第350話 2番からの不穏な予告

 六駆は悩んでいた。

 もちろん、手の平の上にある金色の腕時計についてである。


 天使の六駆と悪魔の六駆が、彼の脳内で攻防戦を始めた。


 天使が言う。「いけませんよ、六駆。それは拾ったものです」と。

 悪魔が言う。「拾ったんだからもう、それって僕のものじゃ?」と。


 天使は言う。「確かにそうかもしれん」と。

 悪魔は言う。「見事にそうしかないわ」と。


 彼の脳内にいる天使は、天使っぽい姿をした悪魔だった。

 とんだ茶番である。


「うふふ! これ、リサイクルショップで売れるかな!?」

「ダメだよぉ! 異世界で拾ったんだから、ちゃんと協会本部に買い取ってもらわないとだよ?」


「うわぁ! 莉子はやっぱり頭が良いなぁ!」

「えへへー。六駆くんの役に立てたかなぁ? えへへへへー」


 莉子さん。ちょっとずつ倫理観を失くし始める。

 チーム莉子の良心が汚れていくのは、誰のせいなのか。


「南雲さん! この腕時計、いくらで買います!?」

「君、もう口調が丁寧なチンピラみたいな事を言い出したな? ダメだよ。それ、普通に協会本部が調査するから」



「えっ!? 僕が拾ったのにですか!?」

「逆神くんはさ、きっと目の前で誰かが財布落としたら、秒で拾って報労金を要求するんだろうね」



 六駆は今回、割と素直だった。

 何故ならば、金色の時計も欲しいけれど、これから楽しい報酬の受け取りタイムが待っているからである。


 ならば、寛容な精神で拾った時計を南雲に渡すのも致し方なし。

 彼は「もう、今回だけですよ?」と言って、金の時計を南雲に手渡した。


 そんな六駆のところへ、2匹目のドジョウがやって来る。


「見てにゃー、2人ともー! なんか高そうな時計を拾ったぞなー!!」

「うわぁ! ズルいなぁ、クララ先輩!! 僕がたった今諦めたヤツとそっくりじゃないですか!!」


 金の時計。2つに増える。


「あら。本当に同じデザインのようですわね。この基地で結束を高めるためにお揃いのものを作ったのかもしれませんわ」

「みみっ。おじ様が芽衣の写真を時計に入れてた事を思い出したです。もちろん秒で破壊したです。みみっ」


 すると、金の時計が鳴きだした。

 まるでスマートフォンの呼び出し音のように、シンプルな電子音で。


「……これ、時計の形をした通信機だったりしないかにゃー? なーんて。そんなベタな展開はないかにゃー。にゃっはっはー」

「一応、南雲さんに報告して来るよぉ、わたし。ナグモさーん!」


 南雲修一、この作戦中スカレグラーナ訛りで名前を呼ばれ過ぎたせいで、身内にまでそのイントネーションが浸透し始めていた。


「この時計、よく見るとイドクロア使われてるなぁ。煌気オーラ出てるもん」

「みみっ? どこです? 芽衣には分からないです。みみみっ」


「わたくしにも見えましたわ。そこの、右の端にあるボタンですわよね?」

「おー。なんか出てるにゃー。六駆くん、押しちゃダメだにゃー? ダメだにゃー?」


 ここまでお膳立てをされて、押さない選択肢はないのである。


「そぉぉぉい! うわっ! なんか煌気オーラ吸い取られてる! 不快だなぁ!」


 六駆の手の平から吸収した煌気オーラで、金の時計が発動する。

 時を同じくして、南雲と五楼が莉子に連れられて戻って来ていた。


「ふぅぅぅぅんっ!! あー! 気持ち悪かった!!」


 六駆が時計を床に叩きつけると、内部のイドクロア加工物が起動する。


『……この騒がしさ。さては、本当にデスターが壊滅したのか。今、何者が『オレックス』を所持しているか。識別番号を述べろ』


 その場にいた全員が察した。

 この時計は、『オレックス』なるアトミルカの通信機であると言う事実を。


「あたし、フラグ立てたのかにゃー?」

「仕方がありませんわよ。六駆さんが手にした時点でもうフラグですもの」

「みみっ。ここは静観するのが吉だと経験則が教えてくれるです」


 六駆が謎の男の呼びかけに応えた。



「はい! こちら南雲ですが! そちらは誰ですか?」

「おおおい!! やると思ったんだよ!! 違いますよ! 南雲じゃなくて、4番です!!」



 時すでに遅し。

 相手は意外と礼儀正しく、「貴様が3番から報告のあった、ナグモか」と言ったのち、名乗った。


『私は識別番号2番。どうやら、デスターを完全制圧したようだな。探索員協会』


 五楼が南雲に「できるだけ話を引き延ばせ!」と告げて、ハンドサインでオペレーターたちを集合させた。

 どうやら、いわゆる逆探知を試みるつもりらしい。


「それで、その2番さんが負け散らかした現場の状況を女々しく確認するために通信してきたんですか? あなた、宝くじが外れてるのに売り場に持って行って、販売員の人に改めて確認させて手間を増やすタイプの人ですね? 嫌だなぁ!」


 南雲が崩れ落ちるように床に手を突き、呟いた。

 「君、指示されてないのになんで先頭に立って交渉役を引き受けるの? 一番向いてないじゃん!!」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 2番と名乗る男は「ふっふっふ……」と意味ありげに笑った。



『なにやら、活きの良い者がいるようだな。さては貴様が』

「えっ!? すみません、何言ってんのかよく分かりません!!」



 六駆は相手の会話に被せて、大声で自分のセリフを放った。

 これは、おじさんの持つ108ある必殺技の1つである。

 仕事のできないおじさんに電話番をさせてはいけないと言う、貴重な実例でもあった。


「山根、福田。相手の座標は分かるか?」

「いやー。ちょっと難しいっすね。あっちもどこかの異世界だって事は分かるんすけど」

「山根さんの言う通りです。かなり特殊な環境なのか、座標すら把握できません」


 五楼は渋い顔をする。

 これ以上の会話は無意味だと2番と六駆の双方が察した瞬間でもあった。


『そちらの状況は把握した。随分と我らの構成員を捕縛したようだな。だが、そうされると私たちも困るのだ。戦士を育てるには時間がかかる。よって、これまでに消費してしまった戦士たちをまとめて返してもらう事にした』


 2番はもう一度「ふっふっふ」と笑う。

 六駆は「気持ち悪い笑い方ですね!」と合いの手を入れるのを忘れない。


 国際探索員協会の牢獄。

 基本的に犯罪者のスキル使いは、この牢獄【カルケル】に収監される。


 もちろん、これまで捕まえて来た大量のアトミルカ構成員も基本的に『カルケル』の奥深くに捕らえられている。


『せっかくの機会だ。代替わりする前に失った、旧シングルナンバーたちも返してもらおう。予告しておくが、この大量奪取計画。これは今回貴様らが企てたデスターの破壊に対する報復措置としての側面も含まれている。つまり、分かるな? 我々の計画を阻止する事はふか』



「えっ!? ちょっと待ってください! 分からないんですけど!? そこを分かった体で進められると困るなぁ!!」

「おい、ナグモ! いや、南雲! 逆神を通信機から引き離せ!」

「既に手遅れだと思います! 逆神くん、お金あげるから!! 聞き分けてくれ!!」



 しばしの沈黙が場を支配した。

 そののち、低い声が再び話始める。


『我々の計画を阻止する事は不可能だ。貴様らがつまらないちょっかいをかけて来た事により、アトミルカはかつての力を取り戻す。せいぜい震えて眠るが良い。ふっふ……ふっふっふ。言っておk』



「ふぅぅぅぅぅんっ!! 一刀流!! 『爆散粉砕閃ばくさんふんさいせん』!!」

「な、なにやってんのぉ! 逆神くぅん!!」



 こうして通信は終わった。

 終わった後で、六駆は言う。


「だって、時計の向こうの人。明らかに何らかのスキルでこっちのデータを採っていましたよ? 逆探知しようと仕向けられちゃったみたいですね!」


 逆神六駆。

 彼はどんな時でも慌てず騒がず、ただシンプルに自分の最善を貫くのであった。


 この大胆な犯行予告は、その後五楼京華によって協会本部に持ち返られる。

 アトミルカとの全面戦争の幕がひっそりと開けたことを知っている者は、この時点ではまだ誰もいないのである。

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