第141話 監察官・久坂剣友の依頼 連絡の途絶えた異世界の調査

 久坂くさか剣友けんゆう。69歳。

 監察官兼、探索員協会本部司令官顧問。


 これまでに7度の上級監察官就任要請を受け、その全てを断っている。

 理由は「面倒くさいから」と言う、六駆と気が合いそうな好々爺こうこうや


 19歳で探索員になってから今年で50年。

 「ダンジョンの歴史は久坂剣友の歴史と共にある」と謳われる、実力と実績を兼ね備えた名将である。


 10年ほど前までは弟子を取ったりして、後進の教育にも協力的だったが、その中の1人である南雲修一が監察官になったのを機に「ワシ、もうええじゃろ?」と、それすらもパタリとヤメてしまった。


 現在の能力は未知数であるが、一説には「監察官で戦いにおいて最強は木原。監察官で戦いにおいて絶対に負けないのは久坂」とも言われ、未だに底の知れない実力を秘めているのは間違いない。



「す、すみません。久坂さん。ちょっと意味が分かりかねますが」

「修一。お主、隠し事が下手くそな上に、ワシを騙せると全然思うちょらんのにとりあえず取り繕うのはヤメんか。見よるこっちが恥ずかしいわい」


 南雲はすぐに観念した。

 ルベルバック戦争の際、現世の仕切りを任せた恩もある。

 何より、南雲は自分の師匠の人となりを信頼していた。


「分かりました。お話します」


 彼は語った。

 六駆が極めて高い実力を持っている事。

 それは自分をはるかに上回る事。

 ルベルバック戦争の立役者も彼だと言う事。


 ただ、「異世界転生周回者リピーター」についてだけは言葉を濁した。

 六駆の家族に累が及ぶことを避けるためである。



 そんな気を遣うほど大した家族じゃないと言う事を、今すぐ彼に伝えてあげたい。



 ひとまず、逆神流は六駆が編み出した事にした以外は真実を語った南雲。

 満足そうに首を縦に振った久坂。


「ほうじゃろう。この小僧、とんでもなくやりよるわ」

「いやいや、おじいちゃんも結構やりますよ! 本気出さないと負けるかも!!」

「逆神くん、黙って!!」


 六駆も先ほどのわずかなやり取りで久坂の強さの片りんを見抜いていた。

 「本気を出して相手をしなければならない」と彼が判断するのはよほどの事である。


「どうか、この件は久坂さんの胸の内に秘めておいて頂けますでしょうか。私は逆神くんたちに恩があります。義に背くなと教えて下さったのは久坂さんです」


「うん。ええよ。ワシ、陰口とか大嫌いじゃけぇ」

「おお! おじいちゃん、話が分かりますね!!」

「逆神くん、静かに!!!」


「陰口叩くくらいなら、館内放送で堂々と公表するわい! ひょっひょっひょ!」

「久坂さん、ヤメてください!! 山根くん! 2人にとびきりのコーヒーゼリーをお出しして!!」


 木原監察官の突然の襲撃をどうにかしのぎ切り、久坂監察官の後ろ盾を得る事にも成功した南雲。

 ずっとリアクション芸ばかりしているとお思いかもしれないが、この一連の流れで最も仕事をしたのが南雲修一監察官であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ようやく落ち着いた一同は、場所を南雲監察官室へと移していた。


「それで、久坂さん。私にご用でしたよね」


「いや、さっき言うたじゃろ。小僧に行かせるって。お主、人の話聞いちょらんのぉ。そんなんじゃモテんぞ。ええ歳なんじゃから、そろそろ結婚せぇよ、修一。昔からお主は奥手じゃったよのぉ。ほれ、同期の野中さんじゃったか? 好いちょったのにもたもたするから、薮田くんに取られてしもうて。あん時ゃ、ワシもがっかりしたのぉ。式のスピーチ原稿まで書いてたのに」


 南雲さん、本題と全然関係のない黒歴史の蓋を御開帳される。



「山根くん。コーヒーゼリー製造機で私をゼリーにしてくれ」

「南雲さん。正気失くすにしても限度ってものがありますよ。何言ってんですか」



 その間に、チーム莉子の乙女たちが「もっとその話、詳しく聞かせてください!!」と久坂に詰め寄り、結局じいさんによって、野中さんと両想いだったにも関わらず煮え切らない態度の南雲に愛想を尽かして彼女は薮田くんと結婚した話を最後まで語られた。


「ほっほっほ。ええ感じに場も温まって来たけぇ、本題に入ろうかのぉ。お嬢ちゃんがリーダーじゃったか。よう聞いちょってくれよ」


 莉子さん、久しぶりにまともな仕事が回って来たので、背筋を伸ばす。

 姿勢をよくしたのに体の凹凸に変化がない事に触れてはならない。


「はい! ちゃんとメモ取ります!!」

「ええのぉ。若い子は素直で。さて……。有栖ありすダンジョンってのがあるんじゃよ。F県の北部にの。で、そこはスカレグラーナと言う名の異世界に通じちょる」


 国の名前を聞いて、南雲が反応する。


「スカレグラーナですか!? 私がかつて和平交渉をした、あの?」

「そう。その、じゃ。言うちょるじゃろうが、お主に用があったと」


 スカレグラーナは、南雲がまだAランク探索員で、久坂の弟子だった時代に交渉を任された異世界。

 彼の地は農耕と牧畜が盛んで、科学技術の発展が乏しい代わりに良質のイドクロア原産国として非常に価値のある異世界と協会は認めており、現世が農耕具などの知恵を与える代償として、年に数回イドクロアの提供を受ける関係にあった。


「……はっ!? どうしてサーベイランスが稼働していないんだ!?」


「やーっぱり気付いちょらんかった。まあ、ルベルバックで忙しかったからのぉ。これは仕方なしとしてじゃ。修一には分かったみたいじゃが、改めて口に出しちょこう。スカレグラーナとの連絡が途絶えてから1カ月半が経つ。協会本部としては、同盟国の状況を探る必要があるっちゅう訳じゃ」


 久坂の要請はこうである。

 有栖ダンジョンの最深部へと到達し、スカレグラーナへ向かい、速やかに現地の状況を調査、報告せよ。

 何らかのトラブルが発生している場合は、可能な限り現場で対処するように。


「修一は監察官の仕事もあるし、本部でサポートさせて。そこの、山根に行かせようと思うて来たんじゃが、身軽な小僧たちの方が何かと都合が良かろうて」

「逆神くん! 今日来てくれてありがとー! いやー! 助かったー!!」


 山根Aランク探索員、本音がダダ漏れである。


「はい! 質問があります!!」

「うむ。小僧。言うてみぃ。分からん事は聞くのが一番じゃ」


「報酬は出ますか!! いくらですか!!」



「ちょ、ちょっと六駆くんってばぁ!! 失礼だよぉ!」

「そうだ! それでこそ小坂くん! もっとしっかり止めてくれ!!」



 六駆の不躾ぶしつけ極まる態度をいさめる莉子。

 莉子の応援を全力でこなす南雲。


「こりゃあまだ本部の正式な事案にしちょらんからのぉ。報酬は出んのじゃが、小僧のやる気が上がらんっちゅうのも分かる。ワシの財布からちぃと出しちゃろう。これでどうじゃ?」


 久坂は両手で2と0の形を作って見せる。


「ええー。20万ですか……。それなら、その辺でイドクロア狩ってた方が気楽で良いなぁ」

「小僧。年寄りの貯金を舐めちょるな? 200万じゃ。パーティーでなんてケチ臭い事ぁ言いやせん! 1人につき200万!」



「やります!!」

「ほうか! よし、決まりじゃのぉ!!」



 久坂と六駆の間で、固い握手が交わされた。

 逆神六駆のお金脳に欲望と言う名の栄養が供給される。


 ここから彼の知能が数段レベルアップしますが、仕様です。

 故障ではございませんので、ご安心ください。

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