第1249話 【本当に最後のはずの日常回・その2】小坂莉子ちゃんVSバルリテロリのスイーツ ~一体何と戦っているんだ、この子は~

 小坂莉子ちゃん。

 アトミルカとの戦いに続いてバルリテロリとの戦いでもフィニッシュを務めた、名実ともにメインヒロインである。


 の意味がちょっと分からないが、日本語は難しいのでこんなところで足をとられていては前に進めない。

 なんとなく意味がありそうでなさそうで、結局どっちなのか分からないけどしたり顔で言えば無事に通してもらえるのが日本語。


 聖人君主とか偉そうに宣ったあとで「それって聖人君子のことですか?」と聞かれても顔を真っ赤にすることなかれ。

 「うん。そうだね。そうとも言うかもしれない。けれど、考えてもみてご覧? 君主って為政者を指すからね。そういう意味では間違いじゃないと思うんだ。ふふっ」と落ち着いたトーンでミスをリカバリー。


 「聖人君子ってそもそも為政者や指導者に限ったことじゃなくて、あなたも人格を磨いて知識や見識を身に付けたら聖人と呼ばれる事も可能なんやぞって意味なんですよ。分かったら返事しろ。この聖人君主とかいう似非野郎」と論破されてから顔を真っ赤にすれば良い。


 そんな莉子ちゃんも聖人になった。

 今ではピュアともズッ友。


「ふぇぇぇ……。六駆くんが変なの食べてるの見てたら、お腹空いたよぉ……」



 人の好みを好まざるからと言って変なもの呼ばわりしていても、聖人なのである。



「あー! いたいた、莉子ちゃーん!!」

「あ! 六宇さん!」


「疲れてると思ってさー。お菓子貰って来たよー!」

「ふぇ!? ……やっぱり六宇さんのこと、わたし好きです! えへへへへへへへへ!! なんですか、なんですか!? 甘いヤツですか!?」


「これこれ! ちょっと前までバルリテロリと言えばこれだったんだよねー! 令和が入って来て、なんかクラスの子とかはスマホでおしゃれなお菓子アップしてるけどさー」

「分かります! んですよね! 食べ物って!! えへへへへへへへ!!」


「おー。さすが莉子ちゃん。分かってるー。ってことで、じゃん!」


 六宇ちゃんが差し出したのは、透明な器に注がれたシロップ。


「ふぇ……。あの、六宇しゃん? わたし、確かに甘い物欲しかったですけど……しょの……。シロップ単品を直飲みは……。イケますけどぉ……」

「もー! 莉子ちゃんってば、またまた! これだってば!」


 凝視した莉子氏。

 そこにはキューブ状の半透明な物体が多数転がっていた。


「…………?」

「ナタデココ!!」


 莉子ちゃんは今年18歳。

 つまり、この世界の時空が歪んでいるので確実な事は言えないが、だいたい2005年とか、あるいは4年とか、もしかすると6年とか、そのくらい生まれ。


 対してナタデココはでぇブレイクしたのが1993年。

 八鬼衆の次席、不飲のナタデココの絡みで諸君には耳がダンボになるほどお伝えしたはずなので、詳しく掘り下げる必要はないだろう。


 きっと忘れていないはずである。


 フィリピンからやって来た四角いゲル状のプルプルしたスイーツ。

 ココナッツ果汁を発酵させている。


 なお、フィリピンにはサゴと呼ばれるタピオカの親戚みたいなヤツもあり、意外と日本で流行ったものを探すとかの国では普通に昔から食されている場合が多い。


「お、美味しいんですか?」

「あれ!? 莉子ちゃん、ナタ・デ・ココ、食べたことないの!?」



「なんで急にリオ・デ・ジェネイロみたいな言い方するんですか!?」


 ナタ・デ・ココが正式名称だからです。



 六宇ちゃんがスプーンにナタデココを掬って莉子ちゃんにあーんしてくれる。

 先ほど六駆くんのあーんを逃したが「六宇さんって六駆くんの親戚だし……巡り巡って……これも間接キッス!!」と、なんか「輪廻転生するから誰と間接キッスしても六駆くんとしてるようなものだよ」みたいな境地に到達した莉子氏。


 謎のキューブを実食。


「モグモグモグモグモグ……」

「どうどう? あたし結構好きなんだよねー」


「モグモグモグ……。モグモグ? モグモグモグモグモグ……」

「この甘すぎない感じとかさー。はむっ。んー! うまし!!」


「モグモグモグモグモグ……。モグモグモグモグモグモグモグ……」


 莉子ちゃんにピンチが訪れていた。


 まず、ナタデココは恐ろしいほどカロリーが低く、食物繊維フェスティバルな側面がありダイエット食として有用である。

 莉子ちゃんにとってダイエットとか忌むべき存在、とにかくカロリーが美味しさの指標。


 同じ値段でカロリーが違うのならば、低カロリーの食べ物を指さして「これ詐欺だよね」と言い放つ乙女。

 先ほどの講和の場でコカコーラゼロとか出されていたら、喜三太陛下は崩御なされていただろう。



 ナタデココから味がしねぇ。

 しかも、噛んでも嚙んでもなくならねぇ。



 六宇ちゃんに対してはかなり好意的な感情を抱いている莉子ちゃん。

 今後も友好的な関係を維持して、親戚付き合いも維持していきたい相手。


 ただ、ナタデココの食感で最も近いものは何ぞやと聞かれたらば、イカが第一候補に挙がるほど食感と歯ごたえに長けているこの謎のキューブ。

 味がしねぇのに、なくなりもしねぇ。


 ナタデココにだってちゃんと味はある。

 ただ、それはほのかであり、非情に慎み深い味わい。


 濃い味至上主義の莉子ちゃんにとってはもはや無味の誤差の範囲に収まってしまう。


 「どうしよ……。ペッってしたい……」と思い始めたメインヒロイン。

 よもやの大ピンチ。



 メインヒロインがやっちゃいけない行為が、すぐ近くまで。

 これがカリギュラ効果か。



 ここのところ日常回はなんか食ってるかなんか飲んでるかの繰り返しだった彼女にとって、味付けが酷いミノと同じくらいナタデココは天敵だった。

 呑み込めるか、莉子ちゃん。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あっれー? もしかしてだけど……あんま好みじゃなかった?」

「モグモグモグ……」


 ちょっとバカな六宇ちゃんは相手の表情や仕草を額面通り受け取る傾向があり、学校生活などではしばしばコミュニケーションに齟齬が生まれたりもするものの、見たままを現状として把握できるのはある意味全ての無駄を省いたストレートな意思疎通。


「ふぁい……」


 そして莉子ちゃんも特に遠慮はなかった。


 口に合わねぇ。ナタデココ。

 呑み込めねぇ。ナタデココ。


「そっかー。んじゃ、これは? ででん! ティラミスー!!」

「……こくん! ほわぁ! なんだかもう見た目からして美味しそうなスイーツが出て来ちゃいましたね!! 今のイカキューブはアレですか!? お口のコンディションを整えるためのヤツ! えへへへへへへへへへへ!!」


 日本本部の新しめなトラウマ、ティラミス。

 説明不要だが、軽く触れておくとエスプレッソがむっちゃしみ込んでおり、仕上げにコーヒーパウダーをぶっかけるのが通例。

 お菓子なのに苦みと甘さが同居している、イタリア生まれての大人なスイーツ。



「……ぁ。……六宇さん。ちょっとこれ、大丈夫でした」


 大人なスイーツが莉子ちゃんと相性の良いはずもなく。

 素直に「ご縁がなかったです」と言えるのがピュアな心のメインヒロイン。



 失礼な女の子と混同されることなかれ。

 友達同士でスイーツ食べてる時に無理して「あ。おいしー。これ、おいしー。あの、何がとは言えないけどおいしー。ゔぉえ」と深刻に感想を述べられた方がよほど気まずい。


「だよねー! それはあたしも苦手ー! 苦いもんねー!! なんかお酒の風味も強いしさー」

「ぁぅ……。バルリテロリってわたし、向いてないかもです……」


 しょんぼりする莉子ちゃん。

 これはいけない。


 六宇ちゃんは莉子ちゃんに戦いを挑んで命を助けてもらった恩義を返したいのだ。

 笑顔になって欲しい。


 莉子ちゃんの笑顔は美味いもの食わせたら割と簡単に出ると、にゃーにゃー鳴くお姉さんから情報を取得済み。

 それなのにバルリテロリで流行っていたナウなヤングにばかうけのスイーツがことごとく刺さらない。


「んー。じゃあ、これもあんまりかもだけどー。はい。パンナコッタ」

「そんなそんなそんな! わたし、六宇さんの気持ちが嬉しいので! 頑張って食べます! はむっ! モグモグモグ……。うん、これは……美味しい!! モグモグモグモグ!!」


 パンナコッタは生クリームや牛乳に砂糖をぶち込んでゼラチンで固めたシンプルなスイーツ。

 しかもフルーツソースやフルーツの果肉、生クリームなどでトッピングされている。



 こんなもん、莉子ちゃんにはいくらあっても良いですからね。



「ふぁぁぁー!! ふぁっ!! 美味しい!! つるっとイケちゃいますよぉ!」

「あ、ホント!? 良かったー!! いくらでもあるからさ! たくさん食べてね!!」


「ふぁーい!! わたし、六宇さん大好きでしゅ!! モグモグモグモグモグ……」


 いっぱい食べる君が好き。


 パンナコッタのカロリーはプリンのだいたい2倍である事を付言して、女子高生たちの交友の場から離れよう。

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