第253話 はじめてのアトミルカ 倭隈ダンジョン第3層

 倭隈わくまダンジョン第3層。

 アトミルカの構成員でごった返していた。


 この階層は細い通路が続くため、人が2人、辛うじて胸を合わせて通り抜けられるかどうかのスペースしかない。

 そこに年末の新幹線の自由席かと見まごうレベルのアトミルカが詰まっている。


 六駆おじさんの『観察眼ダイアグノウス』から得た情報を元に、銭勘定だけは極めて正確な頭脳がそろばんをパチパチやったところ、「全部で32人だね!!」と答えを出した。

 見事正解である。


 普段の授業でもその頭脳を発揮すれば莉子が悩む事もないのに。


「おい! 倭隈に派遣されたのはガキばっかりだぜ!」

「ひっひっひ! やっぱり日本の探索員協会もアホの集まりだな!!」


 死亡フラグを勝手に建築していくのはヤメて頂きたい。

 まだ説明の途中である。


 第3層にいるのは全員がトリプルフィンガーズ。

 アトミルカの序列は数字で決まるのは諸君もご存じの通り。


 2桁ナンバーの上位になると1違うだけでもハッキリと上下関係が生まれるのだが、3桁はその辺りが曖昧になる。

 実際、100番台と500番台の実力を照らし合わせてみても、大差はない。


 それどころか、500番台の方に強い者が埋まっている事すらある。


「莉子、僕がやってもいいかな!?」

「だーめっ! 六駆くんがここで攻撃したら、下の階層の本当に強い人たちに察知されちゃうでしょ! せっかくこっちを甘く見てくれてるんだから、それを生かさないとだよぉ!!」


 莉子さん、すっかりリーダーとしての威厳が育っていた。

 体は育たないのに。

 もうツタに絡まって「ふぇぇ」と泣いていた彼女はいない。


「では、わたくしがやってもよろしくてよ? 煌気オーラの放出は最小限にいたしますわ!」

「みみっ! 弱い相手なら芽衣も俄然やる気が湧いて来たです! みみみみっ!!」


 近距離戦を得意とする小鳩と芽衣。

 彼女たちに任せるのも悪い手ではないが、莉子は首を横に振った。


 前述の通り、第3層は非常に狭い。

 距離を詰めて戦えば、後続の何人かを討ち漏らす可能性がある。

 そうなると、「こちらを舐めている優位」が失われてしまうと莉子は考える。


「クララ先輩! お願いします!」

「あいあいにゃー! 莉子ちゃん、パイセンをご指名とはお目が高いですにゃー」


「六駆くん! この次の階層に続く道をここから遠隔スキルで塞げるかなぁ?」

「ふーむ。余裕でイケるとも!」


 小坂莉子の作戦はこういう事になる。


 まずクララに貫通性の高いスキルを使用させ、前の方で詰まっているトリプルフィンガーズを一掃する。

 そこからこちらに溢れて来る者は小鳩と芽衣が仕留める。


 同時に六駆のスキルで出入口を完全に封鎖し、目撃者を残さずに敵を殲滅、速やかに次の階層へと進む。

 なんと言う隙のない作戦だろうか。



 無駄な凹凸のない莉子の体のようにスマートである。



「じゃあ、みんな! 作戦開始だよぉ!!」


 莉子の指揮によって、4人が動き始めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ひっひっひ! オレ様は106番! 分かるかな? アトミルカでは数字の小さい方が強いのだ! 数万を数えるアトミルカ構成員の中で、オレ様はその1パーセントよりも少ないエリートなのだ! ひーっひひひ!!」


 106番の出番が終わった。


「そんじゃ、行くぞなー! 久しぶりの強弓『サジタリウス』!! 属性乗せ乗せでいくにゃー! 『ヘビーサイクロンスパイラルアロー』!!!」


 106番は大柄な男。

 彼が先頭にいるせいで、後ろの構成員の視界は極めて狭かった。

 そこを飛んでいくのは椎名クララの属性乗せ乗せ欲張りパックアロー。


「ひゅんぺっ」

「おい何をしてあはーんっ」

「押すな! なんだよんすっ」


 クララの放った矢は実に15人のアトミルカ構成員を射貫いた。

 前の方で詰まっていた男たちが倒れたので、「これはいかん」と察した前衛がクララに向かって走り出す。


 その判断の素早さは称賛に値する。

 パニックにならず、まずは応戦しようとする反射行動はアトミルカの兵士育成能力の高さを表していた。


「うにゃー。なんか思ったよりいっぱい来たぞなー。6人も! 助けてー! 小鳩さんと芽衣ちゃーん!!」


 左右の岩陰から飛び出したのは、芽衣と小鳩。


「木原さん! わたくしが4人引き受けますわ! よろしくって!?」

「よろしくってです! みみっ!!」


「あなたたちには申し訳ないですが、スキルを使うまでもありませんわね! 『スラッシュ』!!」

「芽衣にそう思わせるなんて、大したものです! 『発破紅蓮拳ダイナマイトレッド・プチ』!!」


 悲鳴を上げる暇も与えずに、2人はシューターを落としに来た構成員を薙ぎ払い、撃ち抜く。


「お見事! 3人とも、いい仕事をするなぁ! 僕も負けてはいられないぞ!! 『重・石壁グラビティ・グウォールド』!! 遠隔展開!!」


 どうやら前の方からドンドン仲間がやられているらしい事に気付いた後発隊は、速やかに撤退を開始した。

 そこに待っているのは、悪魔の仕掛けた地獄の門。


 『石壁グウォールド』だけで充分なのに、なんだか張り切って重力付与までしている六駆おじさん。

 若い子の頑張りに触発されたらしい。


「ひげぇぇぇっ」

「そぁぁぱっす」


 当然、何人かは無理やり壁を破壊して逃走を図る。

 何もしないよりは悪あがきでも何かした方がずっと良いに決まっている。


 だが、悪あがきがそう易々と成功していれば、それはもう悪あがきとは呼ばないのだ。


「莉子! 完全にこの階層は密室になったよ! 莉子の作戦通り!! すごく成長したねぇ!! 僕は師匠として鼻が高いよ!」

「も、もぉぉ! 六駆くんってば、みんなが見てるのにぃ! そーゆうのは、後で2人きりになってからにしてよぉ! もぉぉぉ!!」


 急に顔を出す高校生のカップル感。

 お忘れなきように繰り返し声を大にして言おう。



 この2人は1時間前に『苺光閃いちごこうせん』でやりたい放題したカップルである。



 前方には敏腕シューターが弓を構えて、その脇には力自慢と素早さ自慢の近接戦闘員が立ちふさがる。

 後方には近づくだけで潰れるほどの重力を蓄えた壁が急に生えて来た。


 「詰んだな」と判断したアトミルカの構成員たちは、まだ動ける者から順に投降を願い出る。


「わ、我々は降伏する! 指揮官と話がしたい!!」

「良かったです! わたしがリーダーです!」



「危ない、莉子!! ふぅぅぅぅぅぅぅんっ!!」

「へんぱすっ」



 六駆おじさん、無抵抗な敗残兵にビンタを浴びせる。

 コンプライアンスに抵触する可能性があるので、そういうのは本当にヤメて欲しい。


「ど、どうしたの!? 六駆くんってば、アトミルカさんが可哀想だよぉ!」


「いや、これは必要な事なんだ! 自滅覚悟で指揮官と刺し違えようと考えているかもしれない! だから、最初の1人はこうして一瞬で眠ってもらう! そうすれば、後に続く人たちが変な気を起こす事もない!!」


 どうやら六駆おじさん、異世界転生周回者リピーター時代の記憶が急に蘇った様子。

 なにやら高度な駆け引きが行われたようで、以降、アトミルカの構成員たちは自発的に両手を後ろに組んで床に転がったと言う。


「よし! これで莉子の安全は保たれた!!」

「もぉぉ! 六駆くんってば、心配し過ぎだよぉ! バカぁ!」


 そして安定の高校生カップル感。

 この2人は最後にほんわかした雰囲気を出せば何をしても許されると思っているきらいがある。


「……逆神さんのビンタ、見えませんでしたわ」

「小鳩さん、気にしちゃダメだにゃー。六駆くん、ガチったら瞬間移動するぞなー」

「みみっ! 師匠の『瞬動しゅんどう三重トリプル』は何かの冗談みたいです! みみみっ!!」


 倭隈ダンジョン制圧作戦。

 初めの一歩はしっかりと踏み出すことに成功した模様である。

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