第937話 【時系列の乱れる日常回・その8】土門佳純ぶっこみ乙女が和泉さんの部屋に転居して新装備を立案するまでのお話 ~和泉さんは2度死ぬ(2度どころじゃねぇ定期)~

 和泉正春監察官(仮)はまだ本人が納得していないのに雨宮順平上級監察官が「おけまるー」と推薦を認め、南雲京華上級監察官も「……すまん」と自宅マンションにてリモートで推薦状を承認しており、急ピッチで1号館に監察官室が造られていた。


 しかし本部は人手不足。

 この時間軸では一斉侵攻を退けた2日後。

 瑠香にゃんリモートにて和泉さんが助けを求めるのは休養日の最後。


 つまり、和泉さんは死なない。


 そんな練乳みたいに甘い考えを持つ者はこんな深層部まで潜っていないのである。

 この世界では死んだって生き返るのだ。


「すみません! 助かります! 辻堂さん!」

「かっかっか! やる事がねえもんでな! むしろ若いもんに頼ってもらえるってのは嬉しいもんだねえ! 正春! おめぇさん、いい娘っ子を副官にしたじゃねえか! なあ! おい、正春! 正春!? かぁー。おめぇさんはすぐに死ぬなあ!」



 もう死んでた。



 辻堂甲陽執行猶予中特務探索員ハゲ。漢字が多い。

 生前は伝説の探索員の片割れとして名を残していたが、それは彼が40代後半になってからの事であり、肉体的なピークが過ぎた後にスキル使いの成熟期を迎える。


 しかしピースが良くないハッスルをした結果、肉体が全盛期に戻った上に技術も引き継がれてついでに髪まで生えそろって、より強化された初代上級監察官が再誕。

 監視役を押し付けられた久坂さんは「ハゲ? ……しばらく見ちょらんのぉ」とちょいちょい耄碌したふりをしてスルーするので、本部に招集されてから休養日の4日間、このハゲは割と自由に闊歩していた。


「スッポンの生簀をどうしようか悩んでまして! まさか辻堂さんが構築スキルまで習得されていたなんて驚きました!」

「剣友ほどじゃねえがな? それに今は四郎って使い手がいるんだろ? いやいや、死んでる間にも世の中は進むねえ! それに佳純! おめぇさんこそ副官やってたとは言えだぜ? よくもまあ俺の古い資料読み込んで使えるスキルまで暗記してんなあ! てぇしたもんだ!」



「和泉さんと私だけの監察官室ですので! 余計な人員を増やしたくないとなればですよ! 私が優秀になるのが手っ取り早いかなと! 監察官室で致している時に若い子と鉢合わせしたら気まずいですもんね! 若い子と和泉さんが!!」

「かぁー! こいつぁ敵わねえやな! 正春! スッポンしっかり食えよ!! じゃあな!」


 あの人情派な和泉さんが「辻堂甲陽氏の処遇について一考の余地があると思います」と「執行猶予なんか失くしてミンスティラリアへ幽閉するんですよぉ!!」的な内容を監察官会議で進言するのはちょっとだけ未来のお話である。


 ハゲと佳純さんの相性が良すぎた。



 ハゲが勝手に構築スキルで監察官室を整えてしまったので、残るは専用装備の発注と備品の調達。

 和泉さんが「小生は悪い夢を見ていたような気が……」と意識を取り戻したのはその日の夕方。


「あ! おはようございます! 今、ベッドを運び込んだところです! やー! ニトリの家具ってステキなんですけど、組み立てを自分でするのが億劫ですね! やっと2つ完成しました! 並べてあります!」


 もうだいたい手遅れだった。

 続けて佳純さんが笑顔で「監察官室への転居届」を和泉さんの前にババンッ! と掲げた。


 「……すまん」と一筆だけ記された京華さんの署名があって、和泉さんがまた死んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 という訳で、和泉さんの部屋が1号館に移転して和泉さんの部屋に佳純さんが引っ越して来たので、この日よりおはようからハローを経由しておやすみ愛してるまで優れた副官が病弱な監察官を支える体制が確立されたのである。

 直線一気で並み居る恋愛乙女たちをぶっこ抜いている追込み系女子、佳純さん。


 彼女は加賀美さんの元で万能タイプとして育成され、特にフィジカルは天性のものを持っているという隙のないスキル使い。

 ベッドで横になっている和泉さんの隣で夜が更けてもゴソゴソと作業中。


「か、佳純……さん……」

「ダメじゃないですか、和泉さん! もう寝ないと! 0時17分ですよ!! 0時までには寝ましょうねって約束したのに!!」


「い、いえ。お気遣いは結構。小生、体は弱いですが寝不足ではないので。寝たから元気になると言う訳では」

「えっ!?」


 佳純さんの瞳が輝く。



「寝る元気がある!? なるほど! これから致しますか!?」

「あっくんさん……。小生、もうダメかもしれません……。好む好まざるではなく、肉体強度的にもうダメでごふっ……」


 えー。主審です。お間違えの無いようお願いします。

 佳純さんは恋愛経験がございません。

 和泉さんは交際経験も致した経験も割とございます。


 逆じゃありません。



 和泉さんも戦術巧者。

 これからお国のために戦って散るも良しと決意を固めているのに、その前に情事で散るのはなんか違う気がすると知恵を絞る。


「先ほどから何をされておられるのでごふっ……」

「気になります!? やだなぁ! 変なことじゃありませんよ!! 装備のデザインと兵装を考えていまして!!」


 ゴールはレースクイーンです。

 「ラブコメは過程を楽しめるようになって一流だにゃー」とどら猫も鳴いております。


 デザイン案を和泉さんの前に並べてみる事にしたぶっこみ乙女。


「えーと。こちらからですね! まず! サラシに特攻服です!!」

「なぜですか?」


「和泉さんのサポートを最重視した装備ですので! クッション性ですね!」

「クッション性……」


「私、胸が無駄に大きいので! これは活かすしかないと! サラシ巻いとけばブラのワイヤーで和泉さんを傷つけませんし、柔らかいですし。あと、いざという時はサラシを外して包帯としても流用できます!」

「……佳純さん? サラシの下は何がありますか?」



「もー! 意外と興味持ってくれてるんですか? 私の胸ですけど! あ、違う違う! 仁香さんとクララちゃんから習ったんでした! 私の生乳ナマチチですけど!!」

「……包帯は小生、自前のものでないとアレルギーを起こしますゆえ。こふっ」


 血ぃ吐いてる場合じゃなかった。



 「なるほど。勉強になります」と学習してしまった佳純さん。

 次にスッと差し出された案を見て和泉さんは「サラシの特攻服で良かったようでげふっ」と後悔吐血をした。


「か、かかか、佳純さん……? 参考までにお聞きしますが、これは?」

「救護に必要なのは常に清潔な衣服を保つことだと思うんです。つまり、いかに早く着替えられるか! ですよね! 合っているでしょうか!!」


 午前1時が近づいて来て、ちょっと目が冴えて来た和泉さんは答えた。


「そこは合っております」

「ですので! 着替えを最小限の手間に圧縮したのがこちらです! ノンワイヤー下着にビニール素材の雨がっぱを合わせたものですね!!」



「ごふぅぅっ!」

「あ! もー! ちゃんと吐血する時は言ってください! お布団の上でも首とか危ないんですから!!」


 佳純さんの太ももがナイスレシーブ。

 もはや熟練の技術。匠の介助である。


 なんか歌舞伎役者か行司の名前みたい。



 和泉さんが太ももの上で首を横に振ったので、佳純さんが次の案を眼前に差し出す。

 全身タイツだった。


「げふぁっ」

「うん! やっぱりモコモコ素材のショートパンツは吸水性が優れていますね! ただ、戦場では一度血を吸うと使えなくなるので……。これはプライベートに致す時専用ですかねー」


 下着よりは全身タイツの方がマシと思えた。

 だが、佳純さんのデザインには細かく注釈が加えられており「下着不要!」「肌に直で付けられる!」「難点は柔らかさを重視した結果の薄さ!!」と、一見するともうキャンドゥームの売り文句みたいな言葉が羅列されており、和泉さんが意識を失いかける。


「……佳純さん。小生、貴女の転属は受け入れました」

「えっ!? 転属って言うと、戸籍のお話ですか!? 先に入籍を致しますか!?」


 常に末脚で走るのが佳純スタイル。

 ここでラストスパートをかけられると既成事実が生まれて、子宝に恵まれて、和泉さんが死んで子供が生まれた頃には遺児になる。


「……監察官に小生、なりましょう」

「わー! 急に!! でも嬉しいです!! じゃあ、急いで装備の案を提出しないと!! 明朝までには絶対! 雨宮さんが1日で造ってくださるそうなんですけど、いつ戦端が開かれるか分かりませんから!」


 この時初めて正義の人である和泉正春が「寝て起きたら戦端が開かれていないでしょうか……」と正義に反する事をチラッと、先っぽだけ出した。


「しょ、小生は……佳純さん……。やはり女子探索員の装備は女子が着ていて気持ちのいいものであるべきだと愚考する次第でして……」

「和泉さんを受け止める時ってとても気持ちいいですよ!!」


 負けない、負けられないぞ。和泉さん。

 ここで退いたらサラシ(怪我した瞬間に生乳)か下着か全裸タイツが待っている。


「ごふ、げふっ。例えばそう……。あっくんさんの恋人である塚地小鳩さん。彼女の装備は洗練されておられごふっ。見ていてとても高潔さを感じてげふっ」

「なるほど! つまり、副官である私が変な装備をしていたら和泉さんが恥ずかしいと言う事ですね!!」


 そうじゃないけど、もうそれで良いと上官は考えた。


「げふぁっ……」


 力なく吐いた血液が「イエス」と答える。

 そこで和泉さんの意識は途絶えた。


 この日3度目の死である。


 翌日の午後に雨宮さんが部屋を訪ねて来た。

 再生スキルで勝手に生き返らせる。


「やっほー! 和泉くん! お昼のグッモーニン!! 作り甲斐のある装備だったよー! いいな、いいなー! あれはステキだねー! これ佳純ちゃんに返しといて! 明日には仕上げるからねー! アデュー!!」


 和泉さんの枕元には歴代『レーシング・ミク』の資料が置かれた。

 ツインテールでレースクイーン。完璧な参考資料だった。


 レーシング佳純さんがお披露目されるのは和泉監察官の(仮)が取れる、彼が寝て起きて寝て起きた後の事である。


 佳純さん、ぶっこみもツインテールもヤメないってよ。

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