第535話 【逆神家追放編・その2】逆神大吾VS調律人アシッド・ブラウン ~たったひとりの養分決戦~

 御滝市にて店を構えてはや25年。

 数多の規制や逆風をはねのけて、令和のご時世でも頑張るパチンコ店『ドロ沼』は逆神大吾のマイホール。


 当たらないスロット。

 回らないパチンコ。


 お客は少ないが、依存症には「ここ居心地マックスなんだよなぁ!!」と好評を得ている、ある意味ではダンジョンの1つ。

 そんなダンジョン攻略を今日もせっせとこなしていた逆神大吾。


 あろう事か、お昼の時点で20000発強の出玉をゲットする。


 御滝市の交換レートだと、だいたい7万円ほどの金額に換算する事が出来る。

 これまで逆神大吾がパチンコ屋に寄付してきた額は少なく見積もっても7桁。

 下手をするとそれ以上なのだが、ガチの依存症になると「おいおいおい!! お座り一発で7万も浮いちゃったんだけど!! お店大丈夫かよぉ!!」と、これまでむしり取られてきたはずの店の心配まで始める。


 大丈夫なのだ。

 養分がいれば、店は潰れない。


 そんな僥倖で気分の良かった逆神大吾を悲劇が襲う。


 夢中でかじりついてたパチンコ台が溶けたのだ。

 お金を溶かすのは得意だが、物体を溶かすのは専門外の大吾。


 「おぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」と叫ぶ。


 襲撃者はすぐに店外へと立ち去り、常連の養分の叫び声を聞いた従業員が駆けつけると、そこには溶けたパチンコ台と悔しそうな表情の大吾。

 従業員は店長を呼び、店長は穏やかな口調で大吾に語り掛けた。


「逆神さん。残念だよ。どんなに負けても台パンだけはしなかったあなたが。まさか、こんなことをするなんて……」

「え!? いや、待ってよ店長!! これオレがやったんじゃねぇって!! マジで!! ほら見て! こんなに出てんのにさ、台壊すとかねぇじゃんか!?」


「逆神さん」

「うん! 分かってくれた!?」



「警察沙汰にはしないから。あなた、出禁ね。チェーン店のリストに載せるからね」

「……そんなのってねぇじゃん?」



 失意のどん底で店の外に出た大吾を、黄色いスーツを着た男が待っていた。


「ふぅー! 日本のギャンブルは脆弱だねぇ!! たかが数百ドルを賭けて、よくもそんな本気になれるものだ。ラスベガスに一度おいでよ! おじさん!!」

「てんめぇぇぇぇ!! パチンコをバカにするんじゃねぇ!! オレをここまで立派に育ててくれたのはなぁ! パチンコなんだよぉぉぉ!!!」


 この時の逆神大吾の叫びは、これまでのどの咆哮よりも魂がこもっていたと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黄色スーツの男は「ふぅー! 理解できないな!!」と笑う。

 年齢は28歳。出身はアメリカ。くせ毛の茶髪がチャームポイント。


 株取引で財を成し、今は仮装通貨でぼろ儲けしている一般人。

 探索員ではないし、アトミルカのような非公認の組織にも所属していない。


 彼はピースの人材発掘部門によって潜在的な才能を見出され、3年の訓練でSランク相当の実力を身に付けた天才型のスキル使い。


「名乗った方がいいかい? まあね、偽名だけども!!」

「いや、本名を名乗らんかい!! この成金野郎!! 黄色のスーツとか趣味悪いんだよ!! こち亀の中川かよ! だったらお金ください!!」


「ふぅー! 私はアシッド・ブラウン!! 名前と言うか、コードネームだね!! 上官が付けてくれたのさ!! スキルの特製に配慮してくれてね!!」


 アシッド・ブラウン。

 これが表の顔は敏腕投資家の世を忍ぶ仮の名前。


「よーし!! ぶっ殺してやる!! 『煌気極光剣グランブレード』!! 二刀流!! 『絶望の始まりストロング・ゼロ』!!」

「ふぅー! 資料の通りの動きとはねー!! つまらない!! 『酸性雨の槍アシッドツゥー』!!!」



「ええ……。むっちゃ地面溶けるじゃん。なにこれ。あれ? お前、もしかして強い人?」

「実力差も把握できないとはね!! これが本当に世界の脅威の一族かい!?」



 逆神大吾。

 方針転換。


 パチンコ屋は大好きだし、パチンコ文化も愛しているのは間違いない。

 だが、この男が本当に愛しているのは自分の命。


 「逃げよう!!」と、大吾細胞が脳内で全会一致の可決を出した。


「ふぅー!! どこまでも予想通り!! 相場よりもつまらないねー! 『酸性多数アシッドフォー』!!!」

「おぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!! なんだ、こいつぅぅぅ!! 全然遊びがねぇんだけど!? スマートにオレを殺しに来るぅぅ!! ……あ゛っ!!」


 クソ親父。

 何かを発見する。


「……み゛み゛っ!?」


 彼女は木原芽衣。

 ルルシス学院の始業式を終えて、これから日須美市に向かいクララと食事をする予定だった乙女。


「芽衣ちゃんじゃねぇのぉぉ!! 助かったぁ!! 悪いけどさ!! おじさん救ってくんねぇかなぁ!?」


 15歳の少女を迷わず戦いに巻き込むスタイルを見せる大吾。

 みんなが変わっていくこの世界で、この男だけは変わらない。


 芽衣ちゃんの危機管理シミュレーション能力が「みみみっ。これはヤバいです」と判断。

 ヤバみの上限を突破したため、彼女もなりふり構わなかった。


「みみみみっ!!」


 芽衣ちゃんは持っていた防犯ブザーの紐を引き抜く。

 こちら、とある監察官が特別に指示して作らせた、イドクロア装備である。


 「みみぃー。みみぃー」と鳴く防犯ブザー。

 3度目の鳴き声と同時に、【稀有転移黒石ブラックストーン】によってとある監察官が降臨する。


「うぉぉぉぉぉぉん!! てめぇ!! どこのくそったれだぁぁぁ!! うちの芽衣ちゃまに危害加えようとしてんのかぁぁぁ!? ぶち殺すぞぉぉぉぉ!!」


 最強の監察官。

 木原久光、参陣。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 木原監察官室には、『芽衣ちゃま緊急事態未然防衛装置アイノカタマリ』と言うものが常設されており、芽衣の煌気オーラやバイタルに著しい変化が見られた場合などに「みみぃー。みみぃー」と警告音を発する。

 また、今回のように芽衣ちゃま本人による救援シグナルを受信した際にも同様である。


 芽衣ちゃんがおじ様を頼る時点で相当な緊急事態。


 木原芽衣Bランク探索員の周りには常にサーベイランスが飛んでおり、その様子を福田弘道オペレーターが逐一チェックしている。

 事情をすぐに察した彼は「木原さん。珍しく芽衣さんがあなたを呼んでおられます」と告げた。


 木原監察官が動くのにそれ以上の理由などない。


「ふぅー!! なんだかまた、変なおじさんが増えたねー!!」

「うぉぉぉぉぉん!! ぶっ殺す!!」


「マジで変なおっさんが増えたぞ……。なにこのおっさん。超怖い。ヤベーよ、この人。芽衣ちゃんいなくなってるしさー。ええ……」


 これまで、戦場で何度かニアミスしていたものの、逆神大吾と木原久光が対面するのは初めての事。

 なお、木原監察官は芽衣ちゃまに夢中なので、このクソ親父は視界に入っておりません。


「知らないけどさ! ふぅー!! 私の初陣を邪魔しないでほしいな!! 『酸性の赤い角アシッドクリムゾン』!!!」


 木原監察官。

 アシッドの酸性スキルを避けず、その右半身に直撃を喰らう。


「ええ……。ダメだ。あのおっさん、見た目がヤベーだけで素人だぜ……」


 この戦場で不運だったのは、アシッドも逆神大吾も「木原久光監察官の実力を知らない」と言う1点に集約される。

 アシッドが勤勉で、日本探索員協会について学んでいれば防げた悲劇。


 木原監察官は酸性の液体を手で振り払うと、それを地面に叩きつけた。

 地面からは煙が上がり、シューシューと嫌な音と不快な匂いが辺りに蔓延する。


「うぉぉぉぉん! ……何かしたか?」


 この男が、ボッと出の新キャラに後れを取るはずがないのである。


「ふ、ふぅー!! これはまずい!! 私と生きてる世界が違うタイプだー!!」

「オレとも生きてる世界が違うんだよなぁ」


 木原監察官は、愛する姪の芽衣ちゃまに少しでも危害を加える可能性の存在を許さない。

 彼の全身から、ただ強力なだけの煌気オーラが噴出していく。


 稀有な属性もなければ、際立った特徴もない。

 ただ高純度の煌気オーラがそこにあるだけ。


「うぉぉぉぉぉぉぉんっ!! ダイナァァァァァァマイトォォォォォォォォッ!!!」

「ふぅー! 終わったー!! 転移石持って来ておいて良かったー!! ふぅー!!」


 アシッド・ブラウンの本業は投資家。

 リスクを負った勝負は避け、的確な損切りで数字の荒波を乗りこなす。


 危機回避の妙だけは既に一線級である。

 バシュンと音を立てて、速やかに戦線離脱したアシッド。


 なお、逆神大吾はと言えば。



「お、お、おぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!! えええええっ!? なんでオレがぁぁぁ!?」


 『ダイナマイト』の直撃を喰らい、全身を焼かれていた。



 敵の殲滅を確認した木原監察官。


「うぉぉぉん! 福田ぁ! 芽衣ちゃまの健康状態は!?」

「はい。木原さん。確認したところ、オールグリーンです」


「そうかよぉぉぉ! じゃ、帰るぜぇぇぇ!! 後始末よろしくなぁぁぁ!!」

「はい。各所に通達済みです。お疲れさまでした。転移座標を固定。どうぞ、木原さん」


 木原久光、仕事を終えて協会本部へと帰還する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 『ダイナマイト』の被害を受けた『ドロ沼』の跡地では。


「ああぁぁい!! 死ぬかと思ったぁ!! ひでぇ目に遭ったぜ!! もう帰る!!」


 全裸になった逆神大吾が、割と普通に生存していた。

 もはや約束されていたオチ。


 だが、逆神大吾が全裸になるまでのスピードは過去最速を記録。

 誰も求めていない新記録の樹立であった。

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