72 『バンパイアソード』

 リディオの拳がサルマンの顔面に炸裂した。

 しかし、思い切り拳を振り抜く前に、ナラヤンがフォローに入る。

 ナラヤンのククリナイフがリディオを斬りかかり、リディオが高速でよけて距離を取った。

 距離がもっとも近い相手を、サルマンとナラヤンはターゲットとする。

 これによって、リディオは二人の攻撃から解放された。

 ラファエルは冷静に彼らの動きを見て言った。


「『バンパイアソード』はくさびだ。血さえ吸わせなければ怖くない」

「おう」

「だが、ナラヤンさんの魔法《きゅうけつさん》は、一度でも血を浴びれば、その肉体から血を吸い続けることができる。華が散るように血飛沫が舞い散り、やがて出血多量となる。一度でも喰らったら終わりだ、リディオ」

「わかってる!」


 もう一つ、ラファエルはサルマンの魔法も解説する。


「次いで、サルマンさんの魔法《噛みつく流星メテオブラック》だけど、こちらは物体にぶつかった瞬間に、物体を削るような破壊機能が発動する。触れればミンチだ。しかも、どういう理屈か、食いついたら離れない。つまり、どっちに触れてもいけない」

「それもわかってるさ! 任せろ!」


 現在、サルマンとナラヤンは『洗礼者』ヨセファの魔法《人格ツボ押しパーソナル・フィンガー》によってオートマチックにターゲットを定め魔法を駆使して攻撃する。

 ゆえに、戦術面で彼ら本来の実力を大きく下回るのだが、リディオとラファエルから見れば充分過ぎるほど強かった。


 ――さすがに『ゴールデンバディーズ杯』ベスト8。あの大会で優勝したサツキさんとミナトさんなら、不戦勝なんかじゃなくても、この二人をねじ伏せたのかな。


 先にヨセファさえ倒せればいけると思っていた。しかし、ラファエルの彼ら二人への見立ては甘かったと思わざるを得ない。


 ――リディオは今回、サツキさんの助言によって、魔法を大きく進化させた。それでもスピードだけで圧倒できないなんて。


 リディオの魔法《電送作戦トランスミッション》は、電気信号に利用される。

 サツキ曰く、《電送作戦トランスミッション》はサツキの世界にある電話という道具に似た科学構造で通信が行われるらしい。

 そして、この電気信号というものは、人間の身体の中にも流れているものだそうだ。

 電気信号が脳の命令を身体に伝え、人間は身体を動かしている。この性質と電気信号のコントロールを掛け合わせ、リディオは《電送作戦トランスミッション》を応用することによって、身体の中に流れる電気信号の速度を上げ、脳から肉体への命令を高速化したという話だ。

 この応用技を、《変圧作戦トランスギア》とした。


 ――サツキさんは、意識より先に身体が動き出しているって実験結果もあると言っていた。そこから逆算すれば、リディオの電気信号は思考になる前の感覚的な部分をさらに高速で処理させ、そのあとの思考時間さえ短縮させているとボクは考えたのだが……。しかし、まだスピードが足りないらしい。人間の限界こそ超えたが、ミナトさんのような神業に比べたら物足りない。


 コロッセオ最強の『バトルマスター』ロメオを兄に持ち、よく組み手の修業をつけてもらうこともあって、リディオの動きはかなりのものだ。しかし、サルマンとナラヤンを圧倒するに及ばない。

 ラファエルの予想では、リディオの武術の腕と《変圧作戦トランスギア》が掛け合わされば、彼ら二人をスピードだけで圧倒できるはずなのだ。


 ――この応用技は、まだまだ未完成だ。《変圧作戦トランスギア》の試運転にしてはリディオもよくやってくれているし、これ以上は望むべくもない。だから、ボクがこの盤面を支配する。そしてリディオを助け、彼らを倒す!


 ラファエルがそう思ったとき、リディオの声が漏れた。


「あっ!」

「どうした? リディオ」


 見ると、リディオの腕に切り傷ができている。


 ――どっちにやられた!?


 どちらの魔法を受けても、待っているのは破壊。ここから先は、肉体を駆逐されてしまうばかりだ。


「うわぁ!」


 リディオの左腕の傷口から血が噴き出す。

 血飛沫が舞い散り、ククリナイフが返り血を浴びた。

 魔法《きゅうけつさん》が発動し、『バンパイアソード』が血を吸い始めたのだ。

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