第272話 椎名クララと地獄の後期試験

 逆神六駆が期末試験でひぃひぃ言っていた頃。

 もう1人、チーム莉子で危機に瀕している乙女がここにいる。


「にゃっははー。授業に出てないから試験範囲分かんないし、ノート貸してもらえる知り合いもいないし、外は寒いから出たくないしー。これは詰んだにゃー」



 椎名クララ。彼女もまた破滅の坂を転がり始めていた。



 彼女の場合、授業に出ていない事に関しては「探索員の仕事による公欠」で乗り切る事が出来る。

 だが、授業の内容が分からなければ試験に行くだけ無駄である。


 彼女は考えた。

 建設的に考えた。


 そこで、まずはレポートのみで単位をもらえる授業に専念しようと思い付いた。

 これならば、期日までに提出すれば評価は低くても単位はもらえる。


 だが、残酷な運命が彼女に襲い掛かる。


「ほいほい、提出日はー。にゃははー。明日だったぞなー」



 なにが残酷な運命なものか。この怠惰などら猫は独りになるとダメになる。



 抱えているレポートの数は4つ。

 それぞれ最低でも8000文字と言う制限がある。


 1日あればどうにかなる量だった。

 頑張れば人間、意外な力を発揮する事ができるのは彼女も探索員の仕事を通して知っている。


 クララは大きく背伸びをして、やるべき事を口に出した。


「なんか部屋が汚れるよねー。やっぱり、健全な思考力は清潔な部屋からだと思うんだにゃー。……よし、部屋の掃除をするぞなー」


 クララ。違う、そうじゃない。


 今は別にゴミ部屋でも構わないから、その脱ぎ散らかしたタンクトップの下で苦しそうにしているノートパソコンを開くべきである。

 開いたら、1文字でも多くキーボードを叩くべきである。


「やー。気付いたらずいぶんとお部屋も汚れるにゃー。あーっ! この服、見かけないと思ってたら引き出しに入ってたー! ……洗濯するかにゃー」


 クララはどんどん脇道に逸れていく。

 だが、まだ間に合う。

 生き返れ、椎名クララ。


「しまったー! とんでもない事を忘れてたにゃー!!」


 そうだ。とんでもない事を忘れている。


「ログインボーナス取ってなかったぞなー。危ない、危ない。おりょ? 季節イベント始まってるにゃー。ふーむ。この量なら、今からでも完走いけるにゃー」


 大学の単位もそうやってこつこつ貯めれば良かったのに。


 それからクララは3時間ほどベッドでブランケットに包まってスマホをポチポチやっていた。

 だが、夕方になり彼女もやっと気付く。


「……お腹空いたにゃー。そう言えば、起きてから何も食べてなかったにゃー」


 空腹に気付いたクララ。

 もう、そこは仕方がない。食事で脳にカロリーを送り込もう。

 ご飯食べてから頑張ろう。


「ふっふっふー。日清焼きそばUFOにー! 一昨日コンビニで買ったポテトサラダをドーン!! おおー。これは食欲をそそるぞなー! いただきますにゃー!!」


 カロリーの摂取量が多すぎやしませんかと苦言を呈したい。

 なお、クララはいくら食べても太らないタイプであり、栄養は主に胸に行くらしい。



 今、隣の市で勉強をしている小坂莉子が不意に胸を押さえたと言う。

 安心してください、何もありませんよ。



 カロリーを過剰に摂取したクララは、食後のコーラを味わう。

 カップ焼きそばとコーラの相性はもはや語る必要もない周知の事実。

 さあ、ここからが本番だ。


「ふにゃー。……あれ、なんかお腹いっぱいになったら、眠くなってきたにゃー」


 少しだけ待ってくれないか。

 明日はレポートの提出日。

 明後日からは後期試験が始まると言う状況を少しで良い。


 真剣に考えようじゃないか。


「う、うにゃ……。よし、分かったぞな。1時間だけ。アラーム仕掛けて1時間だけ横になるにゃー。眠いと頭が働かないから、これは戦略的撤退だぞなー」


 もはや言うに及ばず。

 次にクララが目を覚ましたのは、スズメのさえずりを聞いた瞬間だった。


「あっ。にゃははー。やっちまったぞなー。……よし、切り替えていく! あたし、明日から本気出すにゃー! おっと、ログインボーナス!!」


 1週間後。

 椎名クララは大学の学生課に呼び出された。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「この度は誠に申し訳ございません! 私、日本探索員協会の監察官をやっております! 南雲修一と申します! 椎名くんの上官です! 本日はお忙しいところお時間を頂戴いたしまして、恐縮でございます!! これ、最中です!!」


 南雲修一はどこにでも現れる。

 自分の部下のピンチであれば、心を打ちのめされても何度だって蘇る。


「南雲さんとおっしゃいましたか? 探索員、立派なお仕事だと思います。ですが、学業に支障をきたすほど仕事をさせるのは、大学としてもどうかと思いますが」


「本当に申し訳ありません! 休みは定期的にあったのですが、多分椎名くんはマジメな性格なので、次の仕事に備えてトレーニングをしていたのだと思います!! 申し訳ございません!!」


 彼女は毎日、ソシャゲしてご飯食べてプライムビデオ見て風呂入って寝てました。


「この通り、本人も深く反省しております! どうか、もう一度だけ機会を頂けないでしょうか!? 追試験を受けさせてやってください!! レポート課題もお願いします!! 今回は私どもも全面的なバックアップで、しっかりと復習して臨む事をお約束します!!」


「そうは言いますがね、追試を認めるにしても、16科目ありますよ? 本当に可能ですか?」

「やります! やらせてみせます!! どうか、この南雲修一に免じてお許しください! 土下座しろとおっしゃるのならば、ご随意に!!」


 こうして南雲修一は椎名クララの追試験を勝ち取った。

 何やらこの展開にデジャヴを感じている諸君は、多分ループに入っていると思われる。


 南雲が救われないルートを繰り返すループである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「椎名さん。どっすか? 小型サーベイランスの感度は」

『絶好調ですにゃー。メガネに答えを投影させるとか、南雲さんってば天才ですにゃー』


「南雲さん、褒められてるっすよ? 女子大生に! 良かったっすね! 中年なのに!」

「良かないよ! 私、この数日で何回頭下げたと思ってるの!? それから、うちの部屋の状況をご覧なさいよ!! 状況は惨状だよ!!」


 南雲監察官室には珍しく、来客で溢れている。


「なぜ私が貴様のところの探索員のレポートを書かねばならんのだ」

「そう言うちゃるなよ、五楼の嬢ちゃん。ワシは楽しいで? レポート書くっちゅうんは新鮮じゃのぉ! 報告書とは違って筆が進むわい!」


「小生でお役にごふっ! 立てるのならば、光栄でがふっ! ごはぁっ!!」


「南雲くんのお役に立てると思ったらウグエーンッ!  デーーヒィッフウ!! ア゛ーハーア゛ァッハアァーー! でも、マクロ経済学の意味が分からなくてッグ、ッグ、ア゛ーア゛ァアァアァ!  ア゛ー! せやけど役ゥに立ちダイ! その一心でぇー!!」


 その辺を歩いていたチーム莉子の事情通たちが集結していた。


「皆さん、本当に助かります。コーヒーを淹れましたので、どうぞ。山根くん、追試の方はどうなってる?」

「今、椎名さんがソシャゲのログインボーナスをゲットしたとこっす! 監督者から見えないように! いやー、さすがっすねぇ!」



「すぐにヤメさせろよ、やーまーねぇー!! くそぅ! こんな事で年が越せるのか!?」

「大丈夫っすよ、南雲さん。何もしないでも流れていくのが時間っすから」



 後日、椎名クララは無事に36単位をゲットした。

 計算が合わないとお気付きになられた諸君には、誰のレポートが不可だったのかを予想して頂きたい。


 多分、暇潰しにはなると思われる。

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