3 『ファブリックアームズ』

 魔法《瞬間移動》により、ミナトは一瞬にしてレオーネの目の前に現れた。

 当然、斬りかかっている。


「まいったなァ」


 ミナトが剣を振るって苦笑した。

 なぜなら、ミナトの剣はしっかり受け止められていたからである。

 剣は、レオーネの上着の袖がブロックしていた。上着が勝手に動き、ミナトに対応したのだ。袖に埋め込まれている宝石がちょうど刃に当たり、レオーネには傷一つつけない。


「カードは使わせない方向で行こうと思ってたんだけど、上着が動くなんて思わなかった」

「相談なしでそこまでやれるなんて、ナイスコンビネーションだよ。この上着はね、《ファブリックアームズ》というんだ。武器にもなっていて、オレを守ってくれる」

「へえ」

「コロッセオでもオレにこれを使わせた相手は片手で数えるほどしかいなかったのに、まさか史上最速で使うことになるとはね。ブラボーだよ」


 ミナトの剣が乱舞する。


「いやあ、神速が売りなので」

「速いね。まさに神速だ。でも、魔法は使わせてもらうよ」


 あまりに速く多い手数のミナトの攻撃に対応するために、レオーネも手札を使えていなかった。いくら上着が守ってくれていたとはいえ、本人の行動も制限されてしまう。だが、一瞬の隙がミナトにあったのか、レオーネの上着のベルトがミナトの左腕に巻きついた。

 即殺、ミナトはベルトを斬る。

 驚きもなく、わずかな怯みさえなく、ミナトは初見で対処してみせた。

 しかしその間に、レオーネにカードを使われてしまった。


「《飛鼠ノ暴風シャドウアサルト》」


 刹那、大量のコウモリが横殴りの大雨みたいに襲いかかってきた。ミナトは剣を舞わせてコウモリを斬る。斬れば消える影のようなものだが、触れれば小石がぶつかったようなダメージも受けた。


「ミナトさんも苦戦しているみたいですね」

「ええ」


 サツキとロメオは、二人で戦っていた。拳同士での戦いで、高速の組み打ちのようなものだった。

 どちらも決定打はなく、打ち合うばかりである。


 ――ロメオさんは様子を見ながらやっているらしい。優しい心遣いだけど、ただの手習いをするつもりもない。これじゃあロメオさんと二人で修業してるのと同じだ。このダブルバトルをどう攻略するのか、決め手はやはり俺みたいだな。


 ロメオの重たい一撃を受けて、一度距離を取る。

 しかしすぐに向かっていき、拳に力を集めた。


 ――二人に勝つ。そのために、俺は《静桜練魔》で魔力を練ってきた。あとは、《波動》の力にして放つ。


 そうすれば、ロメオに強力な一撃を見舞うことができる。

 これでロメオを倒せるとは思っていない。だが、大きな隙ができれば、ミナトにとどめを任せて、まずは一人を倒せる。そして、残るレオーネを二人でやる。

 サツキが拳に《波動》をまとわせてロメオに打ち込んだ。


「《ほうおうけん》」

「《打ち消す拳キラーバレット》」


 ロメオの拳がこれを迎え撃つ。

 拳と拳がぶつかった。


 ――ロメオさんの拳は、魔法効果を打ち消す。ロメオさんにもらった《打ち消す手套マジックグローブ》が、同じ魔法を打ち消す効果で、互いをフラットにして、そこにあとから《波動》のインパクトが乗せられたら……。


 ぶつかった拳は、サツキの予想とは異なる結果となった。

 不思議なバリアで吹き飛ばされるみたいに、両者をほとんど同じくらいに弾き飛ばした。

 サツキのほうが、わずかにその距離が大きいだろうか。

 が。

 それだけで攻防は終わらない。

 コンマ一秒とせずにミナトの剣がロメオに振り落とされ、ロメオは驚くほどの瞬発力で避け、ミナトに回し蹴りを叩き込む。だが、ミナトが《瞬間移動》で消えるほうが早く、呼吸を一つ置く間もなく、ミナトの二ノ太刀が繰り出される。

 そこに、レオーネのカードが飛んできて、


「《マテリアル・バニッシュ》」


 と唱えられていた。


「あ」


 ミナトの声が漏れる。

 なんと、ミナトの刀がミナトの右手から消え去っていたのである。周囲のどこにも見えない。

 だから、ミナトは考えるより先に、《瞬間移動》で消えて、サツキの隣に戻ってきていた。


「ミナト。今のは……」

「わからない」


 二人、呼吸を二つして、三つ目の呼吸が重なったところで。

 ロメオの脇に、ミナトの刀が出現した。

 先程、ミナトが《瞬間移動》を開始した地点である。

 難なくロメオがミナトの刀を握り、レオーネがにこりと微笑んでカツカツと音を鳴らしてロメオの横に並んだ。


「この魔法は、物体を一時的に消すことができるんだ。消えた物体は、また同じポイントに出現する。時間制でね、今のは五秒とした」


 ふう、とサツキとミナトの肩の力が抜ける。


「お疲れ様でした」

「ありがとうございました。いやあ、そんな魔法もあったなんてねえ」


 サツキとミナトもレオーネとロメオの元へと歩み寄り、ミナトがロメオから刀を返してもらう。

 どうも、とミナトが受け取り、鞘に収めた。


「最後、ミナトがロメオさんの後ろに回り込んで二ノ太刀を繰り出すこと、読んでいたんですか?」

「定石通りに行けばそうなるかなって。ダブルバトルじゃなければ、オレにそんな余裕はなかったけどね」


 にこやかなレオーネに、ミナトは苦笑を浮かべて、


「レオーネさんの上着もすごかったです。押し切れませんでした」

「もう少しだったね。オレも、あそこまで追い込まれたのは初めてだった。しかも、なにも知らない相手に、初見でさ」


 よく見ると、レオーネのシャツが一部切れている。完全にすべてを防ぎ切れたわけでもないらしい。


「ミナトさんなら、慣れればレオーネの《ファブリックアームズ》も簡単に突破できるでしょう」


 とロメオが言った。


「あの優雅でなめらかな動きは、剣筋と違って読みにくい。ベルトもありますから、慣れるのに時間がかかりそうです」


 ミナトも謙遜するが、サツキから見ても、天才ミナトの剣術ならばすぐに追いつきそうな、底の見えなさを感じる。

 だが、底が見えないのはレオーネもだ。

 遠近どちらでも関係なく斬り伏せてしまうミナトと同様、レオーネは近距離でも簡単に崩せない。《ファブリックアームズ》の対応幅は広い。遠距離から魔法で相手を翻弄するタイプかと思いきや、レオーネは接近戦も対応できるから、意外とミナトに似ているかもしれない。

 サツキも口を開いた。


「あの。聞いてもいいですか?」

「どうぞ」


 レオーネが促し、サツキは気になっていたことを質す。


「俺の拳とロメオさんの拳、あれはなにがどうなったんでしょう? おおよそ、互角になったような、どちらの魔法も発動しなかったような、不思議な感じでした」

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