第311話 下柳則夫と逆神六駆のお勘定タイム

 協会本部の五楼が南雲からの通信を受けたのは、下柳則夫を捕縛してから20分ほど経った時分だった。


「よくやってくれた。南雲ならばと私は信じていたぞ」

『恐縮ですが、私の力など微々たるものでして。逆神くんはもちろん、和泉くんが随分と頑張ってくれました。彼らがいなければ、負けていた戦いですよ』


「そうだな。確かに、南雲。貴様の実力は逆神に劣る。だが、戦いの勝利は指揮官の采配によって決まるものだ。胸を張れ。南雲修一。貴様は我々、日本探索員協会の代表として送り出した、最高の指揮官だ」

『ご、五楼さん……。お言葉、痛み入ります』


 下柳則夫撃退の報に、監察官たちの表情も少しばかり緩んだ。


「思ったよりも早う片付いたのぉ。もうちぃと時間がかかるかと思うちょったが。これじゃあ55のが作ってくれた弁当は家で食う事になりそうじゃのぉ」

「確かにそうかもしれん! 久坂剣友! 電子レンジで温めよう!!」


 久坂と55番が早々に帰り支度を始める中、楠木が首をかしげる。


「異世界・キュロドスの入口に下柳くんがいたと言うのが、どうにも腑に落ちませんな。55番くん。キュロドスについて知っている事はありませんか?」


 55番はアトミルカの事情通としてこの場に招集された男である。

 彼は長年アトミルカに所属していたため、2桁ナンバーが知り得る情報ならばだいたい保持している。


「キュロドスがアトミルカの大規模拠点の1つだと言うのは、あなた方の知っている通りだ! 私も1度しか行った事がないので、詳しくは知らない! だが、ラキシンシと言う鉱石で武器を作る工場があったと記憶している!」


 楠木は「そうですか」と答えて、少し考え込む。

 そののち、見解を述べた。


「そう考えると、やはり妙ですね。下柳くんが全権を持っている異世界ならば、どうして彼がその最前線に出て行く必要がありましょうか? これは、少し慎重に調べてみるべきかと愚考します。55番くん、どうもありがとう」

「久坂剣友のお仲間の役に立てることは、私の本懐だ! お気になさらず!!」


 楠木の意見には聞くべき点が多かった。

 五楼はサーベイランスに向かって指示を飛ばす。


「南雲。下柳を尋問しろ。キュロドスの全容を解明する必要がある。これで終わりとは私も思えんのでな。……ああ、貴様は気が優し過ぎるから、尋問には不向きだろう。逆神を出してくれるか?」

「あ、はい。了解しました。おおい、逆神くん!!」


 数秒ののち、お金大好きマンが登場した。


『なんですか、五楼さん!? アレですか!? お金稼げる案件ですか!?』

「痴れ者め……。その嗅覚は驚異的だが、いっそ気色悪いな。……だが、貴様の言う、お金の稼げる案件だ」



『キュロドスを焦土と化せば良いんですね!?』

「良いことあるか。……やれやれ。貴様は下柳を尋問して、ヤツの知っている情報を全て吐かせろ。手段は貴様に任せる。ただし、殺すなよ」



 六駆は「分かりました!」と返事をして、大事な確認をする。

 このやり取りが済まないと、逆神六駆は動かない。


『それで、おいくら貰えるんですか!?』

「目を輝かせるな、痴れ者が……。手付金で30万出そう。あとは、貴様が拾って来る情報によって考える」


『う、うひょー! じゃあ、たくさん絞り出してきますね! いってきまーす!!』


 そう言うと、六駆はどこかに駆け出して行った。

 久坂が五楼の肩を叩く。


「のぉ。五楼の嬢ちゃん。今の、ちぃとまずくないかのぉ? 六駆の小僧、多分むちゃくちゃやりよるで? 下柳が死なんかったらええんじゃが」

「……私も先に金額を提示したのは間違いだったかと思っておりました」


 楠木が話を纏めた。


「祈りましょう。ボクたちには、それしかできません……」

「ほうじゃのぉ。イギリスって何教じゃろ?」


「イギリスはキリスト教がメインだが、多くの宗教が混在していると聞いているぞ! 久坂剣友!!」

「ほうか。そいじゃあ、ワシらは拝むことにしようかいのぉ。……なむなむ」


 彼らはイギリスの方角を向いて、手を合わせて祈った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「逆神くん。君の言った通りに、みんなは外に出したけど。何するの?」

「じゃあ、南雲さんは左目をお願いします! 僕は右目から行きます!」


「うん。だいたい分かった。笑顔で練りわさび手渡して来るんだもんなぁ」

「こういうのは、地味に痛いのが効くんですよ! 気を失わせるような拷問なんてナンセンスです! ギリギリ我慢できる苦痛が続くのって嫌でしょう?」


 下柳則夫は六駆の『粘着糸ネット』で拘束されており、同じく六駆の出した『吸収玉スポイルボール』によって、常に煌気オーラを吸収され続けている。

 この状態で何かできるのならば、元より戦いに敗れてなどいないのだ。


「や、ヤメて欲しいですねぇ! 君たちは、捕虜の取り扱いに関する条約を知らないんですかねぇ!? これは国際問題になりますよ!?」



「南雲さん、聞きました? 暗躍組織の幹部が条約とか言ってる! ウケるー!!」

「楽しそうだなぁ。私も君と同じ人生を過ごしたらこうなったのだろうか……」



 六駆は尋問を始めた。

 が、その前に、とりあえず下柳の右目にわさびをぶち込んだ。


「は、はぁ!? はぎゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? い、痛い、痛い! 待って欲しいですねぇ!? いぎぃぃぃぃっ!! ボク、まだ何も聞かれてひぎぃぃぃぃぃっ!!!」

「嫌だなぁ! これは僕の仲間の命を1度ならず2度までも危険にさらした分のお勘定ですよ! さぁて、左目にも! ふんふふーん!」


「あぎゃあぁあぁぁぁっ!! な、南雲くん!! 止めて欲しいですねぇ!! こんなやり方は、君の是とする方法ではないでしょう!?」

「あっはっは! この人、自分がお腹に穴開けた人に向かって何言ってんですかね! よし、口にも流し込もう! あ、南雲さん。それやっぱり返してください。僕のなくなっちゃった!」


 南雲は、メンバー全員を外に出しておいた自分の判断を称えた。

 逆神家の耐性が高くなければ、この惨劇にはついて行けない。


 それから六駆は、練りわさびを3本駆使して、下柳の精神をすり減らした。


「さて、下柳さん。質問です。キュロドスには、あなたよりも上の地位のアトミルカさんがいますよね?」

「ふご! ふごぉぉぉ!!」



「何言ってるのか分かりませんよ!! ふぅぅぅんっ! 『自動で動く緑の断罪オートデワサビブッコミマス』!!」

「いや、逆神くん……。君がわさび口の中に流し込むからだよ……」



 南雲はつい数か月前に瀕死の重傷を負わされた下柳を気の毒に思っていた。

 たかがわさび責めにしているだけなのに。


 六駆は「やっぱり南雲さんは優し過ぎるなぁ!」と、五楼と同じ感想を抱いた。

 そして六駆には優しさが圧倒的に不足している。


「ぜひぃ、あひぃ。こ、答えますからねぇ! ちょっとだけ、わさびを止めてもらえますかねぇ!?」

「では、30秒のアピールタイムを許可しましょう! はい、スタート!」


「えっ!? えっ!? あ、いや、キュロドスを支配しているのは4番で、今日は3番様が視察に見えるので、色々と準備をしていたところでしてねぇ! そこで偶然、君たちと出くわしてしまって、ああ! 待って! わさびを近づけないで! ええと、4番はキュロドスの奥にある軍事基地にいますからねぇ! 基地の名前はデスター!! 何人か1桁もいます!! もう知ってる事は喋りましたよ!?」


 六駆は「確かに。本当の事みたいですね」と満足そうである。

 続けて、「じゃあ、もう良いです」と笑顔で下柳にお別れを告げた。



「ふぅぅぅぅんっ!! 『極大・緑の断罪スゴクタクサンノワサビ』!!!」

「その極大スキルをどういう経緯で覚えようと思ったの? 逆神くん……」



 得るべき情報を手に入れた南雲は、再び現世の協会本部と通信を開いた。

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