70 『エスケープ』

 シスター・ヨセファがラファエルを嘲るように見た。


「ポケットに手なんかつっこんで。かっこつけるのはやめたほうがいいですヨ? あなたには友情も矜持もないのですか? お友だちに戦わせて自分は後ろで見ているだけなんて、かっこ悪いことですヨ?」

「リディオのかっこいいとこをボクが取るほうがかっこ悪いだろ。ていうか、宗教の教えを一面的にしか捉えられず、アルブレア王国のブロッキニオ大臣らにいいように利用されて、そっちのほうがかっこ悪いんだよ。ボクたちに出会ったのが運の尽きだ、覚悟しておけよ」


 ヨセファは嘲笑した。ラファエルの言葉など取るに足らない戯れ言だと言いたげな顔をして、嘲笑に嘲笑を重ねる。


「ヨほほ。アタクシにとって士衛組は悪魔の化身たる無法者ども。見下すだけでは飽き足らない、憎むべき存在。地動説と共に死に、地上での罪を許してもらわければならないのですが。それに比べれば、『ASTRAアストラ』はサヴェッリ・ファミリーにとってただ邪魔なだけの大きな岩石。いいえ、そこら中に散らばっている石ころの集まり。しかし、『ASTRAアストラ』の情報屋、あなたは士衛組以下のクズのようですヨ。士衛組といっしょに死を与えることで、地獄を提供してあげますヨ。地獄で罪を許されたのち、来世でお会いしましょう」

「上等だよ。地獄は救い求める場所じゃないってことも教えてやる」


 ラファエルは冷笑してみせる。

 奥歯を鳴らし、ヨセファは「減らず口め」と小さく悪態をつく。次に、ヨセファはリディオに声をかけた。


「アタクシは『洗礼者』。世界の理に刃向かう愚かな思想家たちを正す者。世界の平和を築く神の教えを、悪は乱暴に破壊しようとする。決して見逃すことはできないのですヨ。あなたはここで正して差し上げたいのですが、痛い目を見る前に、降参するつもりはありませんか?」

「おう! ない!」


 元気な返事を受け、ヨセファは顔をしかめる。


「そうですか。残念ですヨ。だったらあなたも……え?」


 突然、リディオが視界から消えた。

 否、消えたのではなく、今いた場所からいなくなっただけで、サルマンの背中にまで回り込み、拳を叩き込んでいた。通常では考えられないスピードで移動して攻撃をしたことになる。


 ――消えたわけじゃない……ものすごい速さで移動した。どうやって? そんな力、聞いてないのですヨ。


 リディオは笑顔でラファエルを振り返った。


「すげえ! サツキ兄ちゃんの言った通りだぞ!」

「サツキ……士衛組局長・しろさつき? 彼の入れ知恵……?」


 つぶやき、ヨセファは後退る。

 会話をしようとしたわけじゃないヨセファ。しかし彼女に、リディオは素直に答えた。


「そうだぞ! サツキ兄ちゃんのアドバイスだ! おれの魔法を通信以外にも活用するためのな!」

「リディオ。おしゃべりはそのくらいに。敵に情報を渡すのは愚策だ」


 新しい魔法の活用法とその実証実験成功にテンションが上がっているのはわかる。けれども話してやる必要はない。ここで仕留めるつもりだから話したところで問題ないと言えるのだが、どこでどう情報が漏れるかわからない。情報は伏せられていたほうが、リディオの魔法も効力を発揮しやすいのだ。


「サルマンとナラヤン。彼らは『ゴールデンバディーズ杯』のベスト8に入る実力者。こんな子供にやられるはずはないのですヨ」


 見ることに集中すれば、リディオの動きについていけないわけではない。視認はできる。だが、これに対応するのはヨセファにはできそうになかった。

 おそらく、サルマンとナラヤンでもリディオの動きを捉えるのは簡単ではないだろう。常人の倍以上の速度でリディオは動いているのだから。

 リディオがサルマンとナラヤンの二人に攻撃をされようとしたところを、サッとかわして、ヨセファに向かって駆けてきた。

 距離など一気に詰まる。

 そこで、ヨセファは息をついた。それは安堵の吐息だった。肩の緊張が抜け、わずかな悔しさと、それ以上にもうリディオとラファエルなどどうでもいいという感情が、その一呼吸にはあった。


「さよならですヨ」


 目の前までリディオが迫ってきて、拳を振り抜いてところで、リディオに見える景色が一変した。


「逃げられたか!」

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