第274話 塚地小鳩とビターな就活

【ご注意ください】

 皆様、ごきげんよう。作者の五木でございます。

 今回のエピソードには就活のほろ苦い成分が含まれております。

 現在就活戦線真っ只中な皆様におかれましては、そして忌々しい就活の思い出をお持ちの皆様におかれましては、ご気分を害される可能性がございます。


 じゃあなんで書いたのかと言われると、「テレビで就活の特集やってて、軽い気持ちでやった。今は反省している」としか申し上げられません。

 「私もざまぁとか書いてみたいやん?」などとお花畑な思考をしていた事も否定できません。


 今回のエピソードは1話完結で、読み飛ばされてもまったく問題のない構成になっております。


 ブラウザバックされる皆様には、明日からは平常運行だから見捨てないでおくんなましと願いつつ、私の好きなおにぎりの具を記して前書きの結びと致します。


 梅おかか。昆布。辛子明太子。


 この布陣は隙の無い無敵のフォーメーションだと愚考しております。

 それでは本編をどうぞ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 塚地小鳩は悩んでいた。

 迷っていたと言った方がより正確である。


「さあ、いきますわよ! 頑張るのですわ、小鳩!!」


 リクルートスーツに身を包んだ小鳩は、探索員装備の白い鎧とはまた違った魅力的な女性に見える。

 やって来たのはホンワカ出版。


 そう、塚地小鳩は就職活動をしていた。


 彼女は大学四年生。

 つまり、あと数か月で卒業する訳であり、同級生は皆いくつかの内定を得て、自分の進むべき道の最終確認をしている時分。


 だが、小鳩は迷っていた。

 このまま探索員を続けるか、一般企業に就職するか。


 彼女が探索員になったきっかけは、中学生の時の職場体験学習で探索員協会へ行った時に久坂剣友と出会った事による。


 トイレを探しているうちに迷子になった幼き日の小鳩。

 涙を浮かべて呆然と立ち尽くしていた彼女を見つけたのは、とある老人だった。


 老人は「ほうか、迷子かぁ。そりゃあ心細いのぉ」と言って、笑った。

 さらに「お嬢ちゃんが迷子になった偶然をええ思い出にしちゃろう!」と言って、煌気オーラ弾を4つほど作り出し、それでお手玉をやって見せた。


 幼かった小鳩はその様子に感激して、煌気オーラ弾に思わず手を伸ばす。

 「おお! 危ないで!」と言った久坂。

 だが、小鳩は煌気オーラ弾に手で触れる事ができ、さらに無傷だった。


 久坂は感心して「お嬢ちゃん、才能あるのぉ! 大きゅうなったら探索員になるのもええぞ?」とニカッと笑った。

 その時の思い出が小鳩にとっては強烈で、人から「才能がある」と褒められたのが初めてだった事も手伝い、16歳になってすぐに探索員試験を受けた。


 そこから先は諸君もご存じの通りである。


 久坂剣友と再会した小鳩は「よろしければ、わたくしを弟子にしてくださっても構いませんことよ!?」と胸を張る。

 久坂は「ええぞ。じゃあ、今日からうちの部屋に来たらええ」と呆気なく弟子を取った。


 そんな小鳩だったが、大学生になると少しだけ視野が広がる。

 これまでは探索員に夢中だったのだが、世の中には数えきれないほどの仕事があると知る。


 彼女は思った。

 「このまま探索員でいて、わたくしは良いのですの?」と。


 先の対抗戦では、自分よりも若く幼いチームメイトが凄まじい活躍をしていた。

 もしかすると、自分には才能がなかったのかもしれない。

 そう思うのも致し方ない経験をして、彼女は同級生に遅れながらも本日、初めての就活を行う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「えー。はい。塚地さんね。志望動機を読ませてもらったけど、探索員? あの、税金食ってる組織ね。そこに所属してるんでしょ? なんでうちに来たの?」

「え、あっ。わ、わたくしは貴社の業務内容に魅力を感じまして!」


「あー。いいの、そういうの。今ね、もう12月も終わろうとしてんのよ? なんでまだ就職先が決まってないの? 腰掛けで探索員やってるからじゃないの?」


 ホンワカ出版は名前にそぐわぬブラック企業だった。

 ならば言ってやると良い。



 なんでお前の会社はこの時期にまだ新卒枠が埋まっていないのかと。



「いえ、わたくしは1度探索員以外のお仕事の適正を試してみたいと……!」

「はいはい。そう言って、今度はうちを腰掛けにするの? 悪いけどさ、うちは君の可能性試す場所じゃないの。出版社。本を作るところなのよ。じゃあね、はい。特技はなんですか?」


「槍術ならば誰にも負けませんわ!」

「うん。履歴書にも書いてあるね。槍使ってさ、うちの会社に何の得があるの? 出版社だよ? 槍使うシチュエーションってある? はい、お気を付けてお帰り下さいっと」


 こうして、塚地小鳩にとって初めての就活は終わった。

 彼女はスマホを見ると、久坂からラインのメッセージが届いていた。


『落ちたって気にする事ぁない。お主のええところが分からん会社なんぞ、こっちから願い下げじゃぞ』


 まるで落ちる事を予測していたような師匠の気遣いに、思わず彼女は「うふふっ」と笑った。

 そして短く返事を送る。


 『明日、監察官室に参りますわ。久しぶりに稽古をつけてくださいませ』と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 2日後。

 久坂剣友は五楼上級監察官室を訪ねていた。


「五楼の嬢ちゃんに折り入って頼みがあるんじゃけどのぉ。ほい、これタイ焼き。みんなで食べぇ」

「久坂殿から頼み事とは珍しいですね。どうされましたか?」


「あののぉ、うちの小鳩が出版社の面接で、なんちゅうか酷い目にうて来たらしいんよ。なんぞ、探索員の事まで小馬鹿にしおったらしゅうて、こりゃあ嬢ちゃんに報告せにゃあと思うた次第じゃ」


「なるほど。ですが、私も探索員協会を束ねる者ですから。そんな一企業の問題に応対している余裕はありませんよ」

「ほうじゃのぉ。すまんかったわい。タイ焼き、熱いうちに食べてくれぇ。ひょっひょっひょっ」


 退室して行った久坂を確認して、五楼はタイ焼きを1つ齧った。

 とても甘かったらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 さらに翌日。

 場所はホンワカ出版。


 スーツを着たいかにもキャリアウーマン然とした女性が受付で名乗る。


「私は探索員協会本部、五楼京華上級監察官です。御社の人事担当者にお話があって参った」

「は、はい! 少々お待ちください!」


 すぐに応接室へと通された五楼。

 間もなく先日小鳩を相手に横柄な態度を取った面接官がやって来た。


「こ、これはどうも! 探索員協会のトップの方がお見えになられるとは! 恐縮でございます! こちら、弊社の雑誌でも取り上げたスイーツでございます! どうぞ、どうぞ!」

「お心遣い感謝する。単刀直入に申し上げるが、協会所属の探索員が御社で心を傷つけられる事案があったと伺って今日は来た」


「とんでもない! 確かにそのような方の面接をお受けしましたが、あれは失礼ながら彼女に問題があったと思います」

「なるほど。話は変わるが、御社は来客者に対して影口を叩くようだな」


「は? おっしゃっている意味が……」


 五楼は無言でサーベイランスを起動させた。

 ちなみに、南雲が監察官室で操っている。


 数分前。廊下における彼らの様子が投影スタート。


『なんだって探索員協会のお偉いさんが来るんだ』

『部長のこの間の面接がヤバかったんすよ』


『いいだろう。別に。探索員なんて誰でもなれるんだ。それを賢し気に経歴とか言って来るから、ちょっと社会を教えてやっただけだ』

『あーあ。女上司に怒られますよ』


『はっ! 所詮は女だろう? 適当にすみませんと言って、甘いもんでも食わせとけ』

『くぅーっ。これ聞かれたら絶対に殺されますよ、部長!』


 五楼は「ご苦労」とサーベイランスの向こうにいる南雲に告げる。

 目の前には、口の端に泡を付けて狼狽える頭髪の寂しい中年部長。


「我々の組織は、誰にでもできるような仕事に命をかけている。どうやら、御社にはそれが伝わらないようで残念だ」

「い、いえ! あれは違うんです! さっきのは冗談……!」


「御社から出版されている探索員関連の書籍が6冊ありますね? その全てを今期で打ち切らせて頂く」

「そんな、横暴な! たかが従業員の1人のためにそこまでするか!?」



「我々は末端の探索員に至るまで、全て家族だと思って日々を過ごしている。家族を愚弄する者に怒り、報復することの何が問題か! 横暴? 結構ではないか!」

「ひぃぃっ!? ま、えっ、待ってください!!」



 五楼は取り合わずに「失礼する」と言って席を立った。

 だが、最後に言い残した事を思い出して、振り返る。


「御社の雑誌も大したことがないな。そのスイーツよりもずっと美味いタイ焼きを私は知っている。では、失礼」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 協会本部に戻った五楼は、久坂監察官室を訪ねた。

 特に何を言うでもなく。


「塚地。タイ焼きを買って来た。久坂殿と一緒に食べよう。55番も来い」


 今日も探索員協会は平和である。

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