第130話 戦いの終わり 阿久津浄汰の狂気、逆神六駆に通じず

 帝都から打ち上がった巨大な光がルベルバックを包み込んだ。

 時に花火師。時に探索員。その正体は中身おっさんの高校生。

 逆神六駆は美しい流れ星を見届けて、地上へと降下する。


「南雲さーん! 見てくれましたか? 僕の『連続打上花火拳スターマインパンチ』!!」

「……見てたよ。逆神くん、即興で異世界全土に見える花火打ち上げないでくれる? 私、一瞬まだ阿久津が最後の手段を隠し持ってたのかと思って、ほら、これ。驚いて『双刀ムサシ』出しちゃったよ。恥ずかしいんだけど」


「あららー。阿久津さん、真っ白になっちゃってるじゃないですか! これ、あしたのジョーのファンから怒られません?」

「君がいらん事言わなければ、怒られるきっかけすら生まれなかったよ」


 阿久津は『結晶外殻シルヴィスミガリア』と共に、白い石膏細工のようになり果てていた。

 どうやら、最後の大技が煌気オーラの放出過多だった模様。

 それでも『結晶外殻シルヴィスミガリア』は稼働を続けたため、生命維持に必要な煌気オーラまで吸い出されてしまったようであり、割と瀕死。と言うか、ほぼ死んでいた。


 六駆がその所感を南雲に伝えると、彼はひどく狼狽えた。


「それは困るぞ! 今回の首謀者で元探索員、と言うか、探索員の職務期間中に異世界を侵略した大罪人なんだから! どうにかならないか!?」

「うーん。『注入イジェクロン』で煌気オーラ注ぎ込んでもこれじゃあ間に合わないでしょうねぇ。こんな状態になってしまうと、対応策も4つくらいしか……」


「結構あるじゃないか! やってくれ!!」

「どれも疲れるんですよねぇ……。ほら、僕も結構ボロボロですし」



「配給装備が壊れただけじゃないか! 今度、カッコいいヤツ作ってあげるから!!」

「えー? ちゃんと莉子って金文字で入れてくれます?」



 南雲が六駆を拝み倒して、阿久津をこの世に戻す作業が始まった。

 六駆が選択したのは一番楽な方法だった。


 それは、時間を逆行させるスキル。

 かつて平定した異世界の妖精族から教えてもらったスキルで、実は1度も使った事がなかった。


 六駆おじさんは知っているのだ。

 時間を逆行させたって、同じような毎日が待っているという事を。


 まあ、そんな哀しい事は脇に置いておいて、阿久津はまだギリギリ生きているので、六駆のスキルで時間を戻せば蘇生も可能。


「じゃあ、やりまーす! そこそこ時間かかるんで、その間にこの煌気オーラ力場りきばの中に入らないで下さいね! 影響受けますから!!」


 最終決戦が終わったらしいと聞いて、北門からは加賀美とニャンコスが、離宮からはキャンポム隊が、アタック・オン・リコからはダズモンガーとシミリート、ファニコラがやって来ていた。


「ふぅぅぅぅんっ! 『時間超越陣オクロック』!!」


 阿久津の体を白い霧が覆い隠す。

 その周りでは煌気オーラが爆ぜて、銀色の光が散らばっていた。


「それで、この後はどうなるのだ? 待っていたらいいの?」

「1時間も僕、煌気オーラを放出しっぱなしになるんですよねぇー。あーあ。もう疲れた。お腹空いたなぁ。南雲さん、やっぱりヤメましょう」



「誰かぁぁぁ! 椅子持って来てー!! あと、軽食と飲み物もぉぉぉぉ!!!」



 基本的に、六駆のスキルに対するモチベーションは戦闘関係から離れるほどに低くなる。

 構築スキルや修繕スキルがギリギリやる気を保てる境界線で、時間を逆行させたって何も面白くない現状、六駆のやる気は極めて低かった。


 ちなみに、スキルを使うまでも南雲の前で15分駄々をこねていたので、今この『時間超越陣オクロック』に煌気オーラの供給を止めると、阿久津くんが天に召します。


「ほう。時間まで操れるのか、英雄殿は。興味深い。原理についてご教授願いたいものだ。ところでダズ、早くスープを持って行った方が良い。英雄殿の腕の角度が目に見えて下がっている」


「六駆殿ぉ! 大好物のグアル草たっぷりスープですぞぉぉ!! ささ、吾輩が食べさせて差しあげまする!!」


「……グアル草。……美味しいけどさ。……何て言うか、ね?」

「逆神くん、気を確かに!! 大丈夫、今度は私も食べるから! 美味いなぁ、グアル草!! 山盛り食べちゃう、私!!」


 この場に集まった献身的な者たちの手で、六駆のモチベーションはどうにか保たれ、1時間が経つ。

 白い霧が晴れると、そこには『結晶外殻シルヴィスミガリア』が輝きを取り戻した阿久津の姿があった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「く、くははっ! 逆神ぃ! お前バカだなぁ! 俺を回復させちまったとかよぉ!!」

「そぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!」


「べしゃっ!! く、くはは、お前は本当に頭がおかし」

「そぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!!」


「えべしっ!! ……く、くは、くはは。何のために俺を回復させたのか意味がわ」

「そぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!!!」


「めっすばっ!! ……くはは、よく分かった。要求を聞こう。お前の望みはなん」

「そぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!!!!」



「逆神くん。ごめんね、ヤメてあげて? あんなに憎たらしかった阿久津くんが、なんだか可哀想になってきたから。君の事だから、まだ15発くらい続けるんだろう?」



 南雲が止めに入らなければ、六駆は阿久津が再び天に召す寸前までビンタを続けた事をこの場の誰も知らない。

 とりあえず阿久津を拘束スキル『十字架マ・リストレ』で動けなくして、六駆はお役御免。


 そう言えば、逆神六駆検定の有段者であるチーム莉子はどうした。


 クララはファニコラと一緒にアタック・オン・リコの中で遊んでおり、芽衣は安全地帯であるダズモンガーの近くで分身している。

 莉子は今しがたようやく意識を回復していた。


 この戦いで受けたのは六駆からのメンタルブレイクだけなのに、随分と回復までに時間がかかったものである。

 だが、リーダーとして、相棒として、一仕事終えた六駆の元へと駆け寄る莉子。


「六駆くん! お疲れ様ぁ! はい、アクエリアス! 冷たいヤツ持って来たよぉ!!」

「おおお! さすが莉子! 分かってるなぁ! 疲れた時にはよく冷えたアクエリアス! ぷはーっ! 美味い!!」


 時間を逆行させて回復させたはずなのに、何故か既にボロボロになった阿久津の前では、南雲が立つ。傍には竹刀を抜いた加賀美。


「阿久津浄汰。および、パーティーメンバー3人。名称省略。君たちは現世に移送されたのち、査問委員会にかけられる。とは言え、これは裁判ではない。やった事の大きさを考えれば、申し開きの機会は与えられないものと思ってくれ」


 阿久津は「くははっ」と笑って、素直に頷いた。


「よぉ。あの面白れぇ小僧、逆神はどこで拾ったんだ? こんなに戦闘で心が躍ったのは初めての経験だったぜ」

「まあ、2度とつまらない事は考えんようにするんだな。逆神くんは、アレでも実力の3割も出していないと思うよ」


「くはははっ! そいつぁまた、面白れぇ! あんなヤツとパーティー組めてたら、俺ぁもっと探索員にのめり込んでただろうになぁ! くはははははっ!!」


 逆神六駆と阿久津浄汰がもしもパーティーを同じくしていたら。


「ヤメよう。詮無きことだ。夢を見るのは眠っている時だけで充分じゃないか」


 南雲は首を横に振って、阿久津一党の収容作業に移るのだった。


 逆神六駆は関りを持った者に何らかの形で確実な変化をもたらす。

 阿久津浄汰もどこかで曲がり角をひとつでも直進していれば、六駆に出会って、その才能を正しく行使できたのかもしれない。


 まったく、詮無きことである。

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