第603話 【旅行先はブドウ園・その3】戦場へ!! ~今回は自業自得な京華さん。小鳩さんは何も悪くない~

 フランス探索員協会本部はデザイン重視の建物である。

 大きな噴水の周りには歴代上級監察官の名前と功績を記したプレートが並べられており、戦略的に意味は絶対ないものの、思わず目を留めてしまう美しさを放つ。


「私はクレルドー上級監察官にご挨拶してきます。みんなは準備を」

「待て、修一。同じ階級の私が出向くのが筋ではないか?」


「先ほど通信でご挨拶しましたし、すぐに現場に向かわなければなりませんし。京華さんには任務終了後のご報告をお願いします」

「そうか。まったく、昔はあれほど頼りなかったのに。今ではこの私を引っ張るとは……! ふふふっ。春香、これが私の旦那だ! ふふふふっ!」


 自他ともに評価は厳しくがモットーだった五楼京華上級監察官。

 今は自分の旦那に対する評価が、最初から持ち点50000スタートである。


 と言う事で、足早に本部建物へ入って行った南雲監察官。

 なお、【稀有転移黒石ブラックストーン】の転移座標はだいたい20メートル前後が一般的とされており、そのスペースに転移して来た者はランダムに着地する。


 そろそろ、巻き込まれた人たちが存在感を発揮する時分で。



「なんだ、ここ!? もう完全に日本じゃねぇな! やべぇ! この逆神大吾さん、ついにワールドデビューかよ!! 参ったねー!! ねっ! 京華ちゃん!! いやー! まさか暇してたところをこんなとこに連れ来てくれるなんて!! 結婚してもさては師匠のオレが大好きだなぁ? ぐへへ、こいつぅー」

「貴様ぁ! どこから湧いた!? はぁぁっ!! 焼き尽くせ!! 『皇炎残火カイザーフランメ』!!!」


 京華さん。気持ちは分かりますが、今回はあなたのミスです。



 逆神大吾が火だるまになったところで、最近幸せが多すぎた事で反動を喰らったのか、初期の不幸体質がちょっとお漏らししてしまった小鳩さんが「わたくしもおりますわ……」と控えめに手を挙げた。

 彼女は燃え盛る大吾をチラ見しながら、京華さん、春香さん、山根くんに事情を話した。


「……すまん。……そう言われてみれば、私はまったく周囲の確認をしていなかった。……浮かれていたのだ。許してくれ、小鳩」

「あっ! いえいえ! 確かに驚きましたけれど! 緊急任務でしたら仕方がないですわ! と言う事は、帰りの【稀有転移黒石ブラックストーン】は1つだけですわよね? でしたら、わたくしも作戦に参加いたしますわね! 実力不足ですが、頑張りますわ!!」


 京華さんの中で、いつものように塚地小鳩Aランク探索員の評価が爆上がりした。

 チーム莉子の乙女たちはだいたい好きな京華さん。

 「いっそ、うちに転属してくれんかな」とガチで考え始めている。



「いやー! 悪ぃヤツ倒すんだろ!? このオレをチョイスするとは、京華ちゃんも見る目があるんだよなぁ!! 昔から!! ほら! 異世界で修行つけてやってた頃にさ、オレの作った鍋食べてお腹壊したことあったじゃん? あの頃に比べりゃもう立派な」

「喰らえっ!! 全てを灰燼と化す滅炎を!! 『皇炎暴滅ベエーアディゲン』!!!」


 よそ様の本部前で初出の極大スキルを使わないでください、京華さん。



「けど、小鳩ちゃんは装備がないですよね?」

「そうですわね。槍だけはメンテナンス済みのものを受け取ったのですけれど。防具に関してはまったくですわ。……ワンピースで戦場に行くのはアレですわよね」


「そっすねー。見た目は置いといて、防御や耐久に関しては段違いっすからねー。自分、男性用の装備ならスペアあるんすけど。春香さん、持って来てるっすか?」

「うっ……。最初は持っていたんですけど。その、5泊分の服とか下着をケースに入れたら邪魔で……。ごめんなさい……」


「何泊する気なんすか……。上級監察官なら、何か備えあるっすよね?」

「……。すまん。夜に備えて、コスプレ衣装を5着ほどケースに詰めたところ、予備の装備が邪魔で仕方なくてな。……全部捨てて来た」


「何やってんすか……。2人とも……。ええ……。自分がこれ言うんすか? ちょっと浮かれ過ぎっすよ? これから恐らくピースの幹部と戦うんすからね?」


「ごめんなさい……」

「すまん。反省した」

「あっ! お気になさらずですわ! わたくし、後方支援に徹しますので!! それでしたら、自前の煌気オーラで体を覆えば多少の防御はできますし!!」


 ここで京華さん、閃く。


「その手があったな! 修一の『古龍化ドラグニティ』ほどではないが、私も煌気オーラ付与の心得はある! そして、衣装も山ほどある!! 即席で防具を作ろう!! そのくらいはさせてくれ!!」

「ありがとうございますわ! やっぱり京華さんは頼りになりま……え゛。あの、それをわたくし、着るんですの? や。ええと。わたくし、後方支援で」



「バカを言うな!! 小鳩! お前は大事な部下だぞ!! 身を守る術を与えんでどうする!! 安心しろ! セイバーのコスプレだ! あの子、元々サーヴァントだからな!」

「え゛っ。あの、これ、胸元が……。いえ、スカート丈も! 絶対に戦闘用の装備じゃないですわよ!? 今着ているワンピースの方が露出少ないってどういう!? あ゛っ! ま、待ってくださいまし!! 自分で着替えます!! ちょ、ヤメ……!!」



 なお、探索員アイテムの着替え室が展開されていますので、乙女たちはその中でアレをナニしております。

 ご安心ください。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃。現世では。

 日本協会本部から30分の距離にあるアパートには、あの男がやって来ていた。


「いやー! すみません! 急に来ちゃって!」

「申し訳ねぇと思う気持ちがあるんならよぉ。とっとと帰ってくんねぇか? 俺ぁ休みなんだよなぁ」


「いえね? ピース侵攻が長くなりそうなんで、僕を含めた学生組は復学した方が良いと思うんですよ。で、その相談に来たのに、南雲さんがいないんです!」

「あぁ。そうかぃ。でぇ? なんで俺の家に来るんだぁ?」



「だって、あっくんさんのアパートには『基点マーキング』がありますからね! アルフォートのおかわり貰っても良いですか!?」

「よーし。分かった。あるだけ全部やるから、帰れぃ」



 あっくん宅に六駆くんがやって来ていた。

 綺麗になった六駆おじさんは「若者の学生時代が無為に消費されるのは良くないよね!」と、ミンスティラリアに疎開しながら学校に通えるようにするための整備に関する資料を携え上官の元を訪れたのである。


 アルフォートを食べている六駆くんを迷惑そうに見ているあっくん。


 不意に飛んで来たサーベイランス。

 2人して首をかしげる。


 映像が投影された。

 あっくんがお茶を噴く。


『こちら、フランス出張中の今日は日引じゃなくて、山根春香です! あっくんさん! 手違いであっくんさんの小鳩さんが作戦参加する事になりまして、装備がないので京華さんのコスプレ衣装に煌気オーラ付与して着てもらいました! 胸のサイズがピッタリなんです! ブーツ忘れたらしいので生足です!! 記念にどうぞ! はい!』

『や、ヤメてくださいまし!! 恥ずかしいですわよ!! 違うんですのよ! あっくんさん!! わたくし、自分から着たわけではなくてですね!! ああっ、もぉ! 通信切ってくださいまし!!』


 セクシーセイバーのコスプレをした小鳩さんのお披露目が行われました。

 あっくんは冷蔵庫から麦茶を取ってきて、六駆くんのグラスに注いだのち、自分のグラスにも注ぎ一気に飲み干した。


 続けて、最強の男に意見を求めた。


「俺ぁこんな時よぉ。どんな顔すりゃいいんだぁ?」


 六駆くんは笑顔で即答する。



「笑えばいいんじゃないですかね!!」

「……笑えねぇよ」



 せっかくのオフなのに、全然心が休まらないあっくんであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 着任の報告を終えた南雲監察官が戻って来た。

 戻って来て、数秒目を閉じた。


 副官に一応、念のため尋ねる。



「山根くん? これは何がどうなったの? 塚地くんと大吾さんいるじゃん。塚地くんはえらい恰好してるし。大吾さん燃えてるし。なにこれ? よその国だよ、ここ」

「オペレーターに聞けば何でも分かると思ってんすか? それよりも、転移座標情報入った【稀有転移黒石ブラックストーン】受け取って来たなら下さいっす。自分が用意するんで」



 南雲監察官は「あ、うん。はい。君は冷静だなぁ」と感心する。

 すぐに煌気オーラ力場を構築させながら山根くんは答えた。


「仕事する事で現実逃避してるだけっすよ。自分の嫁さんが、いぇーい! 彼氏くん見てるー!! をやってたんで。仕事してて知らなかった体で行こうかなって」

「君は機転が利いてすごいなぁ。よし、私も手伝おう。その後は一緒に着替えよう。そのくらい時間経ったら、悪い夢は醒めてるかもだからさ」


 全ての準備が整っても、夢ならばどれほどよかったでしょうであった。


 南雲隊。

 不安だらけの状態で戦場のブドウ園に向けて転移する。

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