MAGIC×ARTS(マジック×アーツ)-アルブレア王国戦記- 緋色ノ魔眼と純白の姫宮
青亀
世界樹ノ森編
1 『MAGIC×WORLD』
『ようこそ。ここは、魔法の世界』
宇宙空間のような場所には、一つの大きな輝きがあった。
きらめく光と声に、少年は目を覚ます。
「……」
少年は自分がどこにいるのかわからない。
しかし、自分が何者なのかを思い出す。
この春、中学生になる。
現在、サツキは学ランをまとっていた。自分の身体は宙に浮いているかのようである。
老年の男性らしき深みのある声は、ナレーションのように続ける。
『遥か昔、世界樹は人類に魔法を与えた。人類は魔法と共存する道を選び、人々は世界樹を魔法世界の象徴とした』
声は物語る。
『ある時、世界を牽引する大国のひとつ、アルブレア王国で異変が起きた。世界樹を我が物にしようとたくらむ大臣が、国を乗っ取ろうと動き出したのである。王女は国を救うため、遠く、晴和王国を目指した』
輝きはどんどん大きくなる。
サツキを呑み込むような光の渦の中で、意識は薄れていった。
しかし、声が最後のひと言を残す。
『そして王女は、ひとりの少年に出会った』
ある春の日、桜の花びらを連れて、サツキが降り立つ場所は、知らない世界だった。
桜色の輝きに照らされて、サツキは目を覚ます。
意識を失っていたのは、一瞬のことであったように思われた。
気がついたら、どこかわからない空中を落下していた。仰向けの状態のまま、視界に映るのはどこまでも抜けるような、透明な青い空。
空は少しずつ、赤い夕焼けに染まり出す。
しかし距離も測れないから、どれほどの勢いで空から遠ざかっているのかもわからない。
サツキは視線のまっすぐ先にある、北極星とおぼしき一点の明るい星を見つめていた。
気圧のせいだろうか、わずかにくらっときて、サツキは再び気を失った。
立ちくらみの感覚に似ていた。
その間に、どうやら生い茂る桜の花びらを抜けたところまで落下していたらしい。山のように大きな桜の木に沿って落下しているようである。
だが、不思議であった。サツキの身体には、枝で切れたり傷ついたりした箇所がどこにもない。
体勢を変えて地面を見ると、東京タワーのスカイウォークウィンドウから地上を見下ろしたときみたいな高さだった。
風圧でまた仰向けに戻されて落下運動を続けると。
突然、身体がふわっと浮くような軽さで、落下の勢いが殺された。
いったいなにが起こったのか。考える間もなく、自分の身体が、だれかに受け止められたのを感じた。恥ずかしい言い方になるが、お姫様だっこの形である。
しかしなにより驚いたのは、そのお姫様だっこをしてサツキを抱えていたのが、本当のお姫様に見まがうほどきれいな少女だったことであった。
――少女……?
すぐ近くにある少女の顔を、サツキは見上げる。二重まぶたにふちどられた赤い瞳は透明感のあるルビーのようで、鼻はやや高く、くちびるはやわらかい桃色をしていた。白銀の長い髪は風にたなびき、細い青色のリボンが揺れていた。高潔で清らかな印象を受ける。
少女は問うた。
「大丈夫ですか? おケガは、ありませんか?」
こくりとサツキはうなずく。
「大丈夫」
「よかった。ご無事でなによりです」
そう言って微笑み、少女はサツキを下ろしてくれた。サツキは自らの足で立ち、さっきまでお姫様だっこされていた恥ずかしさを挽回するように、しゃんと背筋を伸ばす。
しかし、それでも少女のほうが少しだけ背が高いようだった。目の前にいる少女の落ち着きと口元に浮かんだ微笑みから垣間見える幼さは、サツキより年上なのか同い年なのか、まさか年下なのか、判断がつかない。服装は軍服ワンピースのような雰囲気のする純白のブレザーと、ロイヤルブルーのスカート。全体的に白と青を基調としていた。その上に瑠璃色のマントを羽織っている。
照れを隠すように、サツキは細い人差し指で頬をポリポリかきながらお礼を述べた。
「あ、ありがとう」
チラ、と少女を見ると、少女は微笑みを携えたまま、ゆるゆると首を横に振る。
「いいえ。とんでもございません」
「しかし、よく受け止められたな」
「わたし、鍛えていますから。それに、あなたが軽かったおかげもあります」
「…………」
なんて言っていいのか。暗に小さいと言われている気分になる。もしくは、子供だと言われているような複雑な心境だ。サツキが言葉を発せられずにいると、少女は上品にくすっと笑って語を継ぐ。
「すみません。軽かったと言っては失礼だったかもしれません。ただ、あなたが思っていたよりも小さな子供だったおかげなのです」
ハッキリ言われてしまった。しかも悪気はない様子。
サツキはちょっとムッとして尋ねる。
「俺は来月で十三歳。子供じゃない。そういうキミは何歳かね?」
同い年の友人で声変わりもしていない子もいる中、サツキは落ち着いた声色を持ち、身長も平均より高い。自分を子供だとは思っていなかった。
しかし少女はサツキの心情には気づかず、うれしそうに笑顔を咲かせて答えた。
「まぁ! わたしとほとんど変わりません。わたしは十三歳ですよ。九月五日で十四歳になります。あ、申し遅れました。わたくしは王女、名はクコと申します。アルブレア王国の第一王女、
ぺこりと頭を下げるクコ。
髪の色とか衣装とか、まるでファンタジー世界みたいなのに、クコのお辞儀は気取ったところがなくて日本人っぽかった。
――彼女は、一つ年上だったか。今が四月だから、学年も一つ上ということになる。
と考え事を始めて、ぴくりと動きを止めた。
「今は、何年の何月何日ですか?」
年上には敬語をと思ったサツキだが、クコはこだわった様子もなく、
「敬語は不要です。しゃべりやすいようにされて結構ですよ。今日は、
と、今日の日付を教えてくれた。
四月一日。
どおりで桜の花びらが鮮やかに舞っているはずである。ただ、サツキのいた世界とは同じ四月一日だが、暦が違っていた。
――創暦という暦はこの世界独特のものらしい。とりあえず、学年制もわからないし、言われた通り敬語は省かせてもらおう。
生まれてからの歳月だって一年と変わらないのだ。アメリカやイギリスが九月一日を学年の区切りとするように、同い年の扱いの可能性だってある。
「うむ。そうさせてもらうよ」
「はい」
待てよ、とサツキは記憶の引き出しをさぐる。
――確か、アルブレアって、目を覚ます前にナレーションの声がそう言ってなかったか?
サツキはあごに手をやり、目を細めてクコを見る。
「アルブレア王国の王女って、あの大国の?」
ナレーションでは世界を牽引する大国だと言っていた。
「そうです。ご存知なのですか?」
クコの目には好奇心が浮かんでいる。いや、それとも驚きか。
「知ってるのは名前だけだ」
と答えて、サツキは極めて冷静に、クコへの問いかけを続けた。
「つまり、あの声の通りなら、ここは晴和王国。そして、俺たちのすぐ横にあるその大樹が、世界樹なのか?」
「おっしゃる通りです。ここは晴和王国。そちらにありますのも、世界樹です」
穏やかな口調で丁寧に答えてゆくクコ。さすが、王女様なだけあって、言葉づかいもきれいで所作もいちいち上品なはずである。
「なるほど」
サツキは、夕日を浴びる世界樹を見上げ、状況を整理しようとする。
あのナレーションが語った魔法の世界に、本当に来てしまったらしい。つまり、そうなると、ナレーション通りに行けば、クコには目的があるはずで、それは国を救うこと。
――俺に、この少女と国を救えということなのだろうか。
考え事をしているサツキに、クコは聞いた。
「それで、あなたのお名前は? 教えてくださいますか?」
今になって気づく。そうだった。サツキはここまで、自己紹介するのを忘れていた。名乗られたからにはこちらも名乗るのが礼儀だ。
「俺の名前は、
クコは大きくうなずき、まっすぐにサツキの瞳を見た。
「はい。改めまして、ようこそこちらの世界までお越しくださいました。サツキ様」
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