第1125話 【現世チームVS皇宮・その6】狂喜・肉弾餓狼砲撃戦とは ~砲弾をキャッチして投げ返す。源流は紀元前の大陸にあるとされ、神事として現在にも息づいているスポーツである。~

 見えないものを見ようとするのが天体観測。

 見えないものは見えないけど、なんか視えるのがばあちゃん。


 猫がたまに虚空を見つめて「に゛ゃ゛ー」と鳴いている現象に似ている。

 あれは人間に感じ取れない周波数の音を拾っていたり、屋根裏や外の音の発生源を探るためにとりあえずいい感じのポイントに視線を向けていたり、すげぇ小さい埃とか虫とかがそこを飛んでいたりするのが原因と言われているが、もしかしたら我々の知らないナニかを彼らは視ているのかもしれない。



「やっぱりおるねぇ……。悪さしようと思うちょる子が……。そこにぃ?」

「まずい。恐怖で思念体が消えそうだ」


 みつ子ばあちゃんはナニかが見えていた。

 テレホマンには死兆星的なナニかが見えている。



 怖くてどうにかなりそうなテレホマンだったが、眼前のばあちゃんがスッと消えた。

 戦争では極度の緊張下で感覚が鋭敏になり過ぎ幻覚や幻聴の症状が現れる事がある。

 戦場では同士討ちの危険が、戦後になっても後遺症に苛まれる事案は数多く報告されている。

 テレホマンは電脳戦士。


 知識が豊富過ぎたせいで、ありもしない幻覚を見たのかと自身を納得させた。


「ごめんねぇ。あたしゃ今ね、煌気オーラがないからねぇ。地面蹴ってジャンプしよるんよぉ。空中に人って立てんのよぉ」


 幻覚だったとしても、自分はもうダメだと確信するに充分な幻覚である。

 やべぇババアと認識されているばあちゃんが地面を蹴って跳んで来て、重力の面目躍如のために一旦降下したと思ったらまた跳んで来る。


 赤と緑の配管工兄弟かな。


 テレホマンは『ダイヤルアップ』によって、精神だけを皇宮の外に飛ばしているため限界が来れば解除すれば良い。

 しかし彼の責任感と使命感がそれを許さない。


「私の出現しているポイントは地上5メートルよりも高いのだが……」


 5メートル。

 意外と想像しづらい長さ、高さである。


 家の二階までが3メートル。

 バスケットボールのゴールが3メートル。


 アレよりも高い位置にいるのに、ばあちゃんが地上と上空の反復跳躍キメてくる。


「落ち着け。精神を乱しても意味はない。太子妃様は私に攻撃できんのだ。よし。5メートルの実例を思い浮かべよう。消防車の全長がそのくらいだったか。タクシーはそれよりも少し小さいがやはり約5メートル。大相撲の土俵の直径は4.5メートル。舞の海関を応援していたら急に令和に同期されて悲しかったが、今は宇良関がいるから良し。あとは……」



「うちの子らにちょっかい出すならね。堂々と大砲撃って来ぃさん。それじゃったら、あたしが相手しよういね。無防備な女の子を狙おうっちゃあ、ちぃとばあちゃん、看過できんよ?」

「はぁぁぁぁぁぁ!! 坂本龍馬像もだいだい5メートルぅぅぅ!!」


 テレホマンの『ダイヤルアップ』が強制解除された。

 というか、テレホマンが解除した。


 もう耐えられなかった。



 みつ子ばあちゃん、5メートルの反復跳躍で戦わずして勝つ。

 だが、彼女はもう皇宮の方に目を向けていた。


「ほほぅ。言うた事を実行するっちゃあ……。今の子はなかなか骨があるねぇ。うちの息子に爪剥がして飲ませたいねぇ!!!」


 爪の垢を煎じて飲ませるのではなく、爪を剥いで飲ませる。

 これは独立国家・呉に伝わる民間療法。


 愚息にキクかどうかは別問題だが、みつ子ばあちゃんの心が少し穏やかになる。


 次なる目標は跳んで来る砲弾。

 あるいはテレホマンの爪。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 皇宮で能力を解除したテレホマンが膝から崩れ落ちた。

 四角い顔からは大粒の汗が滝のように流れ落ちる。


 それでも彼は総参謀長。

 戦略的撤退をキメたのであって、心が折れた訳ではない。



 もうその時点ですごい。

 かつてみつ子ばあちゃんに心を折られなかった者がいただろうか。



「どうしたんや、テレホマン!! 外で何があったん? ねぇ? 不安になるから、笑って? テレホマン? 笑って!!」


 こちらにおわす皇帝陛下は1度ぽっきり折られているが、生き返って戦線に復帰は果たされたので判定はグレー。

 さすがはバルリテロリ。


 ここまで生き残ったヤツらはみんな心が強い。


「陛下。少しばかりお待ちを」


 テレホーダイ・ファイナルを取り出したテレホマン。

 同期を使うと恐怖が伝播して電脳ラボが本当の意味で終わるのだ。


「貴官らの勇戦に感謝と敬意を表する。Nテェテェより情報はこちらでも受け取っている。逃げれば良いものを……私は得難き部下を持った。仮にこの先生きのこる事があれば、命尽きるまで私の事を呼び捨てで、いや、クソを付けて呼んでくれ。貴官らに告ぐ。ありったけの砲弾を外にいる敵に叩き込め」


 テレホマンが指示をした。

 続けて、指示ではなく願った。


「そののち、総員退避せよ。いや、違うな。総員、退避してくれ。国は人がいればまた創れる。人が命を賭けるほど価値のある国がどこにあろうか!! 総員!! 生きて! この愚かな戦争を後世に語り継げ!! 私は最期まで見届ける義務がある。……備蓄のコーラ、全て持って行って構わん。オーバー」


 電脳ラボに向かって敬礼したテレホマン。


「……テレホマン? なんかワシ、色々と心がモニョっとしたよ?」

「はっ。陛下。今のは全部、嘘でございます。うちの部下たちは揃いも揃って愚鈍ですので。こうでも言わなければ動きません。大変な不敬、このテレホマン何をもって償いましょうか」



「あー! なんだー!! ビックリするわー!! そらね? バルリテロリをここまでデカくしたのワシだもんな!! 愚かとか言うから! もおー!! ビビりまくりまクリスティーだわー!! ひゅー!!」


 テレホマンが無言でもう1度だけ敬礼した。



 真なる忠臣は主君の行いを正す者。

 自分はついに忠臣にはなれなかったが、最期まで陛下に付き従おう。


 そんな意味の敬礼だったのかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 電脳ラボでは。

 もう砲弾がバンバン放たれていた。


「なんだよ! テレホマン様! この先生? きのこる? 頭バグったか?」

「何言われても逃げねぇってNテェテェさんから情報行ってんだろ? バカだよな!」


「逃げてどこに行く。我々の家はここだろうに」

「おーい。コーラ持って来たよー」


 電脳ラボの職員たちは粛々と皇宮に備えられている防衛システムを解除して、大砲から砲撃を繰り返す。

 防壁なんか展開しててもどうせ破られる。


 だったら全弾撃ち尽くして、あとは天命を待つ。


「オレらの神って皇帝陛下じゃね?」

「天命って勅命のことだもんな」

「だったら好きな寿司ネタでも呟いてろ! 手は動かせよ!!」



「ヒラメ!」

「イワシ!!」

「カレイ!!」

「ええ……。この流れで言いづらい。コーンマヨネーズ……」



 多分意味はないだろうなと皆が思っている。

 かつてない一体感をもって、バルリテロリ皇宮の一斉砲撃が始まった。


 多分すぐ終わるだろうなと、やっぱり皆が思っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 皇宮の外では。


「にゃー!! いっぱい飛んできたぞなー!!」

「瑠香にゃんサーチ完了。物理的な砲撃です。スキルによる防御は効果が薄くなります。しかし、ご主人マスターやバニング様のような近接タイプの使い手にはむしろ相性が良いと瑠香にゃんは助言します」


「……わたくし、南雲さんを担いでますのよ。クララさん! どうしてわたくしに担がせたんですの!!」

「だってにゃー。あたしJDだぞなー。事案だにゃー。事案だぞなー」


 小鳩さんが要救助南雲さんを担いで移動中。

 バニングさんは左足の感覚がないので跳べない。


「任せぇさん!! さぁぁぁぁぁぁぁぁ!! みつ子コンバット!! 『流転るてん』!!」


 みつ子ばあちゃんがジャンプ一番。

 飛んできた砲弾をキャッチして、くるりと回転したかと思えばハンマー投げスタイルで皇宮へとお返しする。


「あたしらねぇ! お盆の時期になるとやりよるからねぇ! 花火を使ったドッジボール大会!! そねぇな経験も役に立つもんじゃねぇ!!」


 お盆の時分、いつの頃からか花火を打ち上げるのが慣例になった。

 呉では戦後間もない頃から既に伝統として受け継がれており、『肉弾餓狼砲撃戦』と呼ばれる四尺玉を用いたドッジボールが催される。


 四尺玉は直径1.2メートル。重さは約450キロ。


 かつては大陸から伝わったともされる『肉弾餓狼砲撃戦』は、飢餓に苦しむ民衆が暴動を起こさぬように「どうせヤケクソになるんなら火の付いた爆弾でも投げ合えや」と時の帝が指示したのが始まりとも、飢えた狼と呼ばれ恐れられた将軍が戦いの神に捧げる神事として部下にも強制参加させ天変地異が起こる度に繰り返し、天変地異があまりの狂乱っぷりに「ええ……。もうヤメとこ……」と怒りの矛先を納めたともされる。


「さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 バルリテロリ皇宮、炎上。


 それでも砲弾は飛んで来る。

 みつ子ばあちゃんが「ふふっ。若いってのはええねぇ!!」と笑顔を見せた。


 続けて言う。


「みんな! ここはあたしとお父さんに任せて、先に行きぃさん!! なぁに、すぐ追いつくけぇね! 心配はいらんよ!!」

「ほっほっほ。ワシは見とるだけですじゃわい。帰りの足が必要じゃろうて。アタック・オン・みつ子のお守りも任せてもらいますぞい」



「にゃはー! もう折れてる死亡フラグ来たにゃー!!」


 どら猫が代弁してくれた。

 ここは任せて先に行って大丈夫。



「南雲さん!! 行けますか!! イケないなら、僕が指揮執りますけど!!」

「えっ!? ……イケるとも!! 誰かー!! 治療ってお願いできるー?」


 四郎じいちゃんから最後の回復用【黄箱きばこ】を受け取った南雲さんが全員を纏めて、ついに皇宮へと突入が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る