第239話 準決勝の種目は6対6のバトルロイヤル! 人数が足りない南雲監察官室

 対抗戦の準決勝当日。

 今回は直前に種目が発表される。


「いやぁ! もうテンションが上がりっぱなしで! 昨日なんて、学校で授業受けてる場合じゃないなと思って、保健室で1時間目から6時間目まで寝てましたよ!!」


 ついに保健室登校を覚えた逆神六駆。

 学校は、学力を身に付けるだけの場所ではない。

 社会性も一緒に身に付けるための場所なのだ。


 そのどちらも放棄したら、どのようにして現代社会にコミットしていくと言うのか、逆神六駆。


「逆神くん。小坂くんに聞いたけど、再来週には期末試験があるんだろ? 大丈夫なの? 前にも言ったけど、探索員憲章にね」

「知ってますよー。嫌だなぁ、南雲さん。勉強が出来なくても気を落とさずに頑張れって書いてあるんでしたっけ?」


「そんな事書いてないよ! 君ね、もう逆神六駆Dランク探索員の名前は多くの者が知る段階まで来てるんだよ!? それが学業疎かにして資格停止とか、もう完全に監督者責任で私まで怒られるヤツなんだよ!!」


「にゃははー。六駆くん、大変ですにゃー」

「椎名くん! 君もだよ!! 一昨日、日須美大学からメールが来たんだよ! 君の後期の取得単位見込み、6らしいじゃないか!! 南雲監察官は何してんのって噂が立つんだよ! 君たち、準決勝まで勝ち残ってしまった自覚が足りないんじゃないの!?」


 今日も南雲修一は、常識と良識だけを友として学業不良の部下たちの尻を叩く。

 ならば南雲が勉強を教えてやれと諸君は思うだろう。


 それはもう、既に何度も試みている。


 試みる度に「うっ! 頭が……!」とか言って、『門』を生やして家に帰るダメな高校生がいるのだ。

 この件に関して南雲は完全に被害者である。



 と言うか、チーム莉子絡みの案件の場合だいたい南雲は被害者である。



 山根がパンケーキを人数分用意して、「ソフトクリーム希望の人はいるっすかー?」と点呼したタイミングで、館内放送が流れる。

 日引春香の声がして「六駆くん、静かにだよ!」と莉子がけん制した。


 ダメな亭主を陰で支える妻の貫禄が最近身に付いて来た莉子さん。

 もう誰も手遅れとは言わないので、早いところゴールすれば良い。


『こちらは五楼上級監察官室所属、日引春香Aランク探索員です。対抗戦の準決勝まで1時間になりました。種目を発表いたします。今回は、各監察官室の代表者6人によるバトルロイヤル形式の模擬戦となります。メンバー登録は15分前までとなっておりますので、遅れないようにお願いいたします』



「ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「危ない! 『鏡反射盾ミラルシルド』!!」



 噴いたコーヒーを六駆に反射させられて、自分の顔面に浴びた南雲。

 「お排泄物のように汚れておられますわ。これをどうぞ」と雑巾を渡す小鳩。

 せめてハンカチを渡してあげて欲しい。


「なんでコーヒー噴いたんですかにゃー? 模擬戦は2回戦でもやったから、問題ないと思うのですぞなー」

「みみっ! 芽衣は分かってしまったのです! 人数が足りません!! みみっ!」


 その通り。

 チーム莉子は莉子と六駆にクララと芽衣の4人。

 そこに出向して来ている小鳩を加えて、5人。


 代表者6人に足りないのである。


 南雲監察官室は他の監察官に比べて、所属している探索員が極めて少ない。

 他にここまで少人数のところは、木原監察官室くらいのもの。


 だが、対抗戦の準決勝を「人数足りませんでした。へへっ」と言って辞退するのは前代未聞の事態であり、歴史ある監察官室対抗戦を汚したとなれば、南雲は五楼京華にめちゃくちゃ怒られる事が確定する。


「何言ってるんですか、南雲さん! 人数なら足りてますよ!!」

「逆神くん。1桁の足し算までできなくなったら、人としてもおっさんとしても終わりだよ?」



「山根さんがいるじゃないですか!」

「うわっ! 本当だ! そうだ、山根くん! 君って探索員じゃないか!!」



 諸君もお忘れかもしれないが、山根健斗はAランク探索員。

 既に一線を退いて久しいが、退役している訳ではなく、しっかりと探索員免許も毎年更新している。


「えー。自分が出るんすか? ヤダなぁ。逆神くんや小坂さんのスキルの流れ弾に当たってリタイアするのが目に見えてますもん」

「大丈夫だ! 最悪、試合開始と同時に武舞台からすっ飛んでいいから! 出て! 山根くん! お願い!! ちょっとだけ! ちょっとだけで済むから!!」


 山根は「えー。ヤダー」と言いながら、何やら考え込む。

 数分ののち、彼は南雲に対して交換条件を提示した。


「自分の煌気オーラスイーツ製造機に監察官室の予算を2割使っていいなら、出ますよ」

「おおい! 大きく出たな! ……くそぅ! やむを得ん!! 認めよう!!」


「ついでに、最後まで生き残ったらその予算を更に倍にするのはどうですか?」

「おお、それいいっすね! さっすが、逆神くん! 伊達に異世界で生き抜いてないっすねー」


 南雲監察官室の来年度の予算の実に半分近くが山根に奪われる事が決まる。

 もちろん、試合に負ける可能性だってある。

 あるが、果たして逆神六駆が優勝賞金3千万円を目前にして、敗退するなどと言う事があり得るだろうか。


 この場で敢えて答えを言うのは無粋と言うものである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「じゃあ南雲さん。装備貸してくださいっす」


 そうと決まれば準備である。

 クララと小鳩が山根の代わりにメンバー表を五楼上級監察官室へと提出しに行っている間に、急いで山根の戦支度を整えなければならない。


「そうだな。Aランク用の貸し出し装備があったはずだ。すぐに用意しよう」



「えー。自分、南雲さんの2番装備がいいっす。それ以外だと気分が乗らないなー」

「くそぅ! 厚かましいな、君ぃ! 分かったよ! 2番ね! 貸してあげるよ!!」



 山根は自分の白衣を脱ぎ捨て、南雲専用装備の2番に袖を通す。

 もちろん白衣である。

 白衣から白衣に着替えると言う、一見すると意味のない行動だが、南雲のイドクロア白衣の耐久力は並じゃない。


「えっとぉ、南雲さんの武器って言う事は、剣ですか?」

「小坂さん、甘いっすねー。南雲さん、こう見えて武芸百般なんすよ。久坂さんの弟子だから。剣以外にも色々面白い武器持ってんすよ」


 山根が持ち上げた南雲修一の2番装備。

 それは銃だった。


 ルベルバック軍が使っていたような煌気オーラ銃ではなく、弾を込める拳銃である。

 回転式煌気オーラ拳銃、つまりリボルバー。

 2つが1セットで、二丁拳銃となっている。


「うわぁ! カッコいいなぁ! 良いですね、それ! 僕も欲しいなぁ!」

「こっち見てもあげないからな!? 『双銃リョウマ』は一発撃つだけでものすごくお金がかかるから、私だって数回しか使ってないんだぞ!!」


「やっぱり銃って良いですよね! 見てるだけでテンション上がるって言うか!」

「もぉぉ。六駆くんってば、変なところは子供っぽいんだからぁ!」


「莉子さんがまったく嫌がっていないことは芽衣にも分かるです! みみっ!!」


 こうして南雲監察官室のメンバー総動員で臨む、対抗戦の準決勝。


「あ、南雲さん。ホルスターもください」

「なんで!? いいじゃないか、そのまま持っていけば!!」


「はぁ。南雲さん、分かってないっすねー。ホルスターから拳銃抜きたくて自分、2番装備にしたくらいなんすよ?」

「あ、でもでも! 山根さんの武器は隠しておいた方が戦いの中で相手の隙を突けるかもしれませんよ!」


 莉子さん、ここぞの正論を南雲にぶん投げる。


「……このホルスター、『双銃リョウマ』の威力を高めるために大量のイドクロア使ってるからな? 絶対に壊すなよ? いいな? 山根くん?」

「さぁ、皆さん! 自分、新参者っすけどよろしくお願いしまーす!」


 南雲の「やーまーねぇー! 聞ーけーよぉー!!」と言う叫びと共に、いざ出陣。

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