71 『スレット』

 度重なる空間の入れ替えは、ヨセファをリディオから逃がしてしまった。

 リディオが振り返る。


「ラファエル!」

「ああ、深追いは禁物だ。あいつ、動きは悪くないけど強くはない。読みも甘い。側に傀儡もない状態では戦力も半減以下。いや、人形なんてただのオルタナティブ、どこへ行ってもいくらでも用意できる。でもまず、ボクらは彼らを鎮める必要がある」

「サルマン選手とナラヤン選手だな!」

「二人は、『ゴールデンバディーズ杯』の予選を勝ち抜き、ベスト8に入るほどの魔法戦士だけど、ボクらには彼らの情報は入っている。本当はリディオがヨセファを始末するまで、ボクが彼らを引きつけておく算段だったんだけど、逃がしたものは仕方ない」


 と、ラファエルが言った。

 このとき、ラファエルの元へサルマンが迫ってきていた。

 ターゲットを、より近くにいるラファエルに定めたのである。


 彼の手には漆黒の鉄球、モーニングスターが握られている。モーニングスターはトゲのついた鉄球と持ち手が鎖でつながれたタイプのもので、いわゆるフレイル型と呼ばれる。鉄球は直径50センチほどだろうか。大きさと重さの分だけスピードが削がれ、距離に比例して回避しやすくなっている。


「やはり、近くにいる相手を自動でターゲットにするようだね。リディオ、少し下がって」

「おう!」

「オーケー」


 すると、ナラヤンもククリナイフを手にラファエルへと駆けて行った。


 ――これで、ターゲットはボクになった。


 ナラヤンの両手にあるククリナイフは、ラファエルの血を吸うために生き生きとしている。


 ――ゴルト族の伝統的なナイフ、ククリナイフ。一度抜けば血を吸うまで納まらない。その吸血鬼じみた白刃が彼に『バンパイアソード』の名を与えた。さすがのナイフ捌き。


 ククリナイフが乱舞する。

 鉄球も飛んでくる。

 しかし、ラファエルはほとんど動かない。

 ポケットに手を入れたまま、鉄球をのらりくらりと避けるのみ。

 ここでのククリナイフの動きは、ラファエルから少し離れた場所で空を切り続ける。

 だからラファエルはノーダメージだった。

 リディオは少し離れた場所からラファエルと敵二人を見て、


「《プライベート・スケアクロウ》は便利だな!」

「人払いの魔法だからね。特定の人間以外を空間から排除する。その応用で、今ボクの周囲に入れるのはリディオだけになってる。だから彼らは近づけない」


 ラファエルはそう言って、周囲に目を光らせる。


 ――見たところ、近くに敵はいないみたいだね。でも、念には念を。どこで見られているかわからない。


 実は、《プライベート・スケアクロウ》は細かなコントロールができる。それをどこかで盗み聞きしている敵に知られたくないから、あえて口にはしないが。


 ――本来、ボクの《プライベート・スケアクロウ》は部屋とか建物単位で効果を定められる。しかし、ボクに極めて近い範囲であれば、空間に仕切りがなくても効果を付与できるんだ。


 また、虫だけを外に追い出すとか、全生物を排除するとかも選べる。

 これによって、ラファエルは大切な情報をヴァレンやレオーネやロメオに伝える際、鉄壁の防御ができるのである。

 ただし、元々その空間内にいた生物は自ら外に出て行くため、完全な密室では外に出られない。

 そして、《プライベート・スケアクロウ》はさらに別の性質を持っていた。

 トン、とラファエルが足音を鳴らす。

 すると、サルマンとナラヤンはビクッと身体を震わせ、ラファエルから少しだけ距離を取った。

 同時に、リディオが動き出した。


 ――きた。合図だ。ラファエルは《おどし》を使った。《おどし》の効果は、相手をびっくりひるませるもの。でも、これは同じ相手には三回までしか使えない。


 それ以上使うと、効果がなくなってしまうのだ。


 ――違う音や動きで《おどし》を使えばまた三回は大丈夫なんだけど、手を替え品を替えてまた三パターンの《おどし》を使うと、相手が学習してそれ以降は一度ずつしか効果を見出せなくなるんだ。この二人相手に九回使う前に、おれが倒さないとだぞ!


 電光石火でリディオがサルマンとナラヤンに飛びかかり、突きや蹴りを繰り出す。

 リディオの速さで相手の攻撃を受けずに連撃するが、二人の体術もかなりのもので、痛恨のダメージが与えられない。

 そこに、またラファエルが足を鳴らして《おどし》を発動させた。

 ひるんだところで、リディオがサルマンを殴る。


「だあああ!」

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