第225話 出場選手登録! 締め切りまであと15分なのにまだ揉めている南雲監察官室

 明けて翌日。

 監察官室対抗戦の2回戦がやって来た。


 南雲監察官室の準備は万全。

 と、いきたいところであったが、何やら揉めていた。


「皆さん、いい加減に決めないと時間がヤバいっすよ。メンバー表の提出期限まであと15分しかないっすけど」

「分かっている! 分かっているから困ってるんだろ!! 山根くん、コーヒー淹れて!!」


「やっぱり僕が出ますよ! 先鋒で行かせてください! 3人抜きしてやります!!」

「もぉぉ! 六駆くんってばぁ! 勝ち抜き戦じゃないんだよぉ? 総当たり戦なんだから!」


「あ、そうだったっけ」

「六駆くんはやっぱり大将じゃなくっちゃ!!」


「そう? なんだか悪いなぁ! 1番強い人と戦っても良いの!?」

「うちのエースは六駆くんなんだから、当たり前だよぉ!」



「……くそっ! コーヒーが美味い!! こんなに深みのあるコクを感じるなんて!!」

「茶柱が沈んで爆発四散するくらい縁起悪いっすね!」



 ここでもう1度おさらいをしておこう。

 模擬戦闘が2回戦の種目。


 武器の持ち込み可。スキルの使用も可。

 武舞台の場外に落ちるか、戦闘不能になるか、ギブアップをするか。

 相手をいずれかの状態に追い込めば勝ちである。


 それを3対3のスタイルで行う。

 先に2勝した方が3回戦へと駒を進める。


 と、ここで南雲監察官、知恵者の異名に相応しい妙案を思い付く。


「分かった! 逆神くんを大将にしよう! 私が許可する!!」

「やだー! 南雲さん、今日は太っ腹ですね!! ありがとうございます!!」


 チーム莉子の空気清浄機こと、椎名クララがそのからくりにいち早く気付く。


「にゃるほどー。六駆くんの前の2人で試合を決めちゃえば、大将戦をしなくてすむって寸法ですにゃー?」

「椎名くん、静かに! 悪魔に聞こえちゃうから!!」


 クララさん、大正解。


 南雲の発案はこの上ないほど冴えを見せる。

 ついにコーヒー噴くおじさんから有能な監察官へと回帰する時が来たのだ。


 そうなると、大事なのは先鋒と中堅である。

 確実に勝てる人選をしなければならない。


「塚地くん。先鋒と中堅だったらどっちがいい?」

「わたくしは出場するのが決定なんですの? べ、別に、そんな風に頼られたからって嬉しくなんかあり過ぎて震えますわ!! 人に頼られるのってステキですわね!! わたくしの中で南雲さんがお排泄物の枠から脱出を果たしましたわよ!!」


「そうか! 助かる!! あっちで逆神くんと小坂くんがイチャイチャしている間に全てを決めてしまおう!」

「塚地さんはAランク探索員の中でも実力は頭一つ抜けてるっすからね。勢いをつけるためにも、先鋒が良いんじゃないっすか?」


「なるほど! 山根くん、今日はやけに協力的だな? さては昨日焼肉食べさせてあげたから、毒気が抜けたんだな? デトックスってヤツか!」



「いえ! これで塚地さんが万が一にも負けたりしたら、南雲さんどんな顔でコーヒー噴くのかなって想像したらワクワクして来ちゃって!!」

「……君はやっぱりどくタイプだ。マタドガスだよ」



 こうして、先鋒が小鳩に決まる。

 ならば、もう残ったピースをハメるだけでパズルは完成するではないか。


 南雲は最終確認をする。


「では、中堅は椎名くん! 任せたぞ!!」

「いやー。あたしは今回パスさせてくださいにゃー」


「えっ!?」


 南雲修一、チーム莉子の誰よりも先にピンチが訪れる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「そうですわね。椎名さんは模擬戦闘には不向きですわ。武器が弓ですし、多彩なスキルが使えるとは言っても、やはり椎名さんの力を生かすならば遠距離戦。ですけれど、今回の武舞台は直径10メートルでしょう? 距離を詰められたら分が悪いですわ」


「おー。さすが小鳩さんだにゃー。あたしの言いたい事を全部言ってくれたぞなー」


 実際のところ、1対1のガチンコバトルにクララは向いていない。

 それでも出てくれと懇願すればクララは出場するだろう。

 その結果、中堅が負けて大将戦にもつれ込む事になり、悪魔が降臨する。


「しかし、そうなると非常に困るぞ。あとは小坂くんと木原くんだろ? どっちも逆神流使いじゃないか!!」

「南雲さん、あと7分しかないっす。あ、6分になりました」


 時間が迫り、現実も迫る。

 南雲は論理的に考えた。


 莉子は今のところ、スキルは無難なものしか披露していない。

 『苺光閃いちごこうせん』をフルパワーでぶっ放しているが、あれは災害扱いされたのでノーカウント。

 よって、彼女を出す事になれば、より一層「南雲監察官室のスキルっておかしくね?」と言う疑念を観衆に抱かせる事は必定。


 対して、芽衣は既に全てのスキルを見せている。

 さらに彼女には「木原監察官の姪」と言うある種の免罪符がある。

 多少のむちゃくちゃならば、ネームバリューで誤魔化せる。


「分かった! 中堅は木原くんで!! よし、山根くん! ダッシュでメンバー表出して来てくれ!!」

「ドトールコーヒー寄ってからじゃダメっすか?」



「ダメだよ!? それ駅前にあるヤツじゃん! と言うか、君ぃ! なんで私のコーヒーがあるのにわざわざコーヒー買いに行こうとしてるの!?」

「はーい。了解でーす。自分、日引さんのとこに行って来まーす」



 こうして、どうにか2回戦の出場準備は整ったのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みみっ……。今すぐ緑色の泡になって消滅したいです……。みみっ……」

「あーあー。南雲さん、ひどいなぁ! 芽衣に無断でメンバー登録するなんて!」


 全然準備は整っていなかった。


 南雲は残り時間が3分を切っていたため、とりあえずメンバー表の提出に全力を注ぎ、芽衣には事後承諾で済ませようと言う判断をした。

 それが大間違いである。


 木原芽衣はネガティブな乙女。

 ネガティブの化身であり、木原芽衣と書いてネガティブと読んでも差し支えないほどである。


 そんな彼女が衆目の中、模擬戦闘で戦って、しかも勝って来いと指令を出された。

 南雲監察官、これはパワハラ案件である。


「わたしもリーダーとして、これはひどいと思います! 南雲さん、ちょっぴり幻滅しました!!」

「ふごぉ……!! こ、小坂くんに幻滅されると、何と言うか心にクルな……」


 そんな南雲に救いの女神がやって来た。

 彼女は存在感がたまに消えるだけで、割と万能であり、パーティーの潤滑油的なポジションを確立している。


「まーまー、芽衣ちゃん! よく考えてみるぞなー? この模擬戦で芽衣ちゃんが大活躍したらさー。おじさんに実績を示せるよー?」

「……みみっ?」


「つまりねー。おじさんに目にもの見せて、探索員を引退するのが芽衣ちゃんの目的だにゃー? その第一歩を踏み出せることにはならないかにゃー?」

「……みみっ」


「芽衣ちゃんが最強だっておじさんに分からせたらさー。過干渉も終わるかもだよー?」

「……みみっ!!」


 芽衣の瞳に炎が宿る。

 彼女は握り拳を作ってこう言った。


「芽衣はやってやるです!! 相手をフルボッコにして、おじ様にも本気出したらいつでも叩き潰せるってところを見せてやるです!! みみみみっ!!!」


 彼女はしっかりしていても、まだ女子中学生。

 対して、クララは堕落し切っているが女子大学生。


 人生経験の差がここで生きる。

 じゃあ南雲の人生経験の方が長いじゃないかと言うツッコミはご容赦願いたい。

 六駆くんに至ってはなおの事である。


 真実は時に人を傷つける。


 2回戦。

 南雲監察官室VS雷門監察官室。


 決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。

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