第62話 逆神六駆に間違えて憧れてしまった木原芽衣 チーム莉子に不幸体質な新人加わる

 木原きはら芽衣めい。彼女はネガティブな思考の持ち主だった。

 容姿に恵まれながらも周囲にやっかまれ、伯父が有名であるがゆえにまた周囲から妬まれる。

 幼少期からその繰り返しの日々を過ごしていた彼女は、物事をネガティブに考えることで心の平穏を保つようになっていた。


 いつしか彼女を取り巻く者たちも芽衣の事を避けるようになり、それが普通の日常と割り切る諦めの良さが自分の武器だと感じるようになったのは、中学校に進学した頃だったと言う。


「芽衣ちゃん! 大丈夫、怖くないよ!? とりあえず、このリング指にはめてごらん? 悪いようにはしないから! ね、ここは勢いで、グッと!! ねっ!!」


 そして、ここに「監察官の身内? ああ、そうなんだ! それで!?」と、芽衣の境遇にまったく興味を示さない男が出現した。

 これは、彼女にとって事件だった。


「や、あの。芽衣に関わっても良いことなんかないです。ヤメた方がいいです」

「そうなんだ! じゃあ、とりあえずリングはめてくれる!?」


 普通、ネガティブに誘いを断れば、相手は気を悪くして去って行く。

 そう、それが普通なのだ。芽衣にとっても。一般社会でも。


 ただし、おっさんは例外である。


 おっさんの突破力を舐めてはいけない。

 彼らは「これ!」と目標を定めると、時としてラグビー日本代表と見まごうようなスピードとパワーをもってして、相手の事情を無視したのちトライを決めにかかる。


「え。あ。……芽衣は監察官のめいですよ?」

「ああ! 芽衣ちゃんって姪なんだ! ははは! 面白いなぁ!!」


「あの。嫌じゃないです? 芽衣に何かあったら、責任を取らされるかもです。とんでもないご迷惑をおかけするかもです」

「要するに、芽衣ちゃんに何もなければ良いんでしょう? じゃあ、問題ないじゃん!!」


 芽衣にとって、ここまで話が噛み合わない相手は初めてだった。

 同時に、何故だかそんな六駆とのやり取りが、少しだけ楽しいと感じている自分に気付く。


「ふふっ。逆神さんはおかしな人です。絶対に変です」


 初めて笑った芽衣を見て、六駆おじさんのストッパーが外れる。

 おっさんは自分の話で若い子が笑うと、それだけで幸せになれるのだ。

 なんと安い生き物だろう。



「いや、実は僕ね、異世界周回者リピーターなの! 若く見えるかもしれないけど、結構いい年してるのよ、これが! いやー、参った、参った痛い痛い!!」

「六駆くーん? わたしは少し怒ってるよ? どうして言う事が聞けないのかなぁ?」



 莉子の言いつけをほとんど完璧に破って見せた六駆。

 さすがに清らかな心の乙女も、苛立ちを隠せない。


「……はあ。もうダメだぁ。芽衣ちゃんも、何かおかしいって感じてるみたいだし。仕方ないから六駆くん、話していいよ。秘密」

「なるほどー。中途半端に情報漏らして変な猜疑心さいぎしんを抱かれるより、いっそ洗いざらい白状して芽衣ちゃんの反応を見る高度な判断だにゃー」


「なんかよく分からないけど、莉子のお許しが出たよ! ええとね、何から話そうかな? そうそう、莉子は僕の弟子なんだけど、師匠に対するリスペクトがねー」


 莉子はすぐに察した。

 おっさんの「話のわき道に入ったきり帰って来なくなる」スキル発動の気配を。


「もぉ! 六駆くんは空気椅子でもやってて! わたしが話すから! あのね、芽衣ちゃん。冗談みたいなお話なんだけど、これは全部本当の事でね……」


 莉子は話した。

 まだ少ししか接していないけれど、芽衣は卑屈なだけで心根は真っ直ぐな女の子だと感じた自分の直感を信じて。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「えっと。あの。つまり、3人はちょっと前に異世界に行かれていたのです?」

「うん。そだよー。ミンスティラリアっていうところだにゃ! 獣人と人が住んでる世界でね! 魔王軍の方が良い人たちだったの! あと麻雀が流行ってた!」


「……でも、小坂さんの言う事が全部本当だったら、逆神さんと小坂さんはSランク探索員ってことになるですよね?」

「うっ! そ、そこは、そのぉ。内密にしてもらえると助かるなー? だって、独自スキルを持ってるなんてバレたら、大変なことになるんでしょ?」


 芽衣は少し考えて、言葉を選んで答えた。


「多分、監察官にもよると思うですけど、人によっては実験と称して拷問みたいな事をすると思うです。と言うか、最悪の場合、この世から消されるかもです」



「え゛っ!? そ、そこまでの事態になるの!? う、ウソぉ……」



 繰り返すが、芽衣の思考は基本的にネガティブ。

 考えられる最悪のパターンを想定して物事を考える。


 これは、割と楽観的な思考の持ち主である莉子に大ダメージを与えていた。


「芽衣ちゃん、証拠を見せようか? 何にしようかなー。あんまり派手だと莉子に怒られるし。よし、重力系のスキルにしよう! この石を見ててね! 『重荷陣グラビダス』!!」


 六駆が放り投げた石にスキルが襲い掛かると、女子の手の平に収まるサイズの小石が鉄球のように落下して、そのままどんどんと沈んでいく。


 芽衣もさすがに目を丸くして驚いた。


「あ。えっ。ほ、ホントに独自スキルを……? 逆神流ってこんなにすごいです!?」


 莉子とクララはやれやれと両手を挙げた。


「芽衣ちゃん、芽衣ちゃん。こんなもんじゃないんだよにゃー。六駆くん、ミンスティラリアで数千人の魔術師を一瞬で全滅させてたからねー」

「異世界の人工的に作られた竜をスキル一発で吹き飛ばしたりもしたよぉ」


「あ! 良かったら見せようか!? 『大竜砲ドラグーン』とか!」



「「ヤメて!!」」



 莉子とクララが六駆のたちの悪さに辟易へきえきしている一方で、芽衣は何故か彼に尊敬の眼差しを向けていた。

 「もしかしたら、ただのアイドル扱いの自分にも人並みの戦闘力を身に付けられるかもしれない」という事実は、彼女にとって希望の光以外の何物でもなかった。


「あの! 小坂さん、椎名さん、逆神さん! 芽衣、絶対に皆さんのお話、秘密にするです! だから、だから芽衣を! 芽衣にも修行をつけてくださいです!!」


「ええ……。め、芽衣ちゃん? 本気かなぁ?」

「うへぇー。これは予想外の展開だにゃー」


 まさか、六駆の面倒くさい部分をしっかりと見た上で師事しようという変わり者がこの世に存在したことを信じられない2人。

 莉子だって六駆を師事しているじゃないかと諸君はお考えかもしれないが、彼女の場合はそれしか手段がなかったので、やむを得ずという側面が強い。


「はい! 話は決まったね! 芽衣ちゃん! ようこそチーム莉子へ! 僕の修行は厳しいから、覚悟するようにね!!」


「が、頑張るです! よろしくお願いしますです!!」


 こうして、逆神六駆被害者の会に自ら飛び込んで来た、木原芽衣。

 本人がやる気となれば、莉子もクララも口は挟めない。


 とりあえず「芽衣ちゃん、素直でいい子だなぁ」と、六駆を尊敬する異常な価値観からは目を逸らして、新人を歓迎するチーム莉子のお姉さんたちだった。

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