第23話 逆神六駆の到着 ピンチの時ほどおっさんは輝く

「やぁぁぁっ! あっ、クララ先輩、後ろ!」

「オッケー! 『アイシクルアロー』! 莉子ちゃんも右から2匹来てるよ!」


「『旋風破せんぷうは』っ!! はぁ、はぁ……。ま、まだいっぱい……」

「莉子ちゃん、そのスキル慣れてないんだから、連発したらダメだよ! パイセンに任せて!」


「い、いえ! 大丈夫です! 広範囲に攻撃できるスキル、これだけですし! ふぅ……。『旋風破せんぷうは』っ!! くぅぅぅっ!!!」


 莉子とクララは善戦していた。

 彼女たちの実力を考えると、子蜘蛛は10匹倒せたら満足。

 15も倒せば大金星。


 そんな状況で、2人合わせて20匹近い子蜘蛛を既に討伐、あるいは戦闘不能に追い込んでいる。

 何の準備もなしに始まった戦いという事を考えれば、もう充分すぎる戦果を挙げていた。


 だが、それでもなお、半分以上の子蜘蛛が残存しており、クララは複数を攻撃できるスキルがなく、莉子はコントロールが未熟な『旋風破せんぷうは』の連発で煌気オーラ切れ寸前。

 いよいよもって、ピンチもクライマックスを迎えようとしていた。


「おい! お前たち!」


 そんな時に、背後から声がする。

 山嵐やまあらしである。


「俺の女になるなら、特別に助けてやってもいいぞ! 命も助かるし、この有名な山嵐やまあらし助三郎すけさぶろうの女になれるんだ! こんなに華麗な一挙両得もない! どうだ? どちらも見る目はないが、顔は可愛いからな!」


 どこまでも自分の価値を落とす事に余念のない山嵐。

 確かに、彼の実力は本物だと言っても良い。

 この子蜘蛛の大群を1人でどうにかできるのは、山嵐組のメンバーを含めても、彼だけだろう。


 探索員はBランクから一気に実力の差が顕著けんちょになる。

 Cランクが10人揃ってやっとBランク1人と同じ戦力と言われるほどである。

 なるほど、今山嵐の提案を受ければ、莉子もクララも助かるだろう。


 だが、彼女たちは答える。

 口を揃えて。笑みを浮かべて。泥にまみれて。息も絶え絶え。


「お断りです! あなたに良いようにされるなんてことになったら、わたしが師匠に怒られますから!」


「あたしも、莉子ちゃんの師匠に救ってもらった命だかんね! チーム莉子のリーダーが首を縦に振らないのに、ここで挫けちゃ先輩の立つ瀬ないっしょ!」


「ふんっ! バカな女どもだ!」



 大変長らくお待たせした。

 その時が来る。



「本当に、ちょっと状況判断が甘いのは認めるよ! 適当に嘘ついて、そこのニワトリのご機嫌取っておけばいいのに! だけど、それでこそ僕の自慢の弟子だ! 燃え尽きろ、くそ蜘蛛!! 『大竜砲ドラグーン』!!」



 やっとやって来た、我らが主人公、逆神六駆。

 ヒーローは遅れて登場すると言うが、この場合、ただおっさんが遅刻しただけ。


 ならば、責任取って、全てを解決してもらわなければならない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ろ、六駆くぅん! 遅いよぉ! もぉ! 何してたのぉ! バカぁ!!」

「いや、申し訳ない! 普通に寝坊しました!!」


 登場の瞬間に放った『大竜砲ドラグーン』で、子蜘蛛たちは焼け焦げ、死に絶えた。

 異世界の古龍が放つ炎のブレスである。

 相手がどんなモンスターだろうと、それを喰らって無事であるはずがない。


「やー! ホントに六駆くんは、ここぞってタイミングで出て来るよねぇー! あたし、命を救われるの2回目だー! 借りばっかり増えちゃうにゃー!」

「いえ、僕が寝坊しなかったらそもそもこんな事になっていないので! 面目ない!!」


 その通りである。


「な、なんだあいつ!? おい、誰か! 今のスキルの名称分かるヤツ、いないのか!? あんな派手な炎なんて見たことがないぞ!?」


 今度は山嵐が判断を誤った。

 六駆の姿を確認した時点で、即座に全速力で逃亡を図れば、もしかすると助かったかもしれない。


 いや、それでも六駆は追いつくだろう。

 あり得ない事の想像をしてもせんきものである。


「こんにちは。君、うちの嫁入り前の娘たちに、よくもこんな酷い事をしてくれたね? さあ、覚悟は良いかな?」


「はっ! ほざいてろ! この『アダマントウォール』は、レッドパオームの突進すら完璧に防ぐ上級の盾スキルだぞ!」



「『豪拳ごうけん二重ダブル』!」

「ほぺ?」



 六駆の拳が、山嵐ご自慢の偉そうな名前の盾を粉々に砕いた。

 さらに彼は『粘着糸ネット』と、スキルを続けた。


「な、なんだぁ!? どうなっている!? 誰か分からんのか!?」

「リーダーか吐くセリフじゃないなぁ。こういう時は、俺が守ってやるから心配するな! くらいは言うものだと思うけど」


「だ、黙れぇ! この俺はBランク探索員の山嵐助三郎だぞ!? 俺のバックには、Aランクの探索員だって付いているんだ! 分かったら、これをほどけ! 今なら許してやる!!」


「よーし、これに決めた! 『煉獄れんごく鬼火おにびがこい』!」


 六駆は黙って山嵐の暴言を聞いていた訳ではない。

 静かに「どのスキルを使おうかな!」と考えていたのだ。


 チョイスしたのは逆神流スキル『鬼火おにび』の上位版。

 『鬼火おにび』はシチューを煮るのに便利な弱火から、鉄をも溶かす業火まで調整の効くものだが、『煉獄れんごく鬼火おにびがこい』は地獄の炎さながら、対象を燃やし尽くすまで消えることはない。


「あがががががががが! ま、待て、待って! 熱い熱い、熱い!! 軽い、あがあがががが! 軽い冗談だったんだ! ぎゃあぁぁぁっ!! わ、分かるだろ!?」


「分かる、分かる! 僕も今、まさに軽い冗談の真っ最中! せっかくだから良いものを披露してあげよう。坊主。スキルの同時使用って見たことあるかい?」

「ひぎぇあぁぁぁぁぁっ!! そ、そんなこと、できるはず!!」


「上には上がいると知ると良い。頭を冷やしてやる! 『虚無の豪雪フィンブル・ゼロ』!」


 古龍のブレスを放つスキルが『大竜砲ドラグーン』ならば、その古龍をどうやって倒したのか。

 その答えが『虚無の豪雪フィンブル・ゼロ』であり、異世界で5000年生きた古龍をほんの数秒で凍りつかせ、その命を奪った、六駆考案のオリジナルスキルである。


「ばぁぁ、も、もう、ヤメ、誰か助け。あ、あああ、ああああ!!」


「それじゃあ、仕上げだ! 『大竜砲ドラグーン』!!」

「あ、あしゅん」


 六駆はスキルの構えを解いて、気を失った山嵐を蹴り飛ばす。

 頼りないリーダーの後ろには、取り巻きのCランク探索員が5人。


「なんてね! 命までは取らないよ。うちのリーダーが言ってたんだ。それをすると、相手と同じレベルになってしまうって。そいつと、バックにいるAランクだか、A5牛だか何か知らないけど、伝えておいてくれる? 今後チーム莉子に、僕の可愛い弟子に手を出したら、2度と探索員を名乗れないようにするって」


 取り巻き連中は、全員が同じリズムで頷くと言う、見事なシンクロを見せた。


「なら、行って良し。山嵐くんだっけ? その坊主、手加減したから平気だと思うけど、もし死んだら僕のところに連れて来て。50%で成功する蘇生スキル使ってあげるから。おーい、聞きなさいよ! ちょっと!」


 こうして、喧嘩を売る相手を間違えた山嵐組は、本物の嵐に出会い、敗走した。


 そののち、六駆は莉子とクララに土下座で謝る。

 ダンジョンにおける力関係の順番は実に複雑であると我々に教えてくれる、六駆くんであった。



 彼が寝坊をする事は、この先恐らくないだろう。

 絶対と自信をもって言い切れない事情は、お察し頂けると助かる。


 おっさんは過ちを繰り返す、哀しき生き物なのだ。

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