第400話 異世界・ウォーロストから脱出せよ! ~昨日の敵と今日の敵~

 南雲たちがドノティダンジョンの第11層に到着する、約15分前。

 カルケル第11層にいたアトミルカたちにも動きがあった。


「2番様。豚柳くんの煌気回復、完了しました」

「時間がかかったな。30分もこの豚のために時を費やしたのか」


「それが、豚柳くんはこの脂肪属性とか言う気味の悪いスキルを使うせいで、とんでもない量の煌気オーラを蓄える容量があったようでして。本人も気付いていなかったみたいなのですが、容量一杯まで煌気オーラを詰め込んでいたら、このような事に」


「ふ、ふぎっ、ふぎぃぃ! なんだか力がみなぎって来ますねぇ!!」


 下柳則夫。

 彼の煌気オーラ総量はそれほど高くないが、煌気オーラ許容量は常人よりもはるかに大きかった。


 基本的に煌気オーラは自力で溜めなければならないものなので、このように他者から供給される機会がなかった下柳本人もその事実に気付いていなかった模様。


 復活のデブ。誰が得するのか分からないパワーアップを遂げる。


「まあ、何でも良い。では、豚。早く【稀有転移黒石ブラックストーン】の座標を捉えろ」

「ふ、ふふっ。良いんですかぁ? この場でボクは最重要人物ですからねぇ!」



「2度は言わん。早くしろ。殺すぞ」

「ぶ、ぶひぃぃぃ!! も、申し訳ございません! すぐにやりますからねぇ!!」



 パワーアップしたところで、元が豚ならばそれほどの脅威にはならない。

 が、Z4番や5番レベルの使い手には進化している下柳則夫。


 結構な面倒の種がまた1つ、アトミルカで芽吹いていた。


「座標固定完了しましたからねぇ! いつでも転移できるんですよねぇ!!」

「よし。確認しておくが、この場にいる10人全員で転移できるんだな?」


「それはもう! ボクは2番様のためならば、骨を折る事も厭わない男ですからねぇ!! もう、大船に乗られたおつもりでねぇ!! ふ、ふひ、ぶひひひっ!」


 2番は下柳を無視して、脱獄組に号令をかける。


「これより、我らはカルケルの地上まで一気に転移する。探索員どもを殲滅してアトミルカ復活を世界に知らしめたのち、ヴァルガラに戻るのだ。久しぶりの現世で体調が優れん者もいるだろう。無理をせず、監察官との戦いが厳しいと感じれば私を頼れ。できれば全員連れ帰りたい」


 2番のカリスマ性は天性のものではなく、時間の経過とともに少しずつ磨かれて来た宝玉。

 それゆえに、説得力が違う。


「な、なんてお優しいんでしょうかねぇ! この下柳則夫、全力で2番様を頼らせて頂きますからねぇ!!」



「お前は自分で戦え。私は知らん。そもそも密航者みたいなものだろうが、お前」

「ふ、ふぎぃぃっ!? そんな! 酷いじゃないですかねぇ!!」



 2番は3番に目で合図を送り、3番が下柳の尻を蹴飛ばした。


「では、豚柳くん。始めなさい」

「ひ、ひぃ! 【稀有転移黒石ブラックストーン】発動!!」


 こうして、ついに悪意の集団が監獄ダンジョン・カルケルから脱出する事と相成ったのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、異世界・ウォーロストでは。


「これ美味しいですね! ワニかトカゲかよく分からないモンスターのお肉!!」

「だよなっ、六駆ぅ! やっぱり肉は焼かなくっちゃなぁ! 『鬼火おにび』!! はい、あっくん!」


 逆神親子が元気にモンスターを狩って、焼肉にして食べていた。

 阿久津は肉を受け取って齧りながら、複雑な表情を見せる。


「逆神ぃ。お前がスキル使えるのはよぉ。お前に負けちまった俺としても、まあ納得なんだがなぁ? 親父までスキル使えるってのはどういう事だぁ?」


 六駆は水を飲みながら、「それはですね」と阿久津の問いに答える。


「多分ですけど、僕と親父の使うスキルは煌気オーラの質が違うからじゃないかと! 僕ら一族、ちょっと特殊な煌気オーラを使うので」

「なるほどなぁ? それが逆神流ってヤツかよぉ」


 六駆の見解は概ね正しかった。


 ウォーロストの煌気オーラ封じの結界の影響を、逆神流は受けていない。

 ならば『ゲート』はと言えば、それは別件。


 『ゲート』を封じているのは3番の多重防御層によるものなので、いくら逆神流が封じられていなくても『ゲート』は使えない。


 誰だ、こんな面倒な状況にしたヤツは。

 説明するだけで一苦労である。


「ほらほら! エロニエルさんとヒャッハーさんも! 食べてください! この快適な場所を提供してくれたのはお二人なんですから!! さあさあ、さあ!!」


 Z4番グレオ・エロニエル。

 Z6番ヒャルッツ・ハーラント。


 2人は六駆によって仲間認定をされたらしい。


「あ、ああ。わりぃな。しかしな、逆神よ。オレらの住処、こんなに快適じゃなかったんだが」

「よせ。グレオ。この男にどんな理屈を並べ立てても、すぐに力でへし折られる。今は温かい肉を味わおう」


 グレオたちの住処は、ウォーロスト異界の門から1キロほど歩いたところにある。

 岩を集めて作ったそこは、簡易的な屋根があるものの吹きさらし。

 「他所よりは多少マシ」なレベルだった。


 が、そこは六駆くん。

 具現化スキルを駆使して、手始めに2人の住処に暖炉を作る。


 続いて『風神風雪壁エアスノラシルド』を使い、冷たい風と横殴りの吹雪を完全にシャットアウト。

 気付けば実に居心地の良い空間が出来上がっていた。


「いいんですよ! モンスターの狩場まで教えてもらえましたし! いやぁ、エロニエルさんもヒャッハーさんも、結構良い人ですね!!」


「ヤメてくれ。オレは別にお前たちに味方している訳じゃねぇよ。ただ、ウォーロストに落ちて来た以上は、先達として教えられることは教えるのがフェアってもんだろうが」

「グレオはこういう男なのだ。実に気持ちの良い考え方をする。だから彼に従う囚人もウォーロストには多くいる。……あと、私はヒャルッツだ」


 六駆は巨大なトカゲ型モンスターを6頭も倒して来て、自分が食べた残りを囚人たちに振る舞った。

 凶悪犯しかいないはずのこの異世界で久しぶりに人の優しさに触れた囚人たちは、なんだか心が綺麗になったらしい。


「さて! じゃあ、そろそろ出ましょうか!!」

「おい、逆神ぃ! ここから出る方法があんのかよぉ?」


「まあ、いくつかの手段は思い付いてますよ!」

「マジかよ、六駆! やっぱりお前は父さん自慢の息子だぜぇ!!」



「まずは親父に『ゲート』を構築させたら良いんじゃないかと」

「ほぴ? オレがなんかすんの? お父さん、痛いの嫌よ?」



 六駆は阿久津とZコンビにも分かるように説明する。


 この『ゲート』を封じられている状況は、恐らく自分、つまり逆神六駆の煌気オーラで作った『ゲート』を研究して講じられた策ではないだろうか。

 ならば、同じスキルでも使用者が変われば普通に発現される可能性は高い。


 幸いな事に、この場には逆神流の使い手がもう1人いる。

 ならば、その者に『ゲート』を作らせれば良いではないか、と。


 本当に面倒な事態に巻き込まれてからに。

 諸君、深く考えないで、フィーリングに身を任せてほしい。


 だって、当事者の大吾は全然理解できていないのだから。


「かぁー。聞いたかよ、ヒャルッツ! こりゃあオレなんか敵わねぇはずだ。どういう発想力だよ。お前、17歳とか言ってたよな?」

「はい! ピチピチの17歳ですよ!」


 ウソをつくな。中身は46じゃないか。もうすぐ47になるじゃないか。


「だったらよぉ? さっさと出ようぜぇ。腹も膨れた事だし、外で仕事しねぇと俺ぁ将来的にこのウォーロストに叩き込まれちまう」

「そうですね! 親父、『ゲート』出して!」


 逆神大吾が張り切る。

 ほぼ全裸だったところを気の毒に思ったグレオによって、腰みのも与えられ色々と回復した彼は地面に手をついて叫ぶ。


「おらぁぁぁ! 出て来いやぁ! 『ゲート』!!」


 スンッと音を立てて、確かに門らしきものが出て来た。

 だが、サイズは小窓である。


 スカレグラーナで大吾が『ゲート』を使った際にも、同様の小窓が出現していた事を思い出した六駆は、大吾の頭を掴んで『ゲート小窓プチ』に叩き込む。


「ちょ! 六駆ぅ! 六駆さん!! 痛い痛い! 無理だって! 通れねぇよ!! お父さん、腹が引っ掛かって!! ああああ!!」

「とりあえず現世との穴が開通しましたね! さあ、次の策を試しましょう!!」


 かつて逆神六駆と戦った面々は「ええ……」と、改めて彼の異常さを痛感するのであった。

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