第120話 指揮官殺し・犬伏雪香、忍び寄る

 皇宮では、阿久津がため息をついていた。


「かぁーっ。白馬の野郎、つっかえねぇなぁー。せめて要塞くらいは相討ちで破壊するくれぇの気概は見せろよ。あいつ、探索員やってた頃から詰めが甘ぇんだよ。なぁ、犬伏いぬぶせよぉ?」


「きゃはは! それある! 白馬、本番に弱いから! だから結局前衛で防御ばっかやらされてたんだしー!」


 阿久津の秘密道具はまだまだある。

 その1つを取り出して、犬伏に囁く。


「なぁ、犬伏。いや、雪香よぉ? お前はいつも俺の期待に応えてくれたよなぁ? どうだぁ? 南雲の首、獲れそうか?」

「あーしだったら余裕だけど? けど、いいの? 南雲は人質にするんじゃなかった?」


 阿久津は「くははっ」と笑って、白い歯を見せる。


「そのつもりだったんだけどよぉ。まあ、南雲の生首ライブ配信でもしてやれば、現世からまた別の監察官なり、Sランクが来るだろ。そいつを人質にすりゃあいい。手間と時間が余計に増えるが、ゲームってのは時にゃあ時間効率犠牲にするもんよ」


「浄汰、あったまいいー! んじゃ、あーしがサクッと狩って来てあげる!」

「おう。期待してるぜぇ? これ持ってけよ。お前専用の装備だ。『透過外殻ステルスミガリア』ってんだ。お前の戦法によく似合うと思うぜぇ?」


 犬伏は上機嫌で装備を受け取り、阿久津に投げキスをして皇宮を発った。

 目的地はもちろんアタック・オン・リコ。


 2年間のルベルバック生活で犬伏に付けられた二つ名は「指揮官殺し」である。

 ルベルバック軍を制圧して行く阿久津一党の中でも、特に良い働きを見せた。


 かつて反乱軍に奇襲を仕掛けた猿渡は、決闘スタイルを得意としており、タイマン勝負に優れていた。

 対して、犬伏は「要人の暗殺」にのみ特化した戦闘をこなす。


「くはははっ! 女ってのは便利だねぇ! あめぇ言葉囁いてやりゃあ簡単に動く!!」


 そして、お察しの通り、犬伏は阿久津に惚れていた。

 戦争に恋慕の情はご法度。


 ただし、有効活用できる場合は可とする。

 これが阿久津のやり方だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、アタック・オン・リコでは。


「南雲さん! 南雲さん! 南雲さん! 南雲さん! 南雲さん!」

「聞こえているよ! ヤメてくれないか!? そうやって機械のような声で私の名前を連呼するのは! ペッパーくんに呪いの言葉を囁かれている気分になってくる!!」


「いや、だって南雲さん! 北門のみんなは満身創痍なんでしょう? 本陣の魔王軍のみんなも傷は癒えたけど煌気オーラが空っぽ。これはもう、僕の出番ですよね!?」


 南雲としては、六駆の出番などないに越したことはないのだ。

 このまま適当に誤魔化し続けて、戦場の貴重なヒーラーになってくれれば最良。


「待ちなさいよ。ほら、見てごらん。帝都の南門から私たちが立っているこのアタック・オン・リコまでの道筋を」

「敵が1人もいませんね!!」


「そうだとも。つまり、もう敵陣営にも余力がないと言う事だ」

「と言う事は!?」


「君が出るまでもなく、キャンポム隊を突入させれば帝都が制圧できるのだよ」

「それは甘くないですか? 阿久津くんの実力は未知数ですし、犬なんとかさんもまだ健在。その上、ルベルバック軍の将軍もどこかにいるんですよね? 普通に考えたら、ここは順番に敵を潰していくのが得策ですよ」



「正論を突きつけて来るのもヤメてもらえないか?」

「南雲さん。正論なんて相手に突きつける以外に使い道なんてないんですよ」



 こうなったら、自分が打って出るか。

 南雲は少し前から考えていた。


 現場の指揮は魔王軍の参謀ポジションであるシミリートに譲っても問題ないと確信していたし、阿久津と犬伏を同時に相手して負けない自信もある。

 とにかく、問題は1点のみ。


 六駆くんを放置して出かけるのが怖い。


 心境的には、ガスコンロに天ぷら油の入った鍋を乗せて、ついでに家の鍵もかけずにコンビニまで出かけるような気持ちである。



 帰ってきたら高確率で家が燃えているだろう。



 ならば天ぷら油をしまって、ガスの元栓を締めれば良い。

 無茶を言うな。それができればとうにやっている。南雲は叫びたかった。


 表面張力でこぼれるのを耐えている天ぷら油を下手に刺激すれば、そのまま火災に発展するのは自明の理。

 慎重で石橋は叩きまくって渡るタイプの南雲は、そのようなリスクを取ったりはしない。


「六駆殿! 南雲殿も! 食事になさいませぬか! スープを作りましたぞ!!」

「ホントに!? ダズモンガーくん、気が利くなぁ! お腹空いてたんだよね!!」


 天ぷら油がご飯に誘われて、ほいほいとついて行く。

 ちなみに、ダズモンガーは現在何の役職にも就けていないため、炊き出し部隊を編成して指揮を執る事で自分の存在感をアピールしていた。


 魔王軍親衛隊長の名前が泣いている。


「南雲さん! とりあえず腹ごしらえしましょうよ! 話はその後で!! 食後のお楽しみってことで!! そういうことで!!! ね、南雲さん!!!」

「ああ。分かった。……その嫌なデザートは出さないで欲しいな」


 莉子たちも呼んで、反乱軍は1度休憩を取る。

 もちろん、休憩とは言え警戒状態は維持されている。


 監察官室の山根がサーベイランスを運用して、周囲の全方位を監視中。

 どんな煌気オーラも見落とすはずがない。


 通常であれば、そのはずだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 『透過外殻ステルスミガリア』を発動させた犬伏は、身体強化のスキルで速度を上げて、既にアタック・オン・リコの目前まで迫っていた。

 彼女に阿久津が与えた『透過外殻ステルスミガリア』は、装備者の姿はもちろん、煌気オーラ。さらには、足音や衣擦れの音までもまるでなかった事のようにしてしまう代物。


 元から暗殺に特化している犬伏にとって、この上ない装備だった。


 アタック・オン・リコの周囲には魔王軍の兵が何百人も見張りに立っているが、誰一人として犬伏の存在に気付けない。

 そうやって警戒網を素通りした彼女は、ついに食事をとっている反乱軍主要メンバーのすぐそばまで接近する。


 煌気オーラ感知が苦手な六駆をはじめ、監察官室のサーベイランス、そして暗殺対象の南雲ですら、その凶悪な眼差しに気付けない。


 「超余裕なんだけど」と犬伏は腕を刃物に変えるスキル『イビルスパーダ』で曲刀を作り出し、静かに南雲の首筋目掛けて振り下ろす。


「ふんっ。なんですか、あなた。食事中ですよ? マナーがなってないなぁ!」

「なっ!? このガキ!! どうやってあーしに気付いた!?」


 凶刃を受け止めたのは、六駆が煌気オーラを込めたスプーン。

 ガキンと言う金属音が響き、全員が彼を見る。


 そこには、刃物になった犬伏の右腕だけが六駆の煌気オーラに当てられて視認できるようになっていた。


「すまないね、逆神くん。私が動いても良かったのだが」

「いえいえ。だって、ターゲットの南雲さんが動いたらバレちゃうじゃないですか」


「こ、こいつら! 視力強化でもしてんの!?」



「あ、いえ。見えてから防いだだけですけど」

「それは逆神くんだけだ。私は気付いていたよ。煌気オーラ感知は得意なんだ」



 反乱軍の双璧は、暗殺などでは倒せない。

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