第294話 イギリス探索員協会と今そこにある危機 人工島・ストウェア

 急襲部隊の作戦が始まった頃。

 日本から来た奮闘する監察官は他にもいた。


 ここはイギリス探索員協会の新しい本部が建設されている人工島。

 名前をストウェアと言う。


 国際探索員協会の支援によって、この国の探索員協会は復興の真っ最中。

 国際探索員協会が資金援助を行い、北欧支部が人員の補充を。

 そして日本探索員協会が人員の育成を担当していた。


 そもそも、ダンジョンが世界で初めて発見されたのは日本であり、探索員協会の歴史が最も古いのも同じく大和の国。

 逆に、ダンジョンがこれまであまり出現しなかった欧州一帯はまだまだ探索員協会も脆弱であり、結果アトミルカの侵攻に遭い、あえなく壊滅してしまった。


 そうなると、人材育成のノウハウが確立されている世界で最も優れた協会の日本から多くの支援を行うのは自然の流れであった。


「チャーリーくん! ここで休憩にしよう!」

「ミスター水戸! まだ我らは疲れておりませんが!!」


「いや、訓練は過度に行えば成果が出る訳ではない。と、これは自分の大先輩の久坂監察官がおっしゃっていた事だけどな。休憩だって立派な訓練だ!」

「イエス、サー!! おおい、みんな! スコーンにジャム付けて食って良いとミスター水戸のご指示だぜ!! ティーブレイクにしよう!!」


 水戸信介監察官は、この人工島・ストウェアでイギリス探索員協会の精鋭部隊を育成すべく、昨年の初めから長期出張中である。

 本来ならば雨宮上級監察官がそれを行う予定だったのだが、少々癖の強い人物であるため、五楼上級監察官が念のためにと水戸ともう1人の監察官を同行させた。


 その采配はズバピタで当たっており、今日も雨宮は不在。

 水戸が教鞭を振るっていた。


 先ほど指示を出したチャーリーはBランク探索員。

 アトミルカの侵略によってSランクおよびAランクはほとんどが負傷、行方不明となり、わずかに残った者たちも退役してしまった。


 今はこの若い新兵たちを立派に育て上げ、イギリス探索員協会復興の礎とするのが水戸監察官に課せられた任務。

 彼は使命感に燃えていた。


「ミスター水戸! ストウェアの仮始動の用意が出来ました! 試験運行、いつでも可能ですが?」

「分かった。ありがとう、コンラルフ基地司令」


 コンラルフはアメリカ探索員協会から派遣された。

 母国ではオペレーター司令官を務めており、今はこの人工島の運行を担っている。

 水戸とは同い年でウマも合う、良き同僚である。


「……雨宮さんはどこ行ったんだ。今日はストウェアの稼働率を確認するって言っておいたのに。……連絡してみるか」


 水戸監察官はサーベイランスを起動させた。

 すぐに雨宮上級監察官に繋がる。


『はいはい、ハロー! どうしたの、水戸くん?』

「ハローじゃないですよ! どうしたはこっちのセリフです!! あなたがいないとストウェアが動かせません!!」


『そんなに怒らないでよー。私も緊急の任務があってだねー。おっと、キャサリンちゃん、おっぱい当たってるよ! おじさん困っちゃう!!』


 水戸は眉間にしわを寄せて、こめかみを押さえた。


「キャサリンのおっぱいとイギリス探索員協会の未来、どちらが大事なんですか!?」

『えー? そんなトロッコ問題出されると、私もなんと答えたら良いか……』



「キャサリンのおっぱいを国の特務機関と同列に置かないでもらえますか!?」

『もー。水戸くん、怖いなー。分かったよー。おっぱいは置いて行くからさー』



 雨宮はそう言うと、通信を切った。

 水戸はまだ言いたい事の2割ほどしか口に出していない。


 雨宮あまみや順平じゅんぺい上級監察官。

 数々の輝かしい実績によって本人の意思とは別に勝手なスピードで出世していき、気付けば探索員協会において五楼京華と双璧を成すまでになった男である。


 なお、「協会本部の高田純次」と呼ばれる雨宮は内務にはまったくのノータッチであり、実質的に日本探索員協会は五楼が1人で回している。

 だから最高司令官の地位にありながら、地球儀を回転させないと見えないイギリスに長期出張させられるのだ。


「やれやれ。とりあえず、準備だけはしておいてくれるか、コンラルフ」

「オーケイ。まったく、ミスター雨宮はフリーダムな人だな! ハハハ!!」


「笑い事じゃないんだよ……。どうして自分だけが働いているんだ……」


 水戸の発言には他意などなかった。

 だが、笑い事では済まない事態はすぐそこまで迫っていたのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アトミルカ構成員。7番。

 本名をロン・ウーチェンと言う。


 彼はイギリス探索員協会を壊滅させた張本人であり、今日という機会をずっと待っていた。


 しょっぱいイギリス探索員協会を壊滅させたのは、各国の介入によって復興、さらには強化される新生イギリス探索員協会をそのまま手中に収めるための計画の一部であり、新鋭拠点の稼働実験が行われる本日、再び凶行に打って出る。



 人工島・ストウェアを手に入れ、アトミルカの拠点の1つとするために。



 なお、先に明言しておくが、日本探索員協会の急襲作戦と同じ日に7番が行動を起こしたのは、まったくの偶然であった。

 運命のイタズラと呼べばいいのか。


「おい、22番。手筈通りに仕込みは済んでいるな?」

「はっ! 7番様のご指示は全て完遂しております! ……ひとつお聞きしても?」


「なんだ? 今日の食事か? 安心しろ。ドイツで美味いソーセージを仕入れてある」


「それは結構ですな! 質問と言うのは、なにゆえ7番様は20番以上の部下をお連れしなかったのかと言う事です! 小官が最上位と言うのは、いささか心許ないかと愚考する次第です!!」


 ロンは「ふははっ」と笑って、答えた。


「オレが1人いれば事足りるからだ。準備は既に整っている。そもそも、オレが手を出すまでもなくストウェアは手に入る予定だ。オレの好きな戦略を教えてやろうか?」

「はっ! 是非、ご教授いただきたく!!」



「てめぇの手を汚さないで最高の結果を出す事だよ」

「それはようございますな! 素晴らしいお考えで!!」



 7番が連れて来た構成員は全員で6人。

 それも、2桁ナンバーの中位ばかりである。


 ロンは準備に時間をかける事を厭わない男だった。

 その分、作戦決行の際には最小限の労力で最大級の結果を得る。


 それを繰り返してアトミルカ内で今の地位を確立したのだ。

 彼は、さらに上を目指している。


「7番様! 人工島・ストウェアの煌気オーラ感知エリアにそろそろ差し掛かりますが!」

「そうか。だったら、今の距離を維持しておけ。あと1時間もすれば、煌気オーラ感知なんて眠たい事なんぞできなくなるからな」


 彼らはアトミルカが製造した潜水艇にて、海中に潜んでいる。

 材料はラキシンシ。


 煌気オーラを伝達させにくいイドクロア鉱石は、強い煌気オーラを内包している7番が隠れ蓑にするに相応しい乗り物の原料として有効活用されていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……遅い!! 雨宮さんは何してるんだ!! もう一度連絡をしてみよう」


 水戸監察官は人工島・ストウェアの稼働準備が整ったにもかかわらず、最高指揮官の不在を嘆いていた。

 サーベイランスを操作する指も怒りで震えている。


「……雨宮さん!! 何やってるんですか!?」

『ハロー! 今ね、ジェシーのおっぱいに顔埋めてるとこ!!』


「本当に何やってるんですか!! 早く来てくださいって言ったでしょう!?」

『いやー、だってね、ジェシーが行かないでって言うんだよ。ケツカッチンなのに、困っちゃうよねー』


 7番による人工島・ストウェアの襲撃まで、あと45分。

 奇しくも、チーム莉子がフォルテミラダンジョンを攻略し始めてすぐのタイミングであった。

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