第273話 木原芽衣と地獄の帰省

 私立ルルシス学院は明日から冬休みに入る。

 当然、木原芽衣も仕事と学業から解放される。


「木原さん、ごきげんよう! よいお年をお迎えください!」

「ごきげんようです。みみっ」


「探索員のお仕事は年末もあるのですか? ご無理なさらないでくださいね」

「ありがとうです。年末はゆっくりできそうです。みみっ」


 芽衣はクラスメイトと挨拶を交わし、帰路についた。

 遠藤家の玄関を開けると、優しい老夫婦が出迎えてくれる。

 いつも通りの日常がそこにはあった。


「おかえり、芽衣ちゃん」

「ただいまです、おじ様」


「寒かったでしょう? コタツ、暖めてあるわよ! みかんもあるからねぇ」

「ありがとうです、おば様。やっぱり家が1番落ち着くです。みみっ」


 芽衣がコタツに入ってみかんをモグモグやっていると、遠藤のおじさんが「そういえばなぁ」と思い出したように言った。



「明後日、木原さんが迎えに来ると電話があったよ」

「み゛っ!?」



 芽衣にとって、下宿先の遠藤家で迎える初めての冬休み。

 彼女の中では近所の公民館で正月の輪飾りを作ったり、大晦日は紅白歌合戦を3人で見たり、三が日には小さな神社へ初詣に行ったりと予定が組み立てられていた。


 それがたった今、崩れ去った。


「芽衣は帰りたくないです。遠藤のおじ様とおば様と一緒が良いです」

「あらまぁ。嬉しいけどねぇ。お父さんやお母さんだって芽衣ちゃんに会いたいと思うわよ?」


 芽衣は知っていた。

 両親は毎年正月になるとハワイへ旅行に出かける事を。


 今年はその旅行に自分がメンバーとして含まれていない事も。


 一昨日、父親から電話があったのだ。

 「今年は探索員を始めて疲れているだろうから、遠藤さんの家でゆっくりしなさい」と。


 元から旅行がさほど好きではない芽衣にとって、それは朗報だった。

 だが、一瞬にして凶報へと変貌を遂げる。


 居間の電話が鳴った。


「み゛み゛っ!!」

「あらあら、誰かしらねぇ。はーい、遠藤です。あら、忙しいのに気を遣わせてしまって! ええ、芽衣ちゃんなら帰っていますよ」


 コタツに頭から潜り込む芽衣。

 どうやら本能的に危険を察知したらしい。


 本能で行動する辺りに木原の血を感じざるを得ない。


「あらまぁ! 芽衣ちゃんったら、何してるの! 女の子がそんな事しちゃダメよ!」

「芽衣はコタツと一体化したので、電話には出られないです。みみっ」


「そう言うと思って、持って来たわよ。はい、芽衣ちゃん」

「み゛っ!」


 舞台が昭和ならば、黒電話の元へ行かないと言う選択を取る事で危機回避も出来ただろう。

 だが、令和のご時世である。


 電話が有線である方が珍しいのだ。

 いくらお年寄りだって、コードレス電話機くらい使えるに決まっている。


「うぉぉぉぉん!! 芽衣ちゃまぁぁぁ! 義弘パパがハワイに行ってる間なぁ! おじさんが留守番することになったぜぇぇぇ!! 年末年始はずっと一緒だぞ、芽衣ちゃまぁぁぁ!!! うぉぉぉぉぉん!!!」


「……みっ!」



 芽衣ちゃま、無言で電話をガチャ切りする。



「あら、どうしたの芽衣ちゃん。おじさんから、何の用事だったの?」

「いやぁ、木原さんのとこには上等の鮭をお歳暮でもらってなぁ! お礼を言わないといけないぞ、お前!」


「そうね! じゃあ、芽衣ちゃんに言付けましょうか!」

「それは良い考えだなぁ!」


 木原芽衣にとって地獄の帰省が始まろうとしていた。

 だが、そんな彼女の危機を救うべく立ち上がった者たちがいた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「南雲監察官。お呼びでしょうか」

「ああ、福田くん。申し訳なかったね、呼びつけるような真似をして」


 南雲監察官室にやって来たのは福田弘道。

 木原監察官の助手である。


「いえ、お気遣いなく。だいたい事情は察しております。木原さんが年末年始に通常ではあり得ないほどの有休を申請しています。これは、姪御さんに関わる事案でしょう」

「相変わらず、恐ろしいほど察しが良いなぁ、君は」


 南雲は語った。

 チーム莉子は今年結成されたにも関わらず、獅子奮迅の活躍を見せた。

 特に先の対抗戦では望外の結果を残し、南雲監察官室の評判アップに貢献してくれた。


 だから、彼らに年末年始くらいはゆっくりしてもらいたいと。


 既に六駆とクララのダメコンビを救っている南雲。

 だが、まだ救いを求める部下はいる。


 全てを救えないで何が上官か。

 南雲は本気だった。だから福田を呼んだ。


「福田くん。単刀直入に言おう。木原さんをどうにかできないか?」

「少しお待ちください。……3つほど策がございます」


「すごいじゃないか! 是非聞かせてくれ!」

「ですが、3つとも南雲監察官が酷い目に遭います。よろしいですか?」



「すごいじゃないっすか、南雲さん! この上官の鑑ぃ! やるぅ!!」

「お黙りなさいよ、山根くん! 嫌だよ、私! なんで木原さんに酷い目に遭わされないといけないの!? 福田くん! 他に妙案はないのか!?」



 福田は眼鏡をクイッと指で押し上げると短く答えた。


「あります」

「あるんだ!? やっぱすごいなぁ、福田くんは! 聞かせてちょうだい!!」



「木原さんをどこか適当なダンジョンに閉じ込めます」

「ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ!! それ、出来るの!? 仮に出来たとして、後がすごく怖いんだけど!? ねえ、それ私が酷い目に遭うヤツと重複してない!?」



 福田は眼鏡をキラリと光らせて、短く答えた。


「重複しています」

「ほら、もう絶対にそうだと思ったよ!」


「ですが、南雲さんが精神的負荷を受けるだけで、姪御さんの心の平穏は保たれます。安い買い物だと思いますが」

「ねぇ、福田くん。急にブラックジャック先生みたいな事言うの、ヤメなよ……」


 その後、ロシアにあるダンジョンの座標を入力した【稀有転移黒石ブラックストーン】を使ったトラップを仕掛け、見事に木原久光を転送した福田弘道。

 彼の計算では、『ダイナマイトジェット』を使いそのうち自力で帰って来るらしいが、それは正月休みが明ける頃になると言う。


 南雲監察官室のサーベイランスに通信が入った。


『うぉぉぉぉぉい! 南雲ぉ!! おめぇ、何してくれてんだ!? うぉぉぉい!!』

「ふ、福田くん? もう木原さんに何か言ったの?」


「はい。南雲監察官の試作品が暴走したと伝えてあります。実に自然な言い訳かと」

「……ああ。逆神くんに電話しとこう。年明け早々、『次元超越陣オクロック』使ってもらうかもしれないってさ」


 木原久光、ロシアへ行く。

 南雲は精神力を振り絞って、遠藤家に電話をかけた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「芽衣ちゃん! 南雲さん? って方から電話だよぉ!」

「みみっ? はいです。もしもし、芽衣です。みみっ。みっ。みみみみっ!?」


 芽衣は電話を終えると、とても嬉しそうな顔で居間に戻って来た。

 あまり感情を表に出さない彼女が、スキップまでしていた。


「何かいい事でもあったのかい? おじさんに教えておくれよ」

「みみっ! 芽衣、帰省しなくて良くなったです! おじ様、明日の公民館でやる、しめ縄作り! 芽衣も一緒に行くです!! みみみっ!!」


「あらまぁ。残念ねぇ。木原さん、あんなに楽しみにしていたのに」

「みみっ! 急に仕事が入ったって南雲さんが言っていたです! みみみっ!!」


 遠藤夫妻は顔を見合わせて笑う。

 彼らも芽衣と正月を一緒に過ごせる事は嬉しく、吉報だったからである。


「それじゃあ、今年はおせち料理を頑張らないとねぇ!」

「みみっ! おば様、芽衣もお手伝いするです!」


「はははっ! しめ縄作ったり、おせち料理作ったり、忙しい年末になるなぁ!」

「はいです! こんなに忙しいのに、芽衣はとっても嬉しいです! みみっ!!」


 監察官・南雲修一。

 彼は今日も部下の事を第一に考え、彼らのために戦っている。

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