第1359話 【エピローグオブ春香さん・その1】とある奥様(28)から急募。旦那の腰を鍛える方法。 ~山根くんのSОSから始まる回はだいたい世知辛い~

 7月最終週。

 南雲上級監察官室に山根くんが出勤して来ない。


 山根くんは上官をおちょくる事はあっても、仕事をないがしろにする男ではない。


「えっ。どうしたんだろう。事故!? 急病!? ねぇちょっと! どう思う!?」


 南雲さんはこの世界で部下思いな上官ランキングを作ったらば三指に入るのは確実。

 氏の半分はやさしさで出来ていると専らの噂である。



「寝坊じゃないですか?」

「それだにゃー!!」

「くそぅ!! 逆神くんと椎名くんしかいない!! なんで緊迫感と無縁の2人しかいないの!? 今日に限って!!」


 現時刻は午前11時過ぎであった。



 南雲さんは7時出勤。

 山根くんもその時間には監察官室にいるし、南雲さんとコーヒーを飲みながら「そろそろコーヒーゼリーメーカーの開発再開しようかと思うんすよ。だもんで、クソみたいなコーヒー豆ください。挽いてあるヤツでお願いしゃっす」と雑談交わしながらその日の仕事の準備をするのが2人のルーティンワーク。


 もちろん南雲さんも山根くんも人間であるからして、体調を悪くすればお休みする事もある。

 が、南雲上級監察官室は基本的に上官と副官の二人体制。

 片方がいないと仕事にならないので連絡は迅速に行われる。


 それなのに、今日は山根くんが行方不明で音信不通。


「逆神くん!! ちょっと『ゲート』出してくれる!?」

「南雲さん。それはできません」


「なんでよ!?」

「南雲さん。僕の『ゲート』には『基点マーキング』が必要なんです」


「じゃあ山根くんの家から一番近いところの『基点マーキング』に『ゲート』発現して!!」

「南雲さん。それはできません」



「逆神くん! 君ぃ!! 『笑う犬の生活』の小須田部長見たでしょ!? さっきからリアクションのトーンが原田泰造さんのそれなんだよ! 懐かしいなぁ! くそぅ!!」

「うふふふふふふふふふふ! 莉子がね、お母さんからDVD借りて来てくれて!!」


 頑張れ。負けんな。力の限り生きてやれ。



 そんなやり取りをしていたところ、南雲さんのスマホが震えた。

 「山根くん」と表示されているディスプレイを見て安堵しながらそれを手に取った南雲さん。


「やぁぁぁぁまぁぁぁぁねぇぇぇぇぇ!! 心配するだろ!! どうしたの!? 寝坊!? 寝坊なの!? うちの寝坊を熟知してる子たちがそう言うから、もうそんな気がしてる!! 怒ってないから、早くこっちおいで!!」


 山根くんの弱々しい声が聞こえて来た。


「あ゛……。さーせん。あ゛あ゛っ。あの、腰、やっちまいまして……。いや、朝起きた時は全然平気だと思ってたんすけど……。あの、あ゛っ。玄関で靴履いてる時にですね、急にあ゛あ゛あ゛っ。ビキッてあのあ゛っ。か゛あ゛」


 ゴトッと音がして、山根くんの声が聞こえなくなった。

 南雲さんは静かに確認する。


「逆神くん?」

「僕の使える治癒スキルは最新版だと広域展開の『気功豪風メディゼフイロス』なんですけど、多分ロキソニンの方が早く効きますよ。『時間超越陣オクロック』で巻き戻したら記憶消えちゃいますし」


「椎名くん!! 和泉くん呼んできて!! 私ね、インプレッサ表に回すから!! 逆神くん!! ……君、どうする?」

「あいあいにゃー!!」

「暇なので行きます!!」


 山根くん救出ミッションが始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 山根家は一戸建て。

 結婚式挙げる予定だったのをピース侵攻のせいで延期させたため、代わりに住まいは春香さん念願の一戸建てに既に引っ越して久しい。


 南雲さんのインプレッサが安全運転で急行した山根家の駐車場。

 停車するとクララパイセンが「ドア開けるぞなー!! 和泉さんをおんぶするにゃー!! 準備完了ですにゃー!!」と機敏な動きを見せる。


 既に南雲さんによって「お寿司と天ぷらとウナギ、お昼は何が良い? あ。全部ね。分かった」と交渉済み。

 ご飯が貰える時のどら猫は速い。

 音も気配も置き去りにして。気付いたらそこにいる。


「南雲さん!!」

「うん! どうしたの! 逆神くん!!」



「南雲さんから生気が失せてる設定ってどうなってます!?」

「それは今じゃないとダメ!? もうね、ホントにもうすぐ子供が生まれるんだよ!! いつまでも精神崩壊したクラウドみたいな事やってらんないの!!」


 南雲さん回が来る前にさっさとメンタル回復。

 これがデキる男のやり方。



 おじさんたちがインプレッサの中でじゃれていたところ、山根家から鳴き声がした。

 やったか。


「にゃはー」

「あ。ええと、マジですまんせんっした。なんて言ったら良いか……。昨日の夜、春香さんにですね。こう、アクロバティックな感じでアレがナニされまして。いや、春香さんってほら、元々は京華さんの弟子でゴリゴリの格闘タイプじゃないっすか? 自分が下だったのに、もうヒップアタックっすよね。直撃喰らっちゃいまして。そのダメージが遅効性の毒みたいに、朝起きてから襲って来たみたいで。和泉さん。お茶淹れるんでこの一番フカフカの布団どうぞっす。あざっした」


 和泉さんが「小生にはご心痛がよく分かりまごふっ。失敬。吐血しそうなので佳純さんのくださった手作りブラジャー型のエチケット袋を出します。これはあくまでもエチケット袋でごふぁぁぁぁ」と、極大治癒スキルの代償に虚弱を発現した。

 エチケットな袋なのにそれが乳袋を模しているというのは、有識者の間でも評価が分かれるであろう。


 南雲さんと六駆くんも山根家に入ってから、監察官一の知恵者が指示を飛ばした。


「逆神くん。山根くんの家そのものをしばらく封印して。これね、分かるの。私たちが聞いてないところでね、春香くんの回が始まる、今はその導入だから。えっ? ああ、分かった。先に出前取ってからね。じゃあ、その後で隔絶空間に山根くんの家を放り込んでね。……あ。もしもし。お世話になっております、南雲です。お寿司、松を4人前お願いします。あ。ごめんなさい。6人前で。はい。住所はですね……」


 山根くんの口から「腰やっちまった」理由が語られた。

 つまり、ここからが本番。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 五楼上級監察官室では。


「聞いてますぅ? あっくんさん!!」

「ちっ。……俺ぁ許されたんじゃなかったのかって話なんだよなぁ。そりゃあよぉ、春香さんよぉ。あんたのフィジカルが問題なんじゃねぇのかぁ?」


「なんですか!! 女性が積極的になっちゃいけないって言うんですか!?」

「あぁ。こいつぁ……。俺にゃ荷が重いぜぇ……。援軍呼ぶかぁ」


 あっくんが五楼上級監察官室の端末を操作する。


 お忘れの方のための1号館・監察官室フロア。

 上級監察官と監察官の部屋は全てこのフロアに集まっており、現在、和泉さんが山根くんの家に出動中。


 つまり、手の空いている副官が絶対に1人はいる。

 出来れば2人は欲しい。


 1分ほどでドアが叩かれた。


「入ってくれぃ。そして俺ぁ出て行くからよぉ。後は同性でよろしくやってくれぃ」


 やって来たのはこの2人。


「失礼します! 土門佳純Aランク探索員!! あっくんさんの要請を受けて出頭しました!! 和泉さんがお留守で暇でした!!」

「同じく青山仁香Aランク探索員。なんで呼ばれたのか分からないですけど、監察官室にいるよりは有意義だと判断して出頭しました」


 始まる。

 濃厚な女子会が。


「あっくんさん!! そこの棚にあるブランデー取ってください!!」

「勘弁しろぃ……。あぁ、ドアが施錠されてやがらぁ……。五楼上級監察官室の端末操作序列はあんたが1位だったんだよなぁ。春香さんよぉ……」


 始まる。

 濃厚な女子会withあっくんが。

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