第61話 木原芽衣の悲哀 一方、育てがいのありそうな素材を見つけた逆神六駆

 とりあえず、芽衣めいを落ち着かせてあげよう。

 莉子にとっては初めての年下で同性の探索員。

 お姉さんとしての使命感に目覚めていた。


「芽衣ちゃん! あ、芽衣ちゃんって呼んでもいいかなぁ? わたしは小坂莉子。こっちが椎名クララ先輩。それで、この人が逆神六駆くん。よろしくね!」


「は、はい。よろしくです。でも、芽衣はもう探索員を引退しますです。どうせ、おじ様のコネでなれたようなものですし」


 クララ先輩が持って来ていたカロリーメイトを取り出し、「まあこれ食べて落ち着くにゃ」と手渡すと、「ありがとうです」と芽衣は素直に受け取った。

 げっ歯類のようにそれをサクサク食べる芽衣の姿に、莉子は心を奪われた。


「元気出して! わたしも初めての攻略の時はひどい目に遭ったけど、どうにか続けて来られたんだし、卑屈になっちゃダメだよぉ!」

「いえ、芽衣はポンコツです。コネ採用だってみんなに言われて、心も疲れたです。もう引退して、出来れば何もしたくないです」


 完全に自分のやりたい事とシンクロを果たした六駆は、芽衣に感銘を受けた。


「分かる! 僕も隠居するためにダンジョンに潜ってるからね! そういう理由でもなけりゃ、こんなとこにわざわざ来ないよね! ははは!」

「六駆くんは黙ってて! ところで、芽衣ちゃん? コネってどーゆうこと?」


 芽衣は「隠してもそのうちバレるのでお話しておくです」と言って、自分の探索員採用までの過程を語り始めた。


 木原きはら芽衣めい。15歳。中学三年生。

 これまで探索員の採用年齢は16歳以上という規定があったのだが、それを例外的にパスしてFランク探索員に芽衣が採用されたのが先月の事。


 六駆と莉子が探索員になった時の事を思い出していただきたい。

 今は善玉になった、かつて悪玉菌時代の本田林に適当な試験を出されて、それをクリアした2人。

 探索員業界は常に人手不足のため、志願すれば余程才能がない限りは低ランクとして採用される。


 だが、芽衣の場合少し事情が違った。


 彼女の伯父は、探索員協会本部の監察官、木原きはら久光ひさみつ

 今も前線に出てモンスターと戦い、そのデータを元に研究をするゴリゴリの現場主義者であり、その勇名は業界内で知らぬ者なしとされている。


 そんな伯父に「お前には才能がある」と言われて、押しに弱い芽衣は断る事ができず、気付けば探索員になっていた。

 周りからは当然、「あいつは監察官の身内だ」と色眼鏡で見られる。

 もとからネガティブな性格の芽衣は、すっかり自信を失っていく。


 それでも、伯父に恥をかかせてはいけないと思い、本日気合を入れてダンジョンに初めて足を踏み入れた。

 新人探索員はパーティーを組むのが慣例であり、それがFランクともなればなおの事なのだが、前述の「コネ疑惑」のせいで、彼女と一緒に行動しようと言う者はいなかった。


 「監察官の身内に怪我でもさせたら大変だ」という感情も、周囲が芽衣に近づかない大きな理由となっていた。



「そっかぁ。大変なんだね、芽衣ちゃん。わたしなんかの同情なんていらないと思うけど、応援するからね!」

「でも、実際パーティーを作るのは大変そうだにゃー。芽衣ちゃん、月刊探索員で特集組まれてたもん。グラビア付きで。あんなに大々的に売り出したら、そりゃあみんな気が引けるのも分かるなー」


 莉子とクララも、同情はするし、どうにか力になってあげたいと思うものの「じゃあパーティーに入りなよ!」とは言えずにいた。

 それだけ、木原久光監察官の名前は大きい。


 ところで、そんな事を知りもしないし、今後も知ろうとしない男をご存じか。

 我らが主人公、逆神六駆である。


 彼は、芽衣の話もほとんど聞かずに、彼女の体を眺めていた。

 主人公の名誉のために言っておくが、女子中学生の体を凝視して「ふひひ」と笑っていた訳ではなく、体内の煌気オーラを目視していたのだ。


 彼は言った。


「じゃあ、うちに入ればいいよ! チーム莉子って言うんだ!」



◆◇◆◇◆◇◆◇



「六駆くん! ちょっと来て! クララ先輩! 六駆くんを締めあげてください!」

「りょーかいだにゃ! リーダー!!」


「えっ、ちょっと!? なにするの!? ああっ! 痛い! 待って、莉子さん! なんで腹パンするの!? 痛い痛い!!」


 六駆の失言の内容を彼にも分かるように説明すると、芽衣が傷つく。

 そのため、莉子はやむを得ず、六駆の体に訴えかけた。

 「わたしは普段こんな事しないんだから、これで察して!!」と願いながら、心を痛めて儚い腹パンを3発ほど繰り出した。


「この感じ! そうか、分かった! 身に覚えがあるよ! 僕、知らないうちに莉子の胸に触ってた!? 全然気付かなかった! あああ!? ちょっ、痛い痛い!!」


 六駆おじさんの記憶にある莉子さんの腹パンは、人工竜リノラトゥハブとの戦闘の際、うっかり莉子の胸に顔を埋めた時だけである。

 一生懸命記憶の点と点を繋ぎ合わせたのに、莉子のトラウマをよみがえらせた結果、もう3発ほど今度はガチの腹パンをされる。


 仕方がないので、莉子は小声で六駆に物申す。


「芽衣ちゃん、明らかに実力不足だよぉ! 六駆くん、このダンジョンも攻略する気満々でしょ? 危ないじゃん! こんな事言いたくないけど、足手まといになるよ!!」


 心が清らかな莉子も、監察官の身内という事実に少なからず影響を受けてはいたが、何よりも芽衣の事を考えての意見だった。

 すると、珍しく六駆が反論する。


「芽衣ちゃんだっけ? あの子、煌気オーラの質がすごく良いんだよ。正しいスキルさえ覚えたら、絶対に強くなる! 体が小さいから、前衛でちょこまか動かしたいな! 大丈夫、一人前になるまで僕が面倒見るから!!」


 六駆が初対面の相手をここまで褒めるのは珍しく、クララが2人の仲裁に入った。

 彼女は、莉子とダズモンガーと言う、六駆の弟子たちが半端ない成長を遂げている事実を熟知しており、それならばと考えたのだ。


「とりあえず、仮入隊って事にするのはどう? 今回の攻略で明らかにダメっぽかったら、帰還した時にまた話し合うってことで!」

「むぅぅ。クララ先輩までそう言うのなら、まあ。わたしだって、芽衣ちゃんを放置していくのは可哀想だと思ってましたし!」


 話は決まった。

 だが、莉子はひとつだけ、重大な懸案事項を六駆に伝えておかなければならなかった。

 これは、芽衣が監察官の身内だという事に直結する。


「いーい? 六駆くん! 絶対に異世界周回者リピーターのこととか、逆神流のスキルのことは芽衣ちゃんに言っちゃダメだからね!? 監察官の身内にバレたらアウトだよ!!」

「はいはい。分かってるって!」


 そう言うと、六駆は芽衣の元へと戻って行った。

 莉子も、六駆は分別のある大人だと信じていたので、内心ではそこまで心配していなかったが。



「芽衣ちゃん! これね、トロレイリングって言うんだけどさ! これを使うとスキルの習得が一気に捗るの! そんなアームガードなんて外して、外して!!」



 六駆おじさん、3歩進んで記憶がなくなる。


 だが、彼は莉子の言いつけを守っていた。

 異世界の話も、逆神流の話もしていない。


 けれど、話の流れでいずれしなくてはならなくなると言う事は理解していない。


 莉子は久しぶりに「おじさんってやっぱり嫌いだな」としんみり感じたと言う。

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