第277話 監察官のゆく年くる年

 今日は大晦日。

 チーム莉子はそれぞれの家でのんびりと年を越す。



「いやぁ! すみません、ご馳走になっちゃって! さすが莉子のお姉さん! 出て来る料理が全部美味いんだから! ああ、間違えた! お母さん!!」


 そこはお前の家じゃない。



 実家の年越しそばが夏の残りのそうめんで、具がないどころか蕎麦ですらなかった事に絶望して小坂家に来た家出少年、逆神六駆。

 身分は家出少年なのに、中身は放蕩中年である。


「六駆くん、このあと初詣に行く?」

「いや、僕は莉子とお姉さんと家でゆっくりしてたいな! あっ、間違えた! お母さん!!」


「六駆くんは本当に口が上手なんだから! おせち料理も食べて行ってね!」

「うわぁ! すみませんねぇ! 僕は幸せだなぁ!!」


 六駆の幸せに興味のない諸君には、各監察官の大晦日の様子をお送りしようと思う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「雷門さん! 今年もお疲れさまでした!」

「ああ! ありがとう、加賀美くん! わざわざ家を訪ねてくれるなんて嬉しいよ! 奥さんとお子さんに申し訳がないな」


 こちら、雷門監察官のお宅。

 加賀美政宗がワインを持って来訪中。


「自分も来年、まだ決まっていませんがSランクに上がるかもしれませんので。これまでのご恩返しに秘蔵のワインを持ってきました」

「そうか……。寂しくなるな……」


「いえ! 自分はSランクになっても雷門監察官室に籍を置きたいのですが! ご迷惑でしょうか?」

「そうなのか!? うっ……うっ、ううっ!」


 雷門監察官が号泣します。

 総員、速やかに避難して下さい。



「俺ハネェ! ブフッフンハアァア!! ウーハッフッハーン!! ッウーン! ずっと覚悟してきたんですわ! せやけど! 加賀美くんと別れるのはイェーヒッフア゛ーー!! ……ッウ、ック。寂しいからァイッヒィィィー!! 受け止めきれへんデーーヒィッフウ!! ア゛ーハーア゛ァッハアァーー!!」



 加賀美政宗は「分かります。分かりますよ!」と雷門の背中をさする。

 「来年も再来年も、ずっと自分があなたを支えますよ」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「のぉ、55の。お主、協会から寮を紹介されたじゃろ? どがいしてワシの家に住むんじゃ。こんな老いぼれと住んでも面白いこたぁなーんもないで?」

「久坂剣友! 貴様に出会ってから、わたしの世界は始まった! ならば、恩人の最期を看取りたいと思うのはいけないことか!?」


 久坂は茹でたエビの殻を剥きながら、「やれやれ」とため息をついた。


「あののぉ、55の。お主にゃあ、なんちゅうか社交性が足りんのよのぉ。普通、じいさんにお前が死ぬとこ見届けちゃるで! って言うか? だいたいのじいさんは拗ねるで、そがいなこと言われたら」

「確かにそうかもしれん!! すまない、久坂剣友!!」


「まあ、ワシは家族もおらんしのぉ。葬式挙げてくれるヤツが1人くらいおっても、構わんっちゃあ構わんが」

「久坂……!!」


「まだワシ死ぬ気はないけどのぉ! 140歳まで生きるのが目標じゃけぇ! それまでにゃあ、お主に一般常識くらい授けてやれるで! ひょっひょっひょ!」

「時に久坂! このエビと言うものはここまで硬いのか!? 日本人はすごいな!!」


「お主にゃあ、まずエビの殻剥く事から教えにゃならんのか。本当に、長生きせんにゃあいけんのぉ」

「よく分からんが、確かにそうかもしれん!!」


 今年の大晦日はちょっと賑やかな久坂剣友の家である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 木原久光は現在、ロシアにいる。

 助手の福田が「芽衣の精神衛生を守り、楽しい年末年始を過ごさせたい」という南雲の要請を受けて仕掛けたトラップにまんまとハマり、さきほどピロシキを食べて再び『ダイナマイトジェット』で南下を始めたところである。


「うぉぉぉぉん! 福田ぁ!! 今年の紅白の録画しとけよぉぉぉ! 芽衣ちゃまと嵐の話するからよぉぉぉぉ!!」

『木原さん、嵐って活動休止しましたよ。今年は出ません』


「うぉぉぉぉぉん!! どうしてそうなるんだよぉぉぉ!! 待ってろよ、芽衣ちゃまぁぁぁ! おじ様がすぐに会いに行くからねぇぇぇぇ!!! 福田ぁ! 次はどっちだ!?」

『左手の方に曲がってください。あとは100キロほど道なりです』



 嘘である。木原の左手は北であり、そのまま行くと東シベリア海に出る。



 福田弘道は年末年始を返上して木原久光を誤誘導する。

 それでもそのうち野生の帰巣本能が働いて、日本に戻って来るだろう。


 その時に備えて、有給を消化する予定の福田。

 この2人には今年の年末もなければ来年の正月もない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ぶっこんでくんでぇ! よろしくぅ!!」

「屋払くん。バイクを噴かすのはヤメてくれるかい? 妻が怒るんだ」


 楠木監察官と奥さんの間には子供がいない。

 だが、夫婦仲は極めて良好である。


 1ヶ月に1回は怒られるが、それも仲の良い証拠である。


「楠木さん! すきやきの準備ができました! 全員、楠木さんの奥様に敬礼!」

「「「了!!」」」


 妻帯者の外崎隊員以外の潜伏機動部隊が今年の大晦日は楠木監察官の自宅に集合。

 昨年は任務に出ていたため、彼らには正月休みがなかった。

 その分、今年は労おうと言う監察官の計らいで、すきやきパーティーが執り行われる。


「皆さん、遠慮しないで食べて下さいね。この人、食が細いものですから。こうやって若い方たちにお料理食べてもらえるの、嬉しいのよぉ」


「ありがとうございます! おい、リャン。なんだそれ」

「春巻きです。実家の母が得意料理でして」


「分かる。ママの得意料理って覚えたくなるわよね」

「……青山さん、家ではお母さんの事、ママって言うんすね」


「ち、ちがっ! 違う! 今のはリャンに合わせただけで!」

「青山! オレも家では母ちゃんの事をマミーって呼んでっから! 気にしねぇで行こうぜ! よろしくぅ!!」


 屋払のバイクが唸り声をあげる。


 ちなみに、楠木監察官の家は山奥にあり、近隣に民家もないため誰も困らない。

 少しだけ不愉快そうな妻の笑顔に怯える楠木以外の迷惑にはならない。


 さらにちなむと、楠木監察官の家のすきやきは絶品だったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「はい、もしもし。南雲ですが」

『あ。南雲さんっすか? 自分っす』


 南雲はマンションで優雅にコーヒーを飲んでいた。

 独身貴族の特権である。


 実家に帰れば「そろそろ孫を見せろ」と両親がうるさいので、帰省するのは2年に1度。

 お取り寄せグルメで届いたフレンチおせちを摘まみながら、今年を振り返っていた。


「なんで家の電話に。もしかして、寂しいからうちに来たいとかそういう話?」

『や、自分これから彼女と一緒に初詣なんで! むしろ邪魔になるので連絡してこないでくださいっす!!』



「じゃあなんで電話して来たの!? って言うか君ぃ! 彼女いたのか!?」

『言ってなかったっすか? 日引春香さんと対抗戦のあとから交際してるっす!』



「言えよぉー! やーまーねぇー!! そう言われてみると、妙に五楼さんのとこに行くなと思ってたんだよ! なんだよぉ! オフィスラブしてんじゃないよぉー!!」

『そう言うと思って、自分から小粋なプレゼントを送っておいたっす! 是非、そっちも楽しんでくださいっす! では、生前はお世話になりました! 良い来世を!!』


 なにやら不吉な挨拶で電話を切った山根健斗Aランク探索員。

 彼の特技は暗躍である。


 南雲の家のインターフォンが鳴る。


「はいはい。どちら様で……」

「おい。南雲。貴様のところの山根が緊急だと言うから、ディスクを言付かって来たぞ。まったく、あいつは上官でも構わずに使いおって」


「ご、五楼さん……! ちょっと失礼します」


 ディスクをパソコンで起動させると「お楽しみはこれからっすね」と表示された。


「なんてことしてくれるんだ……。山根くん……」

「割と綺麗な部屋だな。コーヒーくらい馳走になろう」


 こうして監察官たちの1年も過ぎ去っていき、新年がやって来る。

 今だけは戦いを忘れて、ゆっくりして欲しいと願うばかりである。

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