第216話 木原芽衣、新たな分裂スキルを披露する 常盤ダンジョン第4層

『ぶふぅぅぅぅぅぅっ!!!』

『あーっとぉ! 南雲監察官、またしてもコーヒーを噴いたぁ!! これにはわたしも、席の間にアクリル板で仕切りがされている事を喜ばずにはいられません!!』


 南雲修一、痛恨のミステイク。


 彼は逆神六駆に対して何度も警告していた。

 「本当にむちゃくちゃしないでください」と。

 今のところその懇願は聞き届けられていた。


 だが、彼は肝心なところでやらかしている。



 チーム莉子のメンバーに対してもその指示を出しておかなければならなかった。



 六駆は思考回路が実に単純な構造をしているため、「僕がスキル使わなかったら平気だよ!」と考える事は容易に想像できたはずなのに、これは悔やんでも悔やみきれない。

 逆神流使いは、小坂莉子と木原芽衣も含めて3人いたのに。


『……南雲さん? あなた、木原監察官の姪御さんに何と言うスキルを教えているんですか? 怖いもの知らずですねぇ』

『誰か! お客様の中にこの記録を抹消できる方はおられませんか!?』


『どうやら南雲監察官は敢えて道化を演じるようです! さすがは監察官きっての知恵者の異名を誇る男! まるで想定外の事のようなリアクション! 真に迫っていてうっかりするとわたしも騙されそうになります!!』


 実況の日引ひびきさんは南雲の事を高く評価していた。

 8人いる監察官の中でも、特に尊敬できる人間だと日頃から思っていた。


 その全てが今、あだとなって南雲に襲い掛かる。


 彼は、震える手でコーヒーをカップに注ぎ込む。

 舌を火傷するような熱いコーヒーなのに、どうしてだか温度を感じなかったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みみみみみっ! 六駆師匠! スキル発現は完璧です! 芽衣は自画自賛します! みみっ!!」

「うん、お見事! 教えた事が全て生かされているね!!」


 何を教えたのか、正直に白状してもらおう。


「これはですにゃー。芽衣ちゃんのスキルに『幻想身ファントミオル』と『分体身アバタミオル』ってスキルがあるんですにゃー。前者は本体の幻をいっぱい出すスキルで、後者はドッペルゲンガーみたいな実体のある分身を出すスキルですぞなー。ここまでは大丈夫ですかー?」



「理解はできませんわ……。でも、それが真実なら理解するしかないですわ……。続けて下さいませ、椎名さん」



 我々の代弁者、塚地小鳩が戸惑いながらも現実を飲み込もうとしている。

 「さすが小鳩さんですにゃー」と言ったクララは更に続けた。


「これまで芽衣ちゃんは『分体身アバタミオル』で出せるドッペルゲンガーは1人だったんですにゃー。それを特訓で、10人まで増やすことができるようになりましたー。そこに幻の芽衣ちゃんを大量発生させる事で、敵は幻とドッペルゲンガーの区別がつかずに、ボコられちゃうって寸法ですにゃー」


「……木原さんが恐ろしいスキルを使うと言うことだけは分かりましたわ」

「それが分かってもらえると逆神流をだいたい理解できたのと同じですぞなー」


 つまり、現在の芽衣は幻が190人。

 分体、要するにドッペルゲンガーが10人の構成で増殖している。


 軍隊ピエロ鳥は警戒心が強く、危機が迫るとすぐに分裂する。

 だが、あまりの出来事に驚き、戸惑っていた。


 自分よりも凄まじい勢いで分身する芽衣に、モンスターが軽く引いているのだ。


「やっちゃえ、芽衣ちゃん! 特訓の成果を木原監察官に見せつけよー!!」

「みみっ! 芽衣は自分が安全地帯にいる時に限り、無敵のスキルを手に入れたのです!! 分体集中! 『煌気散弾銃ショットガン』!!」


 軍隊ピエロ鳥が「ケケェー」と声を上げてバタバタと倒れていく。

 なにせ、どちらの方向から攻撃が来るのか分からない。

 その上、『煌気散弾銃ショットガン』は広範囲に攻撃を繰り出すスキル。


 飛べない鳥など、物の数ではない。


 芽衣は軍隊ピエロ鳥を一掃した。

 ただし、相変わらず彼女のスキルはその規模に比例して煌気オーラを大量に必要とする。

 連発できないのが唯一の弱点だろうか。


「素晴らしい! 『煌気散弾銃ショットガン』の威力がまだ低いところが今後の課題かな。これまでは1体しか出していなかった分体が10になったからある程度は仕方ないけど。対人戦ではもっと威力を高めないと押し負けちゃうからね!」


 この恐ろしいスキルを人相手に使おうと考えているのか。


「みみっ! おじ様に不意打ちを喰らわせて昏倒させるまでには修行が必要だと芽衣も痛感しましたです! いつか後ろから煌気オーラ弾でおじ様を撃ち抜くです!!」


 嫌なモチベーションの上がり方を見せる芽衣。

 ネガティブな子だったのに、いつからそんな風に明後日の方角へポジティブになってしまったのか。


「莉子さん、莉子さん! 芽衣がこのまま分体でイドクロアを採取するです!」

「わぁ! 芽衣ちゃん、名案だよぉ! 軍隊ピエロ鳥の羽って価値は高くないけど、これだけいるんだもん! きっと査定にプラスされるもんね!!」


 200人の芽衣が10人の芽衣になり、彼女はせっせと死体になった軍隊ピエロ鳥から羽を毟り取る。

 すっかり逞しくなってしまった史上最年少・女子中学生探索員。


 木原監察官がこの事を知った時、彼は喜ぶだろうか。

 それとも嘆くのだろうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『圧巻です! 木原Cランク探索員!! 南雲監察官の授けた超絶スキルでモンスターの集団を一網打尽!!』

『ヤメてください! 私が授けた訳ではありません!!』



『南雲さん? だったら誰があんな頭おかしいスキルを教えられるんですかねぇ?』

『うぐぅ……! わ、私が……教えました……!!』



 不幸中の幸いなのは、芽衣が「木原監察官の姪」と言う情報は周知の事実であり、その事から「やっぱり監察官の血筋ってすげーわ」的な空気が少なからずアリーナに漂っている事だった。


 本来ならば、「人の努力を安易に血統の一言で片づけないでもらおう!」と一喝するのが南雲修一のスタイル。

 ただし、今は有事である。


 「そうだね! 血筋ってすごいよね!!」と彼は信念を曲げていた。


『さあ! 両陣営の最新情報を確認して見ましょう! 古住こすみダンジョンの梅林軍団は現在、第6層に入ったところです! 対して、常盤ダンジョンのチーム莉子も第5層を駆け抜ける!! もはやその差はわずか!! ここまで地道にイドクロアを採取しているチーム莉子がやや有利かー!?』


 第4層から第5層への移行は静かなものだったチーム莉子。

 主に莉子の『太刀風たちかぜ』とクララの弓スキルでモンスターを殲滅。

 そののち、六駆と芽衣がせっせとイドクロアを収拾して、殿しんがりを小鳩が務めると言う理想的な状態を維持しており、ダンジョン攻略の速度も上がっていた。


 一方、梅林蓮司がリーダーを務める、梅林軍団。

 彼らは華やかさこそチーム莉子に譲っているが、豊富な経験値を武器に地道な歩幅で古住ダンジョンを攻略している。

 監察官室の代表と言うだけあって、なかなかの強敵だった。


 その後はお互いが譲らず、階層深く潜っていく展開が続き、両陣営が共にダンジョンの第7層へと差し掛かったところで足が止まる。


『梅林軍団! チーム莉子!! 現在攻略速度はほぼ同じ、第7層です! が! ここで問題が発生する!! この階層にはトラップとモンスターの挟撃が彼らを待ち受けております!! 梅林Aランク探索員は既に気付いた模様! チーム莉子は、スタイルの良い女子が出てきました!!』



 日引さん、クララ先輩の事も名前で呼んであげて下さい。



 南雲も落ち着きを取り戻していた。

 「椎名くんなら、何しても大丈夫だ」と確信している。


 コーヒーの味が再び判別可能になるまで南雲の精神状態は回復していた。

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