第1196話 【莉子ちゃん敵国、敵は全て下郎・その1】「……こんなのって……ひどい!!」 ~戦いの虚しさをそのたわわな胸にギュっと抱きしめたメインヒロイン~

 戦いを終えた甲冑部屋では砕け散った鎧たちが残骸となってその辺に転がり、誰のものかは分からないが血痕が至る所に散見され、天井は見晴らしがよくなり変な色の空が見えるし、床は逆に隆起したり陥没したり歩きにくくなっていた。


「……ひどいよ。……こんなのって、ひどい!!」


 お客様に念のためお知らせいたします。



 莉子ちゃんは正気です。



 リコリコ弁護団がこれより莉子ちゃんの弁護を行います。


 これまではダズモンガーくんの背中に格納されていたメインヒロイン。

 その前はひとり旅でチャリ漕いでた。

 凄惨な戦場に戦士として参戦するのはいつぶりか。

 バルリテロリ宙域で六駆くんとイチャイチャしながら一本満足バー食べてた時と、攻城戦で見せパンをゲットした時。

 ちょっと前に陛下の背中をガルルルルして。

 そして今回。


 どこからが凄惨なのかちょっと判断に迷う。 


 まあ、なんやかんやでともかくとして、段階を踏まずにいきなり戦場にやった莉子ちゃん。それはもうたわわな胸を痛めている。

 たわわの中身は真心とか、純愛とか、脂肪分なんてまったく入っていないピュアそのもの。


 ピュアドレスが持ち主として認める説得力は充分すぎるほど溢れ出して震える。


「……ふん」

「サービスさん! ここは仲直りです! 今はわたしたちが喧嘩してる場合じゃありません! こんな戦争すぐにでも止めないと!! わたし! ハンバーグとか唐揚げとかくれたバルリテロリの人たちを助けたいんです!!」


 これがメインヒロインにのみ許されたセリフ。

 ぽっと出の女なんかがこんなきれいごとを吐いた日には大炎上不可避である。


 長き時をただ清廉潔白に探索員として歩んできた莉子ちゃんだから言える感想。

 あるいは所信表明。


 ちなみに莉子ちゃんが煮しめや黒豆を食べていたらバルリテロリの臣民を「助けたいんです!」レベルが3つくらいランクダウンしていた可能性は否めない。

 嫌いなものを無理して食わせる時代は終わったのだ。


「ぐーっははは! さすがは莉子殿でございまするな!! 先ほどの戦い、見事の一言でございまするぞ!! これは六駆殿もご結婚のあかつきには夫婦喧嘩など軽々にできませぬな! ぐーっはははぐああああああああああああああああああああああああ」



 ダズモンガーくんがすっ飛んで行ったが、これは仕様です。



「もぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 結婚式してからですよぉ!! えへへへへへへへへへへ!!」

「み゛っ。……芽衣は莉子さんの忠実なる右腕として頑張るです。みみっ」


 芽衣ちゃんが戦局を見通した結果「みみっ。芽衣はお傍で被害を最小限に抑える係に就任するです」と決意を固めた。

 とても危険な任務であるが、彼女の意思は揺るがない。


「そだね! 戦争なんてヤメなくちゃだよ! 六駆くんがひいおじいちゃんを殺したら終わるんだから! わたしたちはそれまで、無意味な戦いをしている人たちを見つけて! それを止める! これが芽衣ちゃん部隊の任務だよ! 頑張るぞー! おー!!」

「み゛……。芽衣の名前が部隊にくっ付いてたです。みみっ。これもまた運命です。みみぃ……」


「ふん。もはや煌気オーラが足りん。芽衣ちゃま。俺と一緒に一旦魔王城へ戻るぞ」

「みみみみみっ」


 サービスさんの煌気オーラもついに枯渇した。

 氏は4日前から休憩なしでここまで何かしらのスキルを常に発現するという、やっぱり時間ドーピングキメてるだけあって持続力半端ないなこの人ムーブを完遂。


 さすがにアルティメット莉子ちゃんとの共闘では出し惜しみもできなかったらしく、これにてお役御免となる。


「ぐーっはははは!! そのような事もあろうかと思いまして! 吾輩! 魔王城にあった練乳のストックをかき集め持参してございまする!! ささ、こちらに!! 吾輩のエプロンにまだ……28ほどござまするぞ!!」


 サービスさんが目を細めた。

 氏が口元を歪ませるのではなく、いわゆるにっこりスマイルを見せるのはこれが初めて。


 続けて言った。



「ふん。殺すぞ。トラ」

「照れ隠しでございまするな!! 莉子殿で慣れておりまするぞ!! ぐーっははは!!」


 「このトラと逆神(鬼嫁)は本当に殺したい」とちゃんと改心していないサービスさんは心の底から思った。



 あと莉子ちゃんを「莉子」と呼ぶのは危険が危ないと学んだので逆神(鬼嫁)に呼び方が変更される、危機管理シミュレーション能力が甲冑部屋の戦いで急激に身に付いたラッキー・サービス氏。

 まだまだ魔王城には帰れない。


「よーし!! どこに行こっか?」

「ふん。……ここは、一旦外に出るべきだ。外からならば戦闘が起きた際の発見も容易い」


「おおー! なるほど! サービスさんって意外とやりますねぇ! 結婚式に呼んであげます! 仕方がないんですからぁ!!」

「ふん。……トラ。助け船を出せ。殺すぞ」


 芽衣ちゃんとダズモンガーくんがほとんど同時に同じ方向を向いて、同じ顔で頷き合った。


「ふん。トラ。芽衣ちゃまと分かり合うな。殺すぞ」

「そうだよぉ! わたしだけ仲間外れはひどいっ!!」


 サービスさんが「俺は今、時間を停めたか?」と疑心暗鬼に陥る。

 続けて時が凍ったように思われたその原因を口に出してみた。


「ふん。……?」


「わたしはこのドレスに慣れてないから煌気オーラ感知が上手くいかないし! サービスさん煌気オーラ感知がザコだし!! ちゃんと教えてよ! わたしにも!! ひどいよぉー」

「ふん。……??」


 芽衣ちゃまが敬礼してくれたので、サービスさんは些細な疑問を呑み込んだ。

 喉につっかえた魚の小骨を呑み込むよりも容易かったという。


 喉に魚の小骨がつっかえたらご飯で呑み込むんやというのは平成どころか昭和の情報。

 今は速やかに病院へ、耳鼻咽喉科へゴーである。


 夜間でも息苦しさや違和感が続くようならば救急病院を受診されたし。

 料金がいささか高かろうとも、ちょっと高いお金取られたよと笑い話に昇華できればそれで良い。


 些細な違和感が大病のサイン、体の発する緊急事態宣言だったりするのである。


「ふむふむ。わたしは戦えるまで時間がかかるけど、移動しながらだったらわたしはドレスに慣れて! サービスさんは練乳チューチューで回復できるね! よーし! じゃあそっちに行こー!! おー!! わたしサービスさんが迷惑かけるけど、ごめんね! 芽衣ちゃん!! ダズモンガーさん!!」

「ふん。……?」


 サービスさんに小骨と呼ぶにはデカすぎるナニかが突き刺さったが、芽衣ちゃま遊撃隊は甲冑部屋から移動を開始。

 ものすごく大きな煌気オーラと大きな煌気オーラを2つ感知した芽衣ちゃんとダズモンガーくん。


 ひとまず大きな煌気オーラの方へと向かう事となった。

 理由は単純。


「ものすごく大きなのは六駆くんだから大丈夫だよ! クライマックスのカッコいいとこ見られたらそれでよしだもんっ!!」


 これは莉子ちゃんの考え方で正しい。

 これは、などと付けたばっかりにこれまでの莉子ちゃんがおかしいみたいになってしまったが、日本語とはかくも難しきものである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ものすごく大きな煌気オーラの方に視点が移動するのは何故か。

 この世界では、緊急性が高いか、もっと言えば「早いとこ行かないと終わっちまう」くらいに火の回りが早い火災現場である場合が圧倒的に多いからである。


「逆神くぅぅぅぅぅん!! もうヤメよう!! あそこに見えるお金は罠だから!! 君ぃ! ついさっきガチギレしたじゃないの!! なんでまた同じ手に引っ掛かるの!? それで、まんまと罠にハマったらアレでしょう? もっとふぅぅぅぅんするんでしょう!? だからヤメよう!?」


 南雲さんが六駆くんにしがみついていた。

 もうナグモさんじゃなくなっている。


「ややっ! 出番の気配でふんすですね!! 逆神先輩! 2度あることはー?」

「さすがノア!! 3度ある!! じゃあこれ2回目だから、それには該当しない! つまり、罠じゃないって事だね!?」


「ノアくぅぅぅぅん!! 君ぃ! 目がキラキラしてるんだよ!! 何が望みなの!? 言ってご覧なさい!! 今の刹那的な愉悦に身を任せてるよりもずっと楽しい事をおじさんが教えてあげるから!! 気持ちいい事しよう! そんな事よりもっと!! おじさん知ってるよ!!」

「南雲監察官。今の発言は令和のご時世によろしくないかと存じますが」


「知ったことですか!! だって! 急に目の前に部屋が出て来て! そこにまたしても旧札の! 今度は千円札が束になって置いてあるんですから!! これはね、ライアンさん! 敵も引っ掛かるなよ! 引っ掛かるなよ!! って思いながらも時間稼ぎが必要だからとりあえず罠出して、私たちには葛藤してて欲しいんですよ!!」

「南雲監察官。貴官は少しばかり私を過小評価しておられますな。煌気オーラがほぼ枯渇しているとて、分析スキルでその程度は把握しております」



「だったら一緒に止めてくださいよ! 逆神くんを!! この子、葛藤もしないでまた罠に即ハマろうとしてるんですから!! きっとどこかで私たちを見てる敵も、私を全力で応援してると思うんです!! ここでもう一度ふぅぅぅんされたら! 本当に皇宮どころかバルリテロリが消し飛びますよ!!」


 南雲さんが必死なセリフでだいたい説明してくれた。

 さすがは監察官一の知恵者。



 そんな訳である。

 情報収集班の南雲隊は六駆くんがお金トラップで急激に仕上がった結果、バルリテロリサイドが放置しておけない脅威のもう1つ上へと判定が修正され、名前のない怪物へと進化。


 とはいえ、南雲隊の現在地は皇宮の西の端。

 場所を考えるといきなり奥座敷へ来られる確率は距離的なヤツに希望的観測も含めてまだ低い。


 各個撃破するにもいい塩梅のポジショニングを維持しており、できるならそこから動いて欲しくない。

 でも、夏目漱石の束に釣られてしまうとバルリテロリサイドとしても爆発させざるを得ないので、今はただ、南雲さん大変そうな人に頑張って欲しい。


 そんな意思が集まる、皇宮の西の端。

 次なる戦場となりそうな場所でもう戦っている我らが監察官殿。


 2024年7月3日から1000円札は野口英世から北里柴三郎に変わります。

 夏目漱石が2代前になるという事実は、我々の心にトゲとなり留まり続けるだろう。


 ご飯で呑み込めるのならばいくらだって挑戦しよう。

 これ以上、世界のスピードに置いて行かれる前に。

 お茶碗一杯分だろうと。丼一杯分だろうと。何度だって。


 世界のスピードに追い付けるまで。


 ちなみに二千円札の登場は2000年です。

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