第42話 記録石をどうにかできる技師を探せ ミンスティラリア東の平原へ

 その晩、魔王城のフカフカしたベッドでチーム莉子は熟睡していた。

 莉子とクララは、ファニコラがどうしても一緒に寝ると言ってきかなかったので、魔王の寝室で眠りについている。


 莉子は緊張してしばらく寝付けなかったが、ダンジョン攻略開始から既に12時間が経っており、疲労感には抗えず気付けば夢の中。


 クララはファニコラの抱き枕コレクションを1つ借りて、割とすぐにぐっすり。

 彼女はダンジョンで野営をした経験が何度かあり、それに比べれば異世界の魔王と言う名の女児と一緒の布団で寝ろと言うミッションは、むしろボーナスステージのようなものだった。


 その頃、六駆はダズモンガーと一緒に、魔王城の工房にいた。


「ごめんね、ダズモンガーくん。夜遅くまで付き合わせて」

「何を申されるか! 吾輩、1度は六駆殿に初めてまみえた時、次に人族との全面戦争の時。2度も命を救ってもらいますれば、この程度!」


「魔技師と魔術師のみなさんも、ごめんなさいね。僕の都合で残業させて」


「とんでもないです!」

「我ら、ミンスティラリアの英雄様と会話ができるだけで嬉しゅうございます!」

「明日、家族に自慢してやりますよ!!」


 ミンスティラリアにおいて、その知名度と支持率の高さは現世の比ではない六駆。

 普段の六駆おじさんを見ている諸君からすれば違和感しかないだろう。

 こればかりは慣れて頂くしかない。


「これが問題の記録石なんですけどね。誰か、仕組み分かる人います? 僕は戦うのが専門なので、この手の技術関係はサッパリなんですよ」


 六駆は、莉子とクララが寝ている間に記録石がどうにかできないかと考え、ダズモンガーに頼み、城内でも腕利きの精鋭を集めて会議をしていた。


 彼は別に5年や10年こっちにいても何の問題もないし、むしろ父親と祖父の面倒を見ないでせいせいするまであるが、莉子とクララは違う。


 彼女たちには生活があり、親がいて、友達がいて、ああ失礼、クララには友達はいないが、とにかく生活の全てが現世にあるのだ。

 1週間そこらならば、ちょっとした非日常体験で事は済むが、1ヶ月、悪ければもっと長く、1年や2年こちらで過ごせば、10代の乙女の精神にどれだけの負荷がかかるか、その程度の事は少し想像力を働かせたらば自明の理。


 六駆おじさん、珍しく年長者として若者をおもんぱかっていた。


「ううむ。これは魔術では介入できそうにありませんぞ。ワシは魔王城で魔具を作り200年になりまするが、かろうじて構造が理解できるくらいです」


 老技師は語る。

 記録石の中には高密度のエネルギーが絶えず循環しており、持ち主のエネルギーの高まりによって内部に記録を刻む作りであろうと。


 エネルギーとは煌気オーラの事であり、内部の記録媒体はイドクロアを加工したものである。

 一目でそれを看破した老技師の目は確かであった。


 ならば、魔法によるアプローチはどうか。

 六駆は魔王軍の魔術師団の精鋭として連れて来られた2人に質問する。


「魔法でバグらせる事はできませんか? なんか良い感じに壊れてくれれば、こんなもん不良品寄越した方が悪いじゃねぇか! といちゃもん付けられるんですが」


「では、試してみましょう。むうっ。『サンダーボルト』!」


 魔術師の放った雷を完全に弾く記録石。


「これは参りましたな。実に頑丈にできております。出力を高めてみてもいいですが、そうなると装置そのものを完全に破壊してしまうかもしれません」


 やっぱりそうなるかとため息をついた六駆だが、それほど落胆はしていなかった。

 探索員の装備は、アームガードのように効率の悪さはあれど、技術そのものは異世界のものと比べても遜色ない仕様になっている。


 異世界の素材を使ってわずか50と余年でここまで革新的な道具を生み出して来た探索員協会の事を、六駆もそれなりに評価していた。


「分かりました。すみませんね、遅くまで。今日は解散にしましょう」

「お役に立てず申し訳ない、六駆殿。吾輩も朝まで策を考えてみますゆえ、お休みになられてください」


 ダズモンガーに「無理しないでね」と言って、六駆も眠る事にした。

 体はともかく、頭を結構使ったので、おっさん脳には休息が必要だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「六駆くん! 起きなよぉ! もぉ、いつまで寝てるの!!」

「んが。ああ、莉子か。可愛い子に起こしてもらえると、朝が華やかでいいねぇ」


「か、可愛いかなぁ? もぉ、珍しいね、六駆くんがそんな事言ってくれるのって」

「何言ってるの。莉子は可愛いよ? 本当に、娘みたいに思ってる!」



「……わたし、なんだかぬか喜びをした気がするよ」



 六駆の言葉にときめいてしまった莉子さん。

 彼女にしては不覚と言っても差し支えない失態。

 やはり、環境の変化に心がついて行けず、精神的に不安定なのかもしれない。


「ファニちゃんとダズモンガーさんが呼んでるよ。って言うかもうお昼だよ! 六駆くん、寝すぎ!」

「んー。2人が僕を呼ぶって事は、吉報かな? よし、行ってみよう」


 六駆は寝間着のまま謁見の間へと向かう。

 もちろん莉子は装備に着替えている。

 礼儀正しいリーダーを褒めるべきなのか、グダグダな六駆を叱るべきなのか。


「どうも、おはようございます。ごめんね、待たせて」


「おお! 六駆殿! 良いのじゃ! 今、クララとダズモンガーと近衛兵で麻雀をしていたのじゃ! わらわは楽しいぞ!」

「やー。まさか異世界に麻雀があるとは思わなかったよー。あ、ダズモンガーさん、それロン」


 言うまでもないかもしれないが、ミンスティラリアに麻雀を普及させたのは、六駆である。

 「お金を賭けると盛り上がるよ!」と、悪魔の囁きも忘れなかった。


「六駆殿! 朗報とまでは申しませぬが、お知らせしたい事がございまして! お眠りを妨げました事、お許し下され!」

「いいよ、ダズモンガーくん。君こそ、あんまり寝てないんじゃないの? 目が赤いじゃないか」


「ぐーはっはっ! 吾輩の目は元から赤でございますぞ!」

「ああ、そうだった! あっはっは!!」


 親戚の家に来たおっさんのように魔王城に馴染んでいる六駆と、ぼっちのくせに驚異的な適応力を見せているクララを眺めながら、莉子は「わたしがしっかりしなくちゃ!」と、小さな拳を胸の前でギュッと握りしめていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「なるほど。異界の研究をしている魔技師ねぇ」


 ダズモンガーが、知り合いに、時折出現する異界との門をわざわざくぐって探検に出掛ける物好きがいると語った。

 異界の門をくぐった先には、間違いなく現世に続くダンジョンがあるだろう。


 もしかしたら、現世の探索員が放置した装備などを収拾しているかもしれない。


「行ってみる価値はありそうだね。どうする、莉子?」

「迷ったらやってみようだよ! 行ってみよー!!」


 チーム莉子の異世界探索が始まる。

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