第64話 監察官・南雲修一のチーム莉子観察記

 探索員協会本部。監察官室。


 監察官になると、本部の何部屋にも及ぶ巨大な区画を与えられ、自分の集めた優秀な人材に研究や調査の手伝いをさせる事ができる。

 8人いる監察官だが、熱心にダンジョンやイドクロアについて研究する者、実際にダンジョンに潜って調査する者、そもそも研究や調査に興味を示さない者、どうして監察官になったのか分からない者など、その様子はきっちり8通り存在する。


 南雲なぐも修一は研究、調査、そして開発と、実に熱心であった。

 これは監察官のあるべき姿とも考えられ、事実、彼は多くの研究成果で探索員協会の利益を生み出していた。


「うん。今日もコーヒーは実にかぐわしい。やはり、コーヒーがなければ心が落ち着かない。山根くん、君も飲むかね」

「はい。いただきます」


 彼は山根やまね健斗けんと

 29歳。Aランク探索員。

 2年前までは各地のダンジョンに潜る毎日を送っており、1度大型ダンジョンの攻略完遂を果たしている。

 残念ながら異世界とは通じていなかったが、その統率力を南雲は高く買い、現在は彼の右腕として南雲監察官室で働いている。


「さて。日須美ひすみダンジョンに仕掛けたサーベイランスの調子はどうかな」


 サーベイランスとは、南雲が開発した小型のダンジョン探索装置。

 煌気オーラを動力源にして長時間の運用を可能にした、自立して動く監視カメラのようなものである。


 耐久性は折り紙付きで、例えば莉子の『太刀風たちかぜ』程度ならば何発被弾しても故障しないと言う、南雲の自信作。

 今回はチーム莉子の調査のために日須美ダンジョンへ複数のサーベイランスを投入している。


「南雲さん。日須美ダンジョン第4層のサーベイランス、順調に稼働しております」

「よろしい。山根くん、モニターに出してくれるか」


 この機械の優れた点は、耐久性だけではない。

 ダンジョンの壁に張り付いて動くため、壁のイドクロアと同化し、探索員はもちろんモンスターにも発見されにくい。

 耐久性、隠密性に優れた、まさに調査専門の優秀なイドクロア加工物。


「モニター、出ます。日須美ダンジョン第4層。3機とも感度良好」

「よし。いいぞ。チーム莉子はいるか?」


 山根がすぐに端末を操作して、階層内をチェックする。

 日須美ダンジョンは第4層から一気に低ランク探索員の数が減るため、潜っているパーティーの中から目的の人物を探し出すのは容易。


「まだいないようです」

「ほう。日須美の事務所からダンジョンに入ったと報告があってもう2時間だが。まさか、第3層までで手こずっているのか?」


 それは違う。

 現在チーム莉子はまさに第3層にいるが、六駆が芽衣を鍛えるのに夢中なため、攻略速度が落ちていたのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから40分。

 南雲は辛抱強く待った。

 彼は釣りを趣味にしており、獲物が来るのを待つのは苦にならない。

 むしろ、待つ時間こそを楽しめる、何なら3時間でも4時間でも興奮しながら待てる精神構造をしていた。


 変態である。

 探索員にまともな人間が少なすぎるのではないだろうか。


「……あ! 来ました! チーム莉子です! あれ?」

「どうした?」


「資料には3人構成のパーティーだと記載されているのですが、4人います」

「ははあ。道中で優秀な人材でもスカウトしたのかもしれないな。メンバーの中に優れた目を持つ者がいれば、不思議な事ではない。探索員は皆、最初は低ランク。頭角を現す前に青田買いしようと言うのは実にクレバーな発想だ」


 南雲はチーム莉子の行動をひとまず肯定した。

 冷めたコーヒーを入れ直して、彼は山根に質問する。


「それで? どんな人物が加入している? ランクは?」

「照合します。げぇっ!? え、Fランクです!」


「何をそんなに驚く。Fランクだって優秀な者はいるだろう」

「いえ! それが! こ、この子は、その!」


「なんだ!? ハッキリ言え!」

木原きはら芽衣めい。木原芽衣です!」


「ぶふぅぅぅぅぅぅっ!!」


 熱々のコーヒーを鼻から噴き出す南雲。

 一般探索員にも芽衣の名前は売れているが、監察官になれば当然名前だけでどこの誰だかすぐに分かる。


「げほっ、げほっ。ま、まさか、木原監察官の姪御めいごさんか!? なんで!? 彼女は確か、才能はあるが性格に問題があるため、当分は低階層で訓練させると言う話だっただろう!? チーム莉子に加入してるのか!?」


 木原久光は、8人いる監察官の中で最も武闘派な探索員だと知られている。

 既に年齢は52歳になるにも関わらず、未だ衰え知らずで、特注の装備を片手にダンジョンへ潜り、強いモンスターとの闘いを生きがいとしていた。

 歴代最強の探索員との呼び声も高い、監察官の中でも生きる伝説のような男である。


「か、監察官!! ちょ、えっ!? 監察官!! 南雲さん!!」

「なんだ!? どうした!?」


「木原芽衣が、常人ではあり得ないスピードで、軽く引くくらいの速さで移動しています!」

「そんな訳があるか! 木原芽衣はまだ初級スキルを2つか3つしか覚えていないだろう!? 高速移動と言う事は、肉体強化か。もしくは煌気オーラを使用した機動性アップのスキルか。いずれにしても、Cランク程度の力がなければ習得できないものだぞ!?」


「それなら実際に見てください!! 自分は知りませんよ!!」


 それもそうだと、南雲、モニターを注視する。

 そこには、自信なさげな顔でへっぴり腰の木原芽衣が映っていた。


 メンタルが脆く、好戦的ではない。

 聞き及んでいた情報の通りで、南雲はホッと一息。

 山根くんを働かせすぎたかなと、部下の健康を心配しながらコーヒーをすすった。


 次の瞬間、木原芽衣がモニターから姿を消す。

 サーベイランスの故障かと思ったが、自分の開発したメカに限ってそれはないと断言できる南雲は『サーチアイ』という、煌気オーラによる視力の超強化スキルを使用。


 これで見逃すものはないはずだった。



「……木原監察官の姪後さん。なんかすごい速さで動いてるんだけど?」



 今度も絶対にコーヒーを吹き出すだろうと思っていたら、ダバダバと口の端から元気のないマーライオンのように黒い水を垂れ流す南雲。


 その放心状態が1分ほど続いたが、彼もその研究手腕を高く評価されて監察官になった男。

 すぐに冷静さを取り戻す。


「もしかすると、スキル能力の付与かもしれないぞ」

「南雲さん。お言葉ですけど、スキル付与なんて芸当はBランクでも出来る者は限られていますよ?」


「だが、この現象に理由を付けるとしたら、それしかないだろう。チーム莉子の中には、我々の想像以上の化け物が潜んでいるのかもしれない」


 南雲の考察はだいたい当たっていた。


 芽衣の『瞬動しゅんどう』は六駆のリングによるものであり、それはスキル付与と呼んでも問題ないかと思われた。

 また、その六駆こそが南雲の言う「想像以上の化け物」である。

 さすがは監察官。コーヒーを吹き出すリアクション要員ではなかった。


「とにかく、第4層でハッキリするだろう。なにせ、ここはアレが出るからな」


 南雲の不敵な笑みは、まだ辛うじて不敵な笑みとしての体裁を保っている。

 その顔が今後コーヒーまみれにならないで欲しいと願ってやまない。

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