第453話 【五楼隊その4】悲運の戦士・阿久津浄汰、今回も地獄に召喚される。もう過去の罪は許してあげて欲しい。 ルブリアダンジョン第30層

 五楼京華上級監察官は定時連絡を行っていた。


「そうか。やはり南雲隊が陽動部隊の任を担うことになったか」

『はい。南雲隊はもう1時間前に異界の門を通過し、異世界へと突入しました。まだ敵との遭遇はしていないようですが、状況的に考えて既に敵に捕捉されている可能性は極めて高いと思われます』


 日引春香オペレーターの正確な報告を聞いて、五楼は異世界で奮戦する南雲修一の事を考える。

 が、感傷に浸るのはほんの数秒。

 すぐに彼女は「己の使命を全うする」と前を向く。


「現在、第30層まで攻略しているが、私たちの進行ルートに相変わらず煌気オーラ反応はあるか?」

『はい。かなり接近したため、確実な情報をお出しすることが出来るようになりました。極めて強い煌気オーラ反応は、やはりウォーロストに収監されていた、元アトミルカナンバー3。ロブ・ヘムリッツです。それ以外に機械のモンスターの反応が10を超えて確認済み。かなりの大規模編成で待ち構えているようです』


 五楼は「分かった」と短く答えて、その大規模な歓迎を担当する男をチラリと見た。


「おっ、なんだよ京華ちゃん! 今、オレの事見てた!? おいおいおーい! 困るってぇ! オレには嫁さんがいるんだぜぇー!? でも、一夜の過ちならば、ふひひ!!」


 視線をサーベイランスに戻して、五楼京華は大きく息を吐いた。



「日引。聞いてくれ。私は初めて、判断を間違えようとしている気がしてならん。止めるなら今だぞ。大惨事が起きても知らんぞ」

『お、落ち着いてください、五楼さん! 大吾さんだって策があると言うお話ですし! きっと大丈夫ですよ!!』



 これほど根拠のない「大丈夫」は滅多にお目に掛かれないだろう。

 しつこいようだが、今回の作戦はアトミルカ殲滅が目的の大規模侵攻である。


 失敗は許されない。


「おっ! 見てくれよ、屋払くん! でっけぇ鼻くそ取れた! 見て、これ!! デカくね!? ちょっとオレ、写真撮って嫁さんに送るわ!!」

「大吾さんから大物の香りとくそ雑魚の匂いの両方を感じるんで、よろしくぅ。この落ち着きっぷりだけはガチのマジなんで、よろしくぅ」


 繰り返すが、失敗は許されないのだ。


 よって、五楼が動くのも必然であった。

 彼女は煌気オーラ刀を具現化させ、大吾の鼻先に突き付けた。


「おい、痴れ者。いい加減、貴様の策とやらを話せ。これ以上の階層を進めば敵が何を仕掛けてくるか分からん。貴様に背を預けるのは不安が過ぎる」

「やだなぁ、京華ちゃん! ビビりなところは昔から全然変わってねぇんだから!!」



「くっ! 離せ、青山!! やはりこの痴れ者はここで斬る!!」

「だ、ダメですよ!! 私、五楼さんの事を尊敬しているんです!! あなたを犯罪者にしたくありません!!」



 大吾もいい加減もったいぶるのに飽きたのか、「そんじゃね、種明かししますんでね!」と言って、立ち上がった。

 続けて、地面に手をついて煌気を込める。


「おらぁぁ!! 『ゲート』!!」


「……貴様は、この犬小屋の入り口よりも小さい門から何を出すつもりだ?」

「へへっ。慌てんなって! ここで親父から預かってた【黄箱きばこ】を解放!! 『大魔陣だいまじん』!!」


 【黄箱きばこ】から飛び出した煙を吐く香炉は、煌気オーラ力場を構築し『ゲート』に干渉した。

 いつも小窓サイズの大吾の『ゲート』が、六駆の使うそれと同じサイズに成長していく。


「おっしゃあ! 成功したぜ!! 実はよ、強力な助っ人を用意してたんだわ!! おっぱい男爵に許可もらって!! そんじゃ、おいでませー!!」


 門の中から、1人の男が現れた。

 その男はまず大吾の顔を見て「くははっ。冗談がキツいぜ」と天を仰いだ。


「これぞ、オレ様の秘策!! あっくん召喚だ!!」

「ちっ。川端の野郎……。確かに俺ぁよ、作戦に参加するとは言ったぜぇ? だが、なんでここに逆神の親父がいるんだよ。おかしいよなぁ?」


 臨時探索員協力者の肩書で、重大スキル犯罪者の身でありながら自由を得るために戦うことを許可されている戦士。

 その名は阿久津浄汰。


 彼は「刑期減らせるってんならよぉ、乗らねぇ手はねぇよなぁ?」と、今回の作戦行動に協力する旨を表明していたが、その配属先が逆神大吾のところだとは聞いていなかった。

 今のところ、この作戦で最も大きなハズレくじを引いた男である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 阿久津に青山仁香Aランク探索員と和泉元春Sランク探索員が現状を説明し、頭の切れる彼はすぐに絶望的な現状を把握、理解した。

 その上で、絶対に譲れないものを確認する。


「上級監察官様よぉ? こんなリスキー過ぎる作戦に関わらせるってんならよぉ。さすがに刑期の大幅減を期待しても良いんだろうなぁ?」

「……本来ならば、貴様の罪は長い時間をかけて償われるべきものだ。……しかし」


「あぁ?」

「しかし! この痴れ者と共に敵の幹部と戦えと言うのは、いくらなんでも酷だと私も思わないでもない。阿久津。約束しよう。貴様の減刑は、この五楼京華の名をもって確実に行うことを。何なら、この場で書面を作らせても良い」



「……いや。その言葉だけで充分だぜぇ。あんた、相当な苦労してんな? この親父絡みでよぉ?」

「まさか、犯罪者に同情される日が来ようとはな。だが、否定はできん」



 五楼京華と阿久津浄汰が何だか分かりあった瞬間であった。


 それから、敵の情報を全て阿久津に開示する。

 彼はサーベイランスに表示される数字の1桁、文章の1文字も残さず全て脳にインプットしていく。


 逆神大吾とタッグを組んで戦うということは「頼れるのは己のみ」という事実。

 彼はそれをカルケルの作戦で身をもって学んでいた。


「あぁ、ダメだな。上級監察官様よぉ。いくらなんでもこれじゃあ話になんねぇ」

「それはこちらも承知している。何が望みだ」


「せめて、もう1人。支援に特化した使い手が欲しい。それでも五分五分ってとこだがよぉ。まあ、親父と俺だけでのこのこ出て行ったら100万パーセント殺されることを考えりゃあ大分マシにはなるんだよなぁ」



「げふぁっ!!」

「い、和泉さぁぁん!! しっかりしてくれ、よろしくぅ!!」



 和泉正春Sランク探索員。

 必要とされている人材に自分が完全にズバピタであると悟り、ついでに死期も悟り、体が先んじて拒絶反応を示した。


「……和泉。言いにくいのだがな」

「……いえ、五楼上級監察官。小生は作戦に出る度、遺言状をしたためる事にしております。どうやら、今回はそれが役に立ってしまいそうです。このような病弱の身でありながら、幾度となく活躍の場を与えてくださった協会本部には感謝しております……ごふっ」


 和泉が死を覚悟した戦士の顔になった。

 五楼はそれ以上何も言わなかった。


 かける言葉が見つからなかったのかもしれない。


「おっしゃあ! そんじゃ、行こうぜ! あっくん! 和泉さんよぉ! オレら、逆神大吾部隊の本気、アトミルカに見せつけてやんぜ!!」


「和泉さんって言ったかぁ? 悪ぃな。俺の勝手で霊柩車の予約させちまってよぉ」

「こうなれば、この身をあなた方に捧げましょう。阿久津さん、死ぬときは一緒でげふっ」


 こうして、特攻隊の選任が完了。

 五楼京華上級監察官は、かつてこれほどまでに進軍を指示することを心苦しく感じたことはなかったと言う。


 だが、彼女はプロフェッショナル。

 大義のためならば、部下の命を踏みつけてでも進まなければならない。


「……行くぞ! 異界の門に到着後、屋払、青山の両名は私に続け! 強行突破する!!」


 五楼隊のクライマックスがすぐそこまで迫っていた。

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