第228話 敗北から得るもの 先鋒戦決着
土門佳純の『
小鳩はここまでの戦いで、一撃のパワーこそ土門に譲っていたものの、手数の多さとスピードでは優勢を保っていた。
それが、8つに分裂して1本の強度は変わらないどころか、鋼よりも硬くなったツインテールを相手にするとなると、これはかなり厳しい。
なお、8つに分裂したツインテールの呼び方については絶賛募集中である。
「この最終形態は主に首にかかる負担が大きいんです! 使用時間の限界は3分が精いっぱい!! それを超えると確実に首を痛めます!」
「なんて恐ろしいスキルですの……!! それほどまでに
多分、首を痛める理由は煌気の影響ではなく、単純な重さだと思われる。
『さあ! とんでもない事になって参りました! 土門Aランク探索員の髪がうねるー!! 8本の蛇がそれぞれ自律した動きを取ります! これは初見殺し!! と言うか、知っていても対応するのは至難かと思われます! そして絵面が恐ろしい!! 視聴者の皆様、心臓の弱い方は3分間ほどネコ動画などをご覧になられる事をお勧めいたします!!』
「山根くん。ネコ動画出して」
「すみません。僕も良いですか? ニョロニョロしたのって苦手で」
自軍の指揮官と最強の男が揃って『
もしかすると、六駆を倒すのは無理でも相当に苦戦させる事が出来る可能性を秘めているスキルがついに現れたのか。
「小鳩さん! 頑張ってください!! あっ、右と左と上から同時に攻撃が来ますよ!!」
「莉子ちゃんやー。そのアドバイス、むしろ混乱させると思うにゃー」
「……みみっ。芽衣には無理です。あんな大迫力のバトル、無理です。帰ります」
頼れる仲間が1人もいない塚地小鳩。
だが、彼女も重ねて来た研鑽の質ならば誰にだって引けは取らない。
「こうなったら、お師匠様のスキルを……! 久坂流槍術、アレンジ! ぐっ、くぅぅっ!! こんな痛み、わたくしにはご褒美ですわ!! 抜刀スキル! 『
小鳩は
あれは実体のない
長い得物の槍で同じように放とうとすれば、どうやっても大きな隙が生まれる。
実際に、小鳩は無防備な状態になり、土門の8股の蛇に対して完全なノーガード。
攻撃を全身に受け、白い鎧がボロボロになっていく。
だが、小鳩は耐えきって見せた。
彼女にとって、ダメージは苦痛ではない。
自分をさらなる高みに連れて行ってくれるボーナスステージである。
「だぁぁぁぁぁっ! はぁぁっ!!」
「きゃあああっ! な、なんてスキル……!! 私のツインテールが……!!」
『
これでお互いに最大のスキルを撃ち合った形となり、勝負は仕切り直しに。
——なるかと思われたが、次の瞬間。
小鳩の足元から伸びて来る鋼鉄のツインテールが、彼女を完璧に捉えた。
「えっ、しまっ!! ひゃああああっ!!」
『ああっとー!! 土門Aランク探索員、ツインテールの片方を地中に潜めて待ち構えていたぁ!! 不意を突かれた塚地Aランク探索員、これはひとたまりもない!! 大きく体が弾き飛ばされます!! これはどうにもならないかー!!』
日引の実況は常に正しい情報を伝えてくれる。
彼女の言うように、小鳩の体は武舞台の端へと吹き飛ばされた。
せめて槍をいつも通りに使っていれば、地面にそれを突き刺しリングアウトを免れたかもしれない。
だが、槍で抜刀スキルを使うと言う無茶をしていたため、それも叶わない。
「『
場外へと飛び出した小鳩の体を、壁に衝突する寸前で六駆が受け止めた。
バカな事をやっていても、ちゃんと戦局は見ていた最強の男。
頑張った孤高の乙女を労う。
「くっ……。申し訳ございませんわ。わたくし、大きなことを言っておきながら……!! これでは皆さまに顔向けできません!」
「何言ってるんですか。みんなの顔を見てあげてください」
チーム莉子の乙女たちは悲しい顔をしているだろうか。
そんなはずはない。
その事を誰もがよく知っている。
「小鳩さん、お疲れさまでした! すっごくカッコ良かったです!!」
「手に汗握ったいい戦いでしたにゃー。あとは2人に任せて、休みましょうぞなー」
「みみっ……! め、芽衣が小鳩さんの分まで……頑張るです!!」
「み、皆さん……! わたくしは、わたくし……!!」
「小鳩さん。頑張った時は泣いたり悔しがったりして良いんですよ?」
「おヤメになってくださいまし! お排泄物みたいなセリフを!! 屈辱ですわ!!」
「ええ……。僕にだけ冷たくないですか?」
小鳩は「支えてくださらなくて結構ですわ! 本当に余計な事をしてくださいましたわね! 時おり見せるジェントルマンなところ、ステキだと思ったりしていますわ!!」といつもの調子を取り戻して、自分の足で立ち上がる。
そこに差し伸べられる手があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
『先鋒戦、決着です! 土門Aランク探索員、辛くも塚地Aランク探索員を退けた!! そして歩み寄る勝者! 勝ち誇るのでしょうか!?』
『そんなワケがないだろう。日引、貴様は時々ノリで良くない発言をするな?』
土門が小鳩に対して握手を求める。
当たり前だが、戸惑いを隠しきれない小鳩。
彼女にとって、これが今年のファースト握手だからである。
もう12月なのに。
「塚地さん。あなたはとっても強かったわ。最後は反則みたいな攻撃で勝ってしまってごめんなさい。あなたが良ければなんだけど、これから、時々一緒にトレーニングしたり、お互いにスキルについて話し合ったりしませんか?」
小鳩は未だにどうしたら良いのか分からない。
久坂も差し出された握手への対応くらいは教えておいてやって欲しかった。
「小鳩さん、良かったじゃないですか! 友達になろうって言ってくれてますよ! 蛇頭さんが!!」
「えっ、あの、土門ですけど。変な名前で呼ばないでもらえる?」
「トモ……ダチ……?」
「小鳩さん、気をしっかり持って!! すごい! 僕よりもダメになる人って久しぶりに見るや!!」
小鳩の背中を支えながら、彼女の右手を差し出させる六駆。
塚地小鳩、男にいいように操られるものの、反論する余裕はない。
『これは爽やかです! 死力を尽くした両名が今! その手で友情を誓い合うー!! もう相手を傷つける手はそこにない! あるのは相手を慈しむための手だけです!!』
『いやぁ、名実況ですなぁ! ボクぁ感動しましたよ! ねぇ、五楼上級監察官!』
『痴れ者!! 日引は対抗戦の2ヶ月前から全ての仕事をキャンセルして発声練習と良い感じのセリフのメモしかしなくなるのだぞ! うちのエースの1人なのにだ!!』
『ひ、ひぇぇぇ。心中お察ししますが、何と言う迫力……! 南雲さんだったら確実にコーヒー噴いていますよ……』
塚地小鳩は敗北した。
だが、彼女にとってこの負けは得るものの方がはるかに大きい負けになったはずである。
これまで本当の負けを知らずに育って来た小鳩は、これから更なる飛躍を見せるだろう。
力強くその翼を再び羽ばたかせる時は、きっとすぐに訪れる。
「木原くん! 頑張れ、頑張れ!! こうなったらもうヤケだ! 逆神くんがどうせむちゃくちゃするんだから、その前に少しでもインパクトを残してきてくれ! 増えても良いぞ!! むしろ増えて君のファンで熱狂を生み出すんだ!!」
「みっ……みみみみみっ! やってやるです! 芽衣だって、やってやるです!!」
南雲の目論見は早くも崩れ去り、六駆がウォーミングアップを始める。
芽衣が負ければ軽傷で済むのだが、南雲はそんな風に無粋な事を言わない。
常識と良識の持ち主である彼は、頑張る少女を応援しようと誓う。
南雲修一。彼の胃痛との孤独な戦いの幕が切って落とされた瞬間だった。
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