ああ! 芽衣殿下の崇高な志をご覧なさい! 皆さん! これがメシアです!!」


 バルリテロリ捕虜チームは膝をついて敬服中。


「みっ! 芽衣、行って来るです!! 帰ったら南雲さんが怒られると思うので、一緒にごめんなさいして退役するです!! みぃー!!」


 芽衣ちゃま、いよいよ敵国へ。


「…………芽衣殿?」

「みみ?」


「尻尾を放して頂かねば、吾輩も転移に巻き込まれまするが? ぐーっはは。おっちょこちょいなところがまた可愛らしゅうございますな!! …………?」

「みっ! 芽衣、やってやるです!! みんな、見てて欲しいです!! みみっ!!」


 芽衣ちゃまがもう1度、可愛く敬礼した。

 つまりは単純にそういう事である。


 頑張ってみてよ。やれるだけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る