第308話 監察官・南雲修一の「描いた夢は叶わないことの方が多い」
とびきり良い笑顔で通信を終えた逆神六駆。
彼を見送った南雲は、持参したコーヒーを飲んだ。
まず感じる強い苦み。
そののち、穏やかな甘みと心地の良い香りが彼の心を落ち着けた。
そろそろ南雲修一も気付き始めていた。
「コーヒーが美味しい時って、やたらと嫌な事が起きるんだよね」と。
逆神六駆。
異世界転生を周回すると言う異次元の方法で、常識では考えられない強さを身に付けた男。
南雲は六駆の強さに全幅の信頼を置いている。
また、その人柄も理解していた。
それらを合わせると、嫌な予感しかしないのである。
「南雲さん、関所への突入メンバーを選ばなければなりません。あまり猶予がないので、急がねば」
「あ、ああ。そうだった。すまない、加賀美くん」
南雲は嫌な予感を振り払った。
たまには描いた未来予想図がそのまま叶う事だってあるはずである。
彼はそう結論付けて、自分の仕事をこなす。
「今回は、私が先陣に加わろうと思う。キュロドスの性質や特性について、指揮官である私が第一に触れるべきだと思うからだ。何か反論はあるだろうか」
南雲の提案は理にかなっていた。
キュロドスは未知の異世界。
ならば、指揮を執るにも情報が必要になる。
大気を覆う
産出されるイドクロアで作られた兵器があるかもしれない。
何を置いても、入口に関所があるのならば、そこで得られる情報を出来るだけ、ありったけ、持てるだけ収集しておくのが上策である。
「随員は、加賀美くん。まずは君に頼みたい。逆神くんと合流して、必要であれば関所の制圧を任せられるだろうか」
「南雲さんのご指名とあらば、お任せください! 自分は与えられた場所で出来得る最大限の働きを尽くします!!」
南雲は、関所突入チームの人員を4人選ぶことにした。
これ以上の人数になると、いくら六駆の『
かと言って、関所の規模が分からない以上、あまりにも人員を削って情報の取りこぼしや敵の脱出を許してしまえば元も子もない。
「それから、和泉くん。君は突入せずに、現場で情報収集に徹してくれるか。君の洞察力は頼りになるし、豊富な支援スキルは是非活かしたい」
「小生の頼りない体で良ければ、喜んでお貸しいたしますぐはっ」
「ってことは、残りはオレが入るってことでよろしくぅ?」
「いや、潜伏機動部隊の2人は後詰を頼む。君たちの機動力は今回あまりメリットがないんだ。逆神くんが内部から、我々が外部から制圧すると考えると、機動力は温存しておきたい」
「了解しました。私は屋払さんの首根っこ捕まえておきます。ご武運を、南雲さん」
「ああ。助かるよ、青山くん」
南雲は青山の申し出に頷いた。
彼女は戦闘力こそメンバーの中で下位に甘んじているものの、判断力に優れている事を南雲は知っている。
いざという時のために取っておきたい、とっておきなのだ。
「という事は、チーム莉子から2人出すんですかにゃー?」
「ふふ、椎名さん。ひどいじゃないか。俺、まだ呼ばれてないのに。ははっ」
「雲谷さんは多分呼ばれないと思うんだにゃー。スピード重視の作戦に、スナイパーは不向きだと思うのだぞなー」
「いやいや、そうとも限らないよ? 前衛が固まっていると言う事は。ふ、ふふっ」
「そうだな。残りの2人は、雲谷くんと椎名くん。狙撃コンビを連れていきたい。万が一の討ち漏らしが出た場合、速やかに対応してくれ」
「ははっ! 殺しのライセンスが出ましたね!! あはははっ!!」
「出してないからな!? 君、本当に雨宮さんのとこの水が合うんだろうなぁ。あの人の適当な感じと狂気をしっかりと受け継いでるんだもん」
「ふふ、お褒めに預かり光栄です」
南雲の考えるベストの布陣が決定された。
時計を見ると、六駆が言った15分後まで残り7分。
そろそろ異界の門を潜ろうかと考えていたところ、サーベイランスが通信状態になる。
相手は山根だった。
南雲は彼に「逆神くんのサポートを頼む」と伝えて、関所に侵入させた透明サーベイランスの権限を委譲していた。
「どうした、山根くん」
『南雲さん! 悪い知らせと、より悪い知らせがあるっす。どっちから聞きたいっすか?』
「普通さ、片方は良い知らせにするものなんじゃないの!? どっちも聞きたくないよ!!」
『あ、じゃあ良い知らせからっすね! 自分、春香さんと交際が順調なんすよ! 次の休みには2人で温泉にでも行こうかなって!!』
南雲は目を閉じた。
この流れは幾度となく繰り返して来た経験則が警鐘を鳴らしている。
「こいつ、コーヒー噴かせに来たな」と、南雲は気が付いた。
『逆神くんが関所で身バレしたんで、今、片っ端からアトミルカをしばき倒してます!』
「ねぇ? せめて私が言って良いよって返事してから報告してくれない? あと、それ多分悪い知らせの方だろ? 絶対にもっと悪い知らせが待ってるんだろ!?」
山根は「南雲さんも学習して来てつまんないっすねー」とため息をついた。
そして、凶報を南雲に伝えた。
『関所に大物がいたんすよ。8番。下柳則夫元監察官が逆神くんと出くわしたっす』
「……嘘でしょ。我々の討伐目標、異世界に入ってすぐのところにいるの?」
さすがの南雲もこれは予想外。
選抜したメンバーと共に、大急ぎで異界の門をくぐった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「これはとんでもない僥倖に感謝しなければなりませんねぇ! まさか、逆神くん! あなたとこんなところで遭遇するとは思いませんでしたねぇ!!」
関所の中では、六駆が下柳則夫と交戦中であった。
既に84番の皮は脱ぎ捨てている。
どうしてそこに下柳がいるのかは分からなかったが、いたものはどうしようもない。
「ふぅぅぅんっ!! 『
「逃げる訳がないんですよねぇ! 君の身柄1つでも、汚名返上どころかお釣りが来ますからねぇ!! むしろ、ボクが君の事を逃がしませんからねぇ!」
「合言葉を忘れた2桁ナンバーがいる」と聞いた下柳は、84番を探していた。
そこで遭遇した84番は、手元にある資料通りの男だったが、下柳の脂ぎったセンサーに引っ掛かる。
執拗に合言葉を求め続けていたところ、六駆がうんざりして攻撃してしまったのだ。
「どうして君がキュロドスにいるのかは、君を捕えてからゆっくりと問いただしましょうかねぇ!! 『
「面白い冗談だなぁ! あなたごときに僕が捕まるなんて、万に一つもありませんよ! ふぅぅぅんっ!! 『
完全なる偶然が、2人を引き合わせていた。
下柳は4番に雑用を押し付けられ、キュロドス内にある関所と駐屯基地を回っているところだった。
六駆は関所内の情報システムを探していた。
お互いの目的地が合致した結果、2人は出会った。
その先は、前述の通り。
下柳の脂っこい尋問の餌食になった逆神六駆である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
南雲たちは異界の門を通過して、現場に駆け付けていた。
既に六駆が『
「聞いてくれ。目的が変わった。我々はこの関所で、何としても下柳則夫の身柄を確保する! その後の事はひとまず置いておこう!!」
南雲の描いた夢は今回も叶わなかった。
だが、思いもよらぬ展開にも即座に対応する有能な監察官。
想像よりも大きな関所の前に立ち、まずは六駆との合流を図るべく彼らは動き始めた。
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