4 『パラドックスフィスト』

 サツキとロメオの拳のぶつかり合い。

 これは、結果から言えばほとんど互角だった。

 しかし、互いの能力と効果は複雑で、それらがどう反応して結果として現れるのか、サツキは疑問を持っていた。

 そんな中での衝突を、レオーネとロメオの二人による分析も交えることで、サツキは知っておきたかった。

 レオーネ曰く。


「いわゆる、パラドックスさ。これはオレの推論だから、詭弁だと思って聞いてくれ。――さて。同じく魔法を打ち消す効果を持つ拳同士で殴り合ったとき、どうなるのか。普通、互いに打ち消し合って、そんなものが最初からなかったようになる、と考えるものだ」

「はい。俺もそう思っていました」

「だが、実際は違う。とオレは推量する。なぜなら、そもそもそれが魔法だからだ。魔法効果を打ち消す魔法であって、これには当然、魔法としての力関係が生じてしまう。サツキくんのグローブとロメオの拳、これには明確なパワーバランスがあるんだ」

「そう言われれば、俺のグローブはロメオさんにいただいたものです。ロメオさんの拳が元になっていて、グローブはいわば支流ですよね」

「支流だろうと、大事なのは働きでね。パラドックスなのは、魔力さ。魔法を打ち消すことを魔法で行う場合、どちらの魔法の効果が強くなるのか……それを決定するのは、魔法の性質か魔力の強さになる。今回のように同じ性質であれば、込められた魔力によって結論が出る」


 ミナトは涼しい微笑で、


「結局、強いほうが勝つってことですよね?」

「そうだね。剣を硬くする魔法を想像すればわかりやすい。どちらも同じ剣を使い、どちらの魔法も同じ効果を持ち、魔力の分だけ硬度を高められるとしたら? 答えは、込めた魔力が大きいほうが勝つ。剣は魔力の違いによって、破壊されるほうが決まる。これをサツキくんとロメオに置き換えれば、グローブという魔力容量の範囲で効果を狙うサツキくんは、全身でこれをできるロメオに勝てない。結果、ロメオの拳がサツキくんの魔法効果を消す」

「で、あれば……サツキの《波動》はどうなったんですか? 一気にどちらも消し去ったのか、はたまた」


 と、ミナトが言葉を切る。

 サツキも今のアルゴリズムで考えれば、気になるのはそこだ。

 レオーネは爽やかに笑った。


「さっきの剣の続き。込められた魔力――力関係がそこにはあったとして、だ。強いほうの剣に、傷一つつかないと、必ずしも言えるだろうか」

「言えませんねえ」


 とミナトも笑った。


「つまり、剣でたとえると、サツキくんの剣はポッキリ折れてしまったが、ロメオの剣も相当破損した。その際、サツキくんの剣に、別の効果もあったら? 炎をまとった剣でもなんでもいい、想像してくれ。それが衝突したら、ロメオの剣は炎のダメージも負うわけだ」


 サツキの拳には、魔法を打ち消す効果以外に、《波動》の力が乗っていた。


「サツキくんの《打ち消す手套マジックグローブ》は完全にその効果が打ち消されたが、ロメオの《打ち消す拳キラーバレット》には、拳に乗った《波動》を完全に打ち消すほどのパワーは残っていなかった。込められた《波動》の力が強かったと言えるかもしれない。ロメオの拳に対抗できる魔法なんてそうそうないから、やはり《波動》が特別なのだ、とオレは考える。ロメオはどうだい?」


 レオーネの解説を聞いて、サツキは案外すんなり納得してしまった。

 ロメオは、これについて自らの考えも述べる。


「おそらく、《波動》はその力を高めれば、いずれ《打ち消す拳キラーバレット》を無視してその効果を振るうことができるでしょう。ワタシは《打ち消す拳キラーバレット》を使う性質上、他者の魔力や魔法道具の魔力反応には敏感なほうです。特に、接触した際の感覚には。それで言えば、サツキさんの《波動》はバリアのようなものを感じます。たとえるなら、およそほとんどの人が使う魔法が風船のようにふわりと飛んでくるのに対して、サツキさんの《波動》は密度を持つ球体が回転しながら飛んでくるようなもの。それを破裂させる針や槍をワタシは創りますが、その球体の回転力や重量が強くなれば、破壊は困難になる。といったところでしょうか」

「はは。ロメオにしては、随分と気の利いた言い回しを考えたものだね。それだけサツキくんを気に入ったってことかな」


 そう言われて、ロメオも小さく笑った。それから、サツキに紳士的な微笑を向ける。


「我々からは以上です。参考になりましたか?」

「はい。ありがとうございます。レオーネさんがあの日、ガンダス共和国で使った《波動砲》から、《波動》について考え自分なりに昇華させて、技を磨いてきました。またなにか、つかめるかもしれません」


 お礼を述べたサツキに、レオーネはうれしそうに言った。


「あのときのあれを見ただけで、ここまでやるなんてね。驚いたよ。元々、その魔法を習得する才能があったのかな」

「魔力の圧縮ができないか試していて、それを玄内先生の助言も受けて修業して、そのおかげかもしれません」


 ミナトがサツキにしゃべりかける。


「サツキにも、ロメオさんにも、同じく《波動》を使うオウシさんと戦ってみてほしいものだね。キミの未来が少しだけ、透けて見えるかもしれない」


 その名に、レオーネが反応した。


「ミナトくん、まさかあの『波動使い』を知ってるのかい?」

「やっぱりレオーネさんも知っておりましたか。サツキが《波動砲》を見たって聞いたとき、僕の頭にはあの人しか浮かびませんでした。あの人と僕は道場の同門で、家族みたいな友人かなあ。レオーネさんはどのようなご関係ですか」

「友人、かな。同盟関係にはないが、以前ちょっと顔を合わせた。そのときに《波動》も見せてもらったんだ。鷹不二氏について言えば、ロメオは鷹不二氏のナンバー2、『ほほみのさいしょう』と懇意にしているけどね」

たかおうさんとはお手合わせしたこともありませんが、あの《波動》はワタシでもどうなるか……。トウリさんとは手紙のやり取りなど、少々。ワタシが尊敬している方です」


 二人の話を聞いて、ミナトは「そうでしたかあ」と楽しそうにしていた。

 レオーネはなにかを隠しているように薄い微笑を浮かべながら、口を閉ざしていた。サツキは気になるが、詮索もしたくない。

 実は、レオーネが言うか迷っていたのは、彼が使った魔法による占いの結果についてであった。


 ――鷹不二氏やほかにもだれかが来る。このマノーラに。オレは魔法でそう占った。あの宰相殿は来ないが、多くの人間が集まる。話してもいいけど、今は黙っておこう。サプライズのほうがおもしろい。


 その後、四人でまた少し修業をして、クコが呼びに来た。


「みなさん。ご夕食ができたそうです。大広間にお越しください」

「うむ」


 クコは楽しそうにサツキに聞いた。


「なんだか充実したお顔をされています。サツキ様、よい時間を過ごされているようですね」

「おかげさまでな」


 ミナトがサツキの横に並び、サツキ越しにクコに問うた。


「副長は、今日ルカさんと修業していたそうですね」

「はい! 昼間、ルカさんと特訓していました! 新技の《バインドグリップ》はまだ未完成ですが、もう少しで狙っていた効果を発揮できそうです」

「あれが、もうすぐ完成か」

「おもしろそうだなァ」

「完成したら、サツキ様とミナトさんにもお相手していただきたいです。いいでしょうか」

「うむ。ぜひ」

「もちろん僕も構いませんよ。どんどん強くなって、勇ましいなァ」

「えへへ。サツキ様を守れる力が欲しいので!」

「副長殿は男前ですねえ」

「サツキ様には国という大きなものを守っていただくのに、ぼーっとなんかしていられません。わたし、頑張らせていただきます」


 前を歩く三人を見て、レオーネはロメオに言った。


「これからの成長が楽しみだな」

「ああ。期待してしまうよ。サツキさんなら、もっと強くなれる。あの鷹不二桜士さんにも、いずれ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る