第179話 監察官・南雲修一のよく分かる哀しみの人心掌握術(失敗済み)

 サーベイランスがヌーオスタ村にやって来て、南雲の姿が投影された。


『皆さん、ご無事ですか? 私は南雲修一監察官です。皆さんの危機を知り、急ぎ優秀な部下と共に駆け付けました。どうやら、逆神くんが治療をしてくれたようですね。良かった、ひとまず安心しました』


「……ナグモ」

「……呼んでも返事しない、ナグモ」

「……いい年して未だに独身の、ナグモ」

「……ちょっと見ない間に割と老け込んだ、ナグモ」



 ヌーオスタ村の南雲に対する塩対応が酷かった。



 スカレグラーナでは古龍復活に際して、11ある村の全てに配備されていたサーベイランスで一斉にSOSを南雲監察官室へ送ったと言う経緯がある。

 彼に対する「国力を豊かにしてくれた」恩義はあるが、「大ピンチの時に無視された」と言う事実は少なからずスカレグラーナ人の中で南雲に対する、さらには現世の人間に対する不信感へと変わっていた。


「まあまあ、そう言わないであげて下さいよ! 南雲さんは良い人ですよ! それに、皆さんの危機をガン無視したのは、別の異世界を救っていたからなんですよ!!」


「おお! サカガミ! やはり心が広い!!」

「どこまでも器が大きく、そして深いサカガミ!!」

「きっと古龍を倒してくれるのもサカガミ! ナグモじゃない!!」



 既に民衆の心をガッチリホールドしている逆神六駆。



 と言うか、今回は彼のダメ親父の功績が大である。

 逆神家の財産を食いつぶし、妻には実家に帰られ、定職にも就かず暇を見つけてはパチンコで息子の稼いできた生活費を使い込む、ダメな人間のエッセンスをじっくりと抽出して固めたような、もう一度言うが本当にダメな男である。


 だが、そのダメ親父がかつてスカレグラーナを救ったのもまた事実。

 その事実に現在のダメ親父の人間性はあまり関係がないらしい。


 逆神大吾も、若い頃は逆神家の崇高な使命(笑)のためにその身を鍛え、スキルを研ぎ澄ませていた戦士。

 彼がこの地に転生したのは2度目の周回リピートの時だった。


 良い感じにやる気と経験が噛み合っている時期である。

 全盛期と言っても良い。


 全盛期の大吾と今の六駆のどちらが強いのかは分からないが、ダメ親父も逆神流を極めた男なので、相応の実力を持っていたのだろう。


「逆神六駆様! こちらがヌーオスタ村に伝わる、ホグバリオンですじゃ! かつてあなた様の父君がこの剣で古龍の喉を切り裂いた、由緒ある村の秘宝です!!」


「うわぁ! ありがとうございます! 親父がどうこうって言う件は聞かなかった事にして! 遠慮なく頂きます!! ……いくらになるかな!?」


 散々大吾の事をダメ親父とこき下ろして来た流れで、こんな事を言いたくないのだが、言うしかないので言及しよう。



 逆神六駆もまあまあダメなおっさんである。



 ヌーオスタ村の住人たちは「この剣で再び古龍を斬ってください!」と言う意味で六駆にホグバリオンを譲ったのに対して、六駆は完全に現世に持ち帰って換金する気満々である。


 逆神家の一族に人の心は標準装備されていないのだろうか。

 車検のようなものの人間バージョン、例えば人検なんてものがあれば、この親子は多分どっちも引っかかる。


「おーい! 帰ったにゃー! 見てこれ、大量! 誰かー! この鳥の調理方法分かる人いるー? あたしも手伝うから、ご飯作るぞなー!!」

「あ! 私、お手伝いします! 祖母もオンペレペンの料理、得意なんです!!」


 異世界ではメインヒロインのクララ、早速村に溶け込む。

 ルッキーナと共に民家の中へゴー。

 今回こそ、戦いが終わった後に「あたしはここに残るにゃー!」が飛び出すか。


「み゛み゛っ……。クララ先輩、芽衣使いが荒いです。『幻想身ファントミオル』で囮役を何回もさせられたです。安全が確保されていない中でのスキルは危険です。みみっ」

「お疲れ様、芽衣ちゃん! 『復水おちみず』飲む? 頑張ったねっ!!」


 ヌーオスタ村に食料が届く。

 体力が回復すれば、次に満たすべきは空腹である。


 しばし、村人たちに時間を与えて欲しい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 南雲監察官室では。


「……山根くん。私、なんかスカレグラーナで嫌われてなかった?」

「えっ!? まだ疑問形だったんすか!? それ逆にすごいっすね!! すごいね、ナグモ!!」


「やーまぁーねぇー!! やーめーろーよー!! そこは察して、そんな事ないんじゃないですかね! とか言えよぉー! 私、君の上司だぞ!?」

「そうっすね。上司が1カ月半もSOSガン無視してたとか、悲しいっすよ」


 山根は、南雲がルベルバックに掛かりきりでどうしようもなかった事を熟知している。

 彼に非がない事も理解している。


 その上でおちょくっている。彼なりの愛なのである。


「そうそう、南雲さん。幻竜ジェロードとの戦闘データの解析、終わりましたよ。それから、可能な限りサーベイランスでスカレグラーナの上空から煌気オーラ感知をしたデータも地図に反映できます。モニターに出して良いですか?」


 このように、仕事の面では実に優秀なため、南雲も彼を邪険に扱えない。


「くそぅ……。仕事が早いな。出してくれ。私はコーヒーを淹れるよ」

「あ、ついでにコーヒーゼリーメーカー10号改からコーヒーババロア出してもらえます? 特別に南雲さんも食べて良いっすよ! 傷心には甘いものです」


「いつの間にか、コーヒーゼリーに留まらず、バリエーションを増やして来たな。ほら、コーヒーとババロア。……美味しいのがまた腹立たしい」


 コーヒーババロアと生クリームの苦みと甘さのハーモニーを楽しみながらも、仕事をキッチリこなす山根健斗Aランク探索員。


「幻竜についてですが、あのブレスも広義の意味ではスキルっすね。実際の火炎に煌気オーラを混ぜ込んで新しい形状に構築しています。かなり高度な技術っすよ」


「うん。そうだな。さっき小坂くんに聞いたが、幻竜も他の2匹も、逆神くんのお父さんが封印したらしい。もしかすると、その戦いで煌気オーラについて学んだかもしれん。ババロアのおかわりもらっても良い?」


「生クリームボタン2回押すと、ソフトクリームになりますよ」

「監察官会議で今年の助手の成果発表が近いんだけどね。これ出したら、私怒られるよ。無駄に完成度が高いところとかね、絶対怒られる」


 それから、2人は新たに入手した航空写真と地図を同期させ、そこに煌気オーラ感知モニターを起動させた。

 スカレグラーナはそれほど広い異世界ではない。

 北海道くらいの大きさと言えば、諸君には伝わるだろうか。


 つまり、全域の地図と煌気オーラの動きを把握できるようになったのだ。

 その作業は南雲が行っていたので、ヌーオスタ村の人たちは彼にも優しくしてあげて欲しい。


「あ、これは……。南雲さん、南雲さん」

「君が2回私の名前を呼ぶ時って、いい知らせだった試しがないんだけど」



「超巨大な煌気オーラが馬鹿みたいな速度で移動してます。ヌーオスタ村へ向けて」

「ぶふぅぅぅぅぅっ!!」



 ババロアも噴き出す男、南雲修一。

 その正体がすぐに先刻戦った幻竜ジェロードだと判明する。


 手傷を負わせ、それも重傷だったはずなのにと思わないでもなかったが、何よりも先にする事があった。


「逆神くん! こちら南雲だ! そっちに先ほどの幻竜が向かっているぞ!! 到達時刻は……よし、出た! 今から7分後! 対応できるか!?」


『こちら逆神です。それって鶏料理食べてからじゃダメですか?』

「ダメだよ!! 現世に戻ったら美味い北京ダック食べさせてあげるから!!」


 今度の敵はドラゴン。

 機動力では人よりもはるかに勝るため、奇襲攻撃ではあちらに分がある。


 迎撃戦が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る